残されていた物

その日も俺たちは図書館にいた。単調なことの繰り返しに見えるかもしれないが今の俺たちにはこれしかない。いや、これ以外思いつかないと言った方が正しい。つまり言ってしまえば手詰まり、そういうことだ。

ここにある資料もかなりの数調べた。先生にも秋月さんの話も聞いた。それだけじゃない、事件のことを、村のことを知っていそうな人から片っ端から聞き込みもした。でもそれでもまだ事件の真相へと迫る有力な手掛かりは掴めていない。

でもそれでも諦めるわけにはいかない。あの日雪菜の墓の前で誓ったんだから。

雪菜の、そしてなにより俺自身の為に……

「……ゆむ。歩!」

俺が集中して村に関して書かれている本に目を通していると前にいつ雪歩が声を掛けた。

「どうした?」

「どうした? じゃないよ。なんかもう鬼気迫るような雰囲気だったから」

「え? そんな風になってたか?」

「なってるよ。なんていうか根詰め過ぎ。そりゃ焦る気持ちもわかるけど……」

そう言って雪歩は目線を右に移す。そこには今まで読んだ本が山のように積みあがっていた。でもそれを見た絶望感よりも雪歩の顔には心配って感じが色濃く出ていた。

「……うん。悪い」

そう言って俺は一旦本に栞を挟んで閉じる。そして椅子の背もたれに体を預けながら両手を上に伸ばす。

「はぁー」

大きく息を吐くとなんだか少し肩が楽になったように感じる。そして同時に今まで気を張っていたのだと自覚することが出来た。やっぱり焦ってんのかな……

俺はそんなことを考えながらぼーっと首だけ右に傾ける。そこに見える本の山だけ……

「ん?」

と、俺は本の山の先にある物を見つけた。

「なあ、あれなに?」

そしてそれを指差しながら雪歩に尋ねる。

「あれって、パソコンのこと?」

「パソコン?」

 聞いたことのない言葉に首を傾げる。

「ああ、もしかして知らない?」

 雪歩の言葉に頷く。

「じゃあちょっと触ってみようか」

 雪歩に言われるままそのパソコンの元へと近づく。

「とりあえずネットで調べてみようか」

「ネット?」

これまた聞いたことのない単語が出てきた。

「インターネット。パソコンを通じて検索して知りたい様々な情報を得ることが出来る、辞書みたいなものかな」

「パソコン……情報?」

説明をしてはくれたがいまいちピンとこない。

「ま、聞くより実際見てもらった方が早いかもね」

そう言って雪歩は机の上にある画面のボタンを押す。そして青い画面が映し出されると、横にある楕円系の物体を手に取り、それを動かし、カチカチと何かをやり始めた。

「うーんと、とりあえず村の名前で検索してみようかな」

すると今度は机の手前にある長方形の板に付いているボタンらしきものをカタカタと打ち始めた。

「これ、で、検索!」

「おお!?」

何かをやり終えたらしき雪歩がターンと強く右端のボタンを押すと画面上にズラーッと村の名前の入った文字が並んだ。

「えーと、呪われた村の惨劇、田舎の村に起きた悲劇……やっぱり事件のことについて書かれたサイトが多いみたい」

とりあえず適当に見てみましょう。そう言って雪歩はまた楕円状の物体を使ってカチカチと何かをし始める。すると今度は画面に事件の記事らしきものが表示された。

「おお! すげえ!」

何をやったかはわからないが画面に事件の記事が出たことに俺は感激した。

何、この画面の中どうなってんの?

「なんか新鮮。パソコンで驚く人初めて見た」

そう言う雪歩は本当に驚いた顔で俺を見ていた。

「それ、バカにしてるのか?」

「まさか。ただこういうの見るとやっぱり歩は二十年前から来た人なんだなと思って」

「それは……まあ、そうかもな」

二十年。俺が眠っていたそれだけの間に世界は大きく変わった。それこそ俺の暮らしていた当時では誰も想像出来なかったぐらい、今の世界は進歩している。今この時間を生きている人にとっては当たり前のことでも俺にとっては全てが新鮮で驚きだ。未来旅行みたいな感じだと思ってもらえればわかりやすいか。

「って、それはいいから。事件のことについて調べるんだろ」

「あっ、そうだったね」

そう言って二人揃って記事を見つめる。

「うーん、これと言って目新しい情報はないみたい」

「だな」

二人とも一通り記事を見通したのを確認した後、雪歩はまた文字の並んだ画面に戻り、そしてまた違う記事らしきものを開く。そんなことを何度か繰り返したが、

「ダメだーどれも知ってる情報ばっかじゃん」

記事っぽいのや、個人の日記のようなもの、様々な形のものを見たがどれにも犯人に繋がるような新しい情報はなかった。

「うーん、ネットなら知らない情報も見つかるかと思ったんだけど……」

カチカチと右手を動かしながら変わる画面を眺めている雪歩。でもその表情は芳しくない。

「……なあ、それってなんでも検索出来るのか?」

「うん。大抵のことはね。何だったら二つ以上の言葉を組み合わせて調べることも出来るよ」

「組み合わせて調べるって?」

「例えば車、エンジンって感じでやると二つに関する情報に関するサイトを出してくれるの。今は似たような言葉どうしでやったけど全く関係ない単語同士でも出来るんだよ」

「へー」

ネットていうのは随分良く出来ているんだね。

「……じゃあさ、村民虐殺事件、真相みたいのも出来るわけ?」

「出来るけど、あまり期待しない方がいいよ」

雪歩はカタカタと俺が言った言葉を入力し、ボタンを押す。

「うーん、やっぱりさっきと同じだね。既存の情報について語ってるか、知ってる情報から個人の人が勝手に推理してるくらいのしかないよ」

「そっか……そんなに簡単に真相が調べられたら苦労しないよな」

漫画とかだとこういう時意外なところから解決のヒントが出てきたりするもんだが……

「なあ、それってどんな言葉どうしでも検索出来るんだよな?」

「うん。そうだけど……」

「じゃあこれなんか、どうだ?」


「俺とお前の名前」


「私たちの名前?」

「それって何か意味でもあるの?」

「さあ? ただなんとなく」

「なんとなく、ね……」

何考えてるんだろう? 的な顔をしながらも二人の名前を打ち込む。

「ほらね、やっぱり大したことは乗ってない……え?」

画面を眺めていた雪歩が手を止めて、画面を注視していた。

「どうした?」

見ると雪歩は画面の一番下のところを見ていた。そこにあったのは……

「町の図書館……って、ここじゃん!」

そこにあったのは今俺たちのいる図書館の名前だった。

「なんで町の図書館の名前が出て来るんだよ? もしかして監視とかされてんの?」

「そ、そんなのわたしにもわからないよ」

困惑の表情で俺を見上げる。自分たちの名前を検索したら今俺たちのいる場所が出てくるなんて、一体どういうことなんだ?

「と、とにかく一旦開けてみる」

そう言って雪歩はカチカチと右手を動かす。

「……どうやらここの検索エンジンに引っかかったみたい」

「検索エンジン?」

「うん。ここの図書館にわたしと歩。その名前が入った本があるってこと」

「はあ?」

俺と雪歩の名前の入った本だと?

「お前そんな本書いてたのか?」

「そんなわけないじゃん! 歩のことなんてこの前初めて会うまで名前しか知らなかったし。そもそも自分の名前が入った本なんか出さないよ!」

「それもそうだな」

だとしたら一体誰が?

「とりあえずその本ってのはここにあるんだよな?」

「うん。そうみたい」

「だったらまずその本を探してみよう。そうすれば何かわかるかも」

「そうだね」

そうして俺たちはその本を手分けして探し始めた。

「えーっと、ここら辺のはずなんだけど……」

検索エンジンとやらで示されたエリアを探す、がなかなか見つからない。

「本当にここにあるのか?」

「うん、そのはずだけど……」

大まかな場所は把握出来た。しかしそこは図書館、一つの場所でも莫大な数の本がある。その中から特定の一冊の本を探し出すとういのはなかなかに難易度の高い、神経を使う作業だ。

でもそんな状況でも黙々と本を探す俺と雪歩。途方に暮れてしまいそうな作業でも俺と雪歩は決して諦めようとは思わない。

その本に何が書かれているか、そんなのはわからない。でも……その本にはとても大事なことが書かれている。なんの根拠もないけど、そんな気がするんだ。

それはきっと雪歩も同じ。だから俺たちは絶対に探し出す!

「あっ……」

そんな決意を込めて探し続けること約三十分。俺は本棚の隅っこの方である本を見つけた。分厚い本と本に挟まれたそれはまるで存在を隠すかのように肩身を狭くして収納されていた。

側面には何も書かれていない。でも俺は確信していた。その本こそが探していた本だと。

「……ふんっ!」

俺は分厚い本二つに挟まれているその本をありったけの力で引っこ抜く。勢い余ってバランスを崩し、俺は床に尻餅をつく。

「いつつっ……」

転んでしまいはしたが右手にはしっかりと引き抜いたその本があった。見た感じそれは本と言うよりも大きめ手帳のように俺には見えた。俺は息を整えつつ、ゆっくりとその本の表紙を確認する。

「……雪歩へ」

表紙にはそう書かれてあった。

「一体誰がこんなの……っ!?」

視線を右下の方へ移した瞬間、俺は驚愕した。そこに書かれてあったのは……

「佐城雪菜……」

そう、そこに書かれてあったのは紛れもなく雪菜の名前だった。

「じゃあつまりこれは……雪菜の書いた、本?」

名前の書かれている場所からしてそこには著者の名前が書かれているはず。だとしたらこれは雪菜が書いたということになるが……

「でもなんだって、こんなとこに?」

困惑と疑問で頭がいっぱいになる。

「どうしたの? 何か音がしたけど」

と、雪歩がこちらへとやって来た。たぶん俺が尻餅をついた時の音に気付いて駆け付けたのだろう。

「……見つけたぞ」

そう言って俺は雪歩に本を見せる。

「見つけたって……え?」

俺同様に本の表紙を見て、困惑した顔になる雪歩。

「とりあえず、戻ろう。中身を確認しないと」

「う、うん」

俺たちはその本を手に持ち、席へと戻った。

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