第26話 牢人の野望

飯川光誠は畠山義綱が若年ゆえに口から洩れる事を恐れ、この暗殺計画を直前まで単独で準備することを決めていた。


「さて、いかがいたそう・・・」


もしも暗殺するのであれば確実に殺さなければならない、失敗したり、途中で計画が露見した場合は確実に殺されるだろう。

温井紹春には常に護衛の兵がついていた、それも屈強な10人の兵が、彼等は一人一人が天下無双の剣の腕の持ち主であり、これを突破するには軍が必要だった。しかし軍を用意するとその過程で温井紹春に事が露見する可能性が高い。


光誠はかつてこれほど思考したことはないだろう。

だが考えれば考えるほどに思考の迷路に入ってゆく気がし、どうも良策が思いつかない。


その頃、この暗殺を提案したもう一人の首謀者「遊佐続光」はというと、地下座敷で一人の時間が多くなった為に、そこで後悔やら無念やら色々な想いにふけっていた。


(何故斯様なことに成り果てたのか・・・)


続光はただ、遊佐家の威光を取り戻したかった。小さい頃からその思いしか持ってなかった。自分の父が守護の義総から除け者にされた日から、かつての遊佐家のように守護代として能登にかっこたる地位を築きたい。それだけだった。


(それがなんたる様か・・・)


今、遊佐家は能登において滅びたと言っても過言ではなかった、領地は温井家により没収され、父早雲は蟄居謹慎の身となり、かつての守護代であった従兄の遊佐秀頼は七尾城の牢に幽閉されていた。続光は元守護代という肩書こそあるものの、いわば領地をもたず放浪する牢人のような立場になったのだ。すべてが続光の行動の結果なのである。

続光はいっそ大声をだして泣きたかった、綺麗な座敷、おいしい料理、傍らには常に自分の身支度をする小姓、ひれ伏す家来達、そして何よりも能登で畠山に次ぐ名家であるという誇り、これら全てが無くなったのだ。


かつては目上の者をたてるように話した飯川光誠もいまや続光を家来扱いしている。


(違う!違う!!こんなものは「遊佐続光」の受けていい処遇ではない!!)


続光には今の自分を受け入れられない。名家ゆえのプライドといったところか。

代わりにたぎらせている想いはかつての遊佐家の復活と温井紹春に対する復讐心である。


ただ紹春には逆に目を開かせてもらった点もある。

それは畠山家に対するやり方だ。


かつての続光は守護代として守護を支えるのが遊佐家の誇りであると考えていたが、右往左往する畠山家とそれを上手く排除してのし上がる温井紹春をみて何やら気持ちのどこかで「痛快だ」と感じている自分がいることを発見してしまった。

かつて父が言っていた。

『力がつけば謀反は当主の心次第である』

あれは父なりに謀反の心があったという事だったのかと今は少し納得するものがある。父は最初から知っていたのだ。主家を上回る力を家臣が持てば当然のごとく下剋上がおこるであろうという事を。温井紹春は当然の事をしているにすぎないのだ。



(ヤツに出来て、ワシに出来ないわけはない)



全く馬鹿げた話ではあるが、この時になりはじめて続光は以前抱いていたよりも強力な野心をもつようになる。ただの牢人がである。


この時代の温井家に続光は己の野望を重ねたのだ。


いつかこうなってみせる・・・と

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