るぷるぷルプーでGo!

@tamu_tamu

二人の冒険者(一人と一匹と言ってはいけない)①

 アインズの自室でその部屋の主、そして同時にナザリック地下大墳墓の主が一枚の羊皮紙に書かれたリストを手に悩んでいた。

 アインズ自身はローブの姿ではない。魔法で作りだした全身鎧を着込み、まがまがしいまでの巨大な両手剣をふた振り背負っていた。他にも用意を調えている。

 そうして冒険者として行動することを決めたアインズであったが、誰を連れて行くかに悩んでいた。先ほどの羊皮紙は候補となる者達の名前と、一言書き加えたリストであった。

 半時間ほどかけ、理由を挙げては名前に横線を引き、候補を絞っていたのだ。


 さすがに一人旅というのは選択肢になかった。さりとて何人も引き連れてというのも考えにない。

 ナザリックの運営・防衛からすれば当然であり、そもそも冒険者としてふさわしい者を挙げることすら難しいのにそれは贅沢すぎだ。

 それはそのリストからもうかがえる。一度線を引いておきながら、その線自体を取り消して、結局もう一本横線を引く、そういった虚しい作業へて、ようやく二人まで絞り込む。ちなみに全員一度は取り消し線が入っていた。教訓としては、不用意に消去法を用いると、そして誰もいなくなった、になるので気をつけねばならない。


 それはともかくとして、プレアデスの中の二人が候補となっていた。

「メイジのナーベラルとクレリックのルプスレギナ、さてどちらがよいか……」

 メイジなら敵を始末するのに便利であろう。だが、それだけならぶっちゃけるとレベルを上げて……いや、上がりきったレベルの物理で殴ればいい、のも事実である。


 方やクレリック、アンデッドであるアインズにとって回復魔法は無用であるが、アインズ自身のダメージ回復より他者に対して回復手段があるというのは強みである。それは恩を売る機会を意味し、ただ強いだけでなく慈悲あふれる冒険者を演じるにはもってこいであろう。

 二人組冒険者を演じる上でも、前衛と前衛もこなせる回復役であれば、いかにもあり得そうなパーティー構成ではないか。

「そうだな、ルプスレギナにするか……」

 こうしてアインズのこの世界での冒険が始まった。なお、タイトルにはアインズのアの字もなければ、モモンのモの字もない模様である。


 エ・ランテルの街中を二人が歩いていた。全身鎧を着込んだアインズ……今はモモンを名乗る冒険者と、黒い修道服じみたメイド服を着込んだ女性、ルプスレギナだ。

 アインズ同様、ルプスレギナも名前を変えてルプーと名乗らせていた。普段メイド仲間から呼ばれていた名前をそのまま流用したのだが、アインズが冒険の目的を語るとともに、冒険者としてその名を名乗るように指示した所、「ルプーっすね、私はこれからルプーっす!」と、妙に上機嫌であった。

 後で知ったことなのであるが、ナザリックNPCは、アインズが命令を非常に喜んで受け取る傾向にある。

 ルプスレギナも同様であったのだろう。ルプールプーとことあるごとに口ずさんでループ(こっちはルプーではない)していたのだ。

 そのルプスレギナにはなんの変哲もない服装をさせようと考えていたアインズであったが、旅立つ前にその予定は狂わされていた。

 二人のチーム名は『漆黒』だと告げたところ、ルプスレギナは自らの装いを眺め、「漆黒っす!」と右手を高らかに挙げて叫んでいた。もはや着替えろとは言い出せない雰囲気。ちょっと気取ったチーム名にしてしまったのが間違いだったのか。


 そしてルプスレギナは聖杖のフリをした巨大な撲殺武器を背負っている。こちらももっと弱い武器に取り替えるつもりであったが、やはり色が黒いことがネックとなってしまった。「この杖も漆黒っすね」なんて振り回されては黙認せざるを得ない。

 その凶器は見るからに殴打武器脆弱Vには良く効きそうだ。何らかの拍子にフレンドリーファイヤーとなってしまった場合、上位物理無効化Ⅲが有効に働くことを祈ろう。


 ルプスレギナは赤い二束の三つ編みを揺らしながら、アインズの隣で周囲に美貌をまき散らしている。ルプスレギナは目を引く美人と扱われているのは明白で、めざとい野郎どもの好奇の視線が注がれては、それらに対して手を振る余裕すら見せている。


「時に質問なのだが……人間を下等生物と思うか?」

 人通りが途切れた頃を見計らい、ルプスレギナに質問を投げかけるアインズ。意外なほど人間に対して友好的な態度を示すから、聞いてみたくなったのだ。


 ナザリックの面々に問いかけたならば、大方は良くて下等生物と返ってくるだろう。幾らか悪化するとナマゴミのルビが付き、更に重症化するとただのゴミとなり生き物扱いすらしなくなる。

「いいえ、そのようには思いません。彼らとは……もちろん彼女の場合もありますが……意思疎通が出来ます。下等生物にそれが可能でしょうか?」

 アインズは驚かずにいられなかった。ルプスレギナを冒険のパートナーに選んだのは実に正しいと思わせるに十分な回答であった。アインズが注意をしていなければ、ある者はふとした拍子に、またある者は積極的に人間を殺害しかねないナザリックNPCの一人であると思えないほどである。


 真剣さを醸し出すような表情で、真っ直ぐにアインズを見つめている。そして少し間を置く。

「だからからかうのが楽しいんっすよ。文句を言わない相手をいじめても面白くないっすもん」

 元気よく洒落にならない発言をぶちまけるルプスレギナ。アインズは先ほどまで抱いていた感心を投げ捨てた。どうやって釘を刺そうか悩むが、どのように刺していいか思いつかないため、とりあえず兜の中でため息を漏らす。

 ナザリックNPCであれば、アインズが目を離した隙に人間に危害を加える危険性が大きかった。ルプスレギナであれば、一足飛びにそこまでしないだろうが、それでも油断は出来ないと気を引き締める。


「宿屋発見っす」

 そうこうしている内に宿屋の看板を見つけたルプスレギナがそこを指刺した。「物を探すのは得意っす。隠し事を暴くのは大得意っす」宿屋を示す絵を見せられ、これを見つけるように小さく指示したとき、ルプスレギナがそう豪語していたのはまんざらでも無かったようだ。台詞の後半がさりげなく不安をかき立てるが。


 一行は宿の中に入る。薄汚れた店内に興味は湧かない。

 アインズが店の主人から一泊を注文すると、相部屋だ、二人部屋だと店の主人と意見をぶつけ合いだす羽目となった。

「何か問題でもあったっすか?」

 カウンターを挟んで言い合う二人にルプスレギナが尋ねる。

 宿の主人はそこで息をはっと飲んだ。二人の冒険者がやってきたときは、この女性は横を向いており、自身も横目で見ていただけだったから気がつかなかったが、今まで見てきた女性の冒険者で、彼女よりも美しく、印象深い者はいたであろうか?

 即座に心の中で否定すると察知した。もしこの女性を相部屋に押し込もうものなら、どれだけ騒ぎが起こるか分かったものではない。銅のプレートでしかない冒険者と侮り、襲おうとする者もいるかもしれない。

 ならば面倒ごとを避けるために二人部屋を希望するのは当然であり、頭ごなしに相部屋を押しつけるのは愚かと言わざるを得ないのではないかと。


「いや、すまない。二人部屋だな。無理を言ってしまったお詫びだ、二人部屋でも銅貨五枚にしよう。これで許して欲しい」

 突如、人が変わったかのように素直にアインズの注文に応じる宿の主人。それどころか割引まで申し出てくれたのだ。アインズは何が起こったか分からなかったが、意見が通ったこともあり悪い気はしない。

「お肉追加っす。美味しそうなのお願いするっす」

 ルプスレギナが肉の注文をする。銅貨一枚の出費である。

「ルプー……」

 先ほど銅貨二枚分浮いたが、心許ない懐具合からすると出来ればそのまま浮かして起きたいのだ。

「美人のお嬢ちゃんには参ったな。今回はただで追加してあげよう」

 アインズは小言を言いかけたが、ほだされたのか宿の主人が無料でルプスレギナの注文に応じた。美人は何かと得である。

 アンデッドであるアインズには食事は不要である。自動的に二人前の食事はすべてルプスレギナの物となるのだが、その上に肉までご所望とは。

 金銭面からはルプスレギナの注文を取り消す必要もなくなったため、アインズは小言を途中で打ち切る。


 二階の部屋へと向かう途中、厳つい男がアインズの前に足を出した。先輩風を吹かせた冒険者の新参者へのちょっかいだ。

 アインスがその足を軽く蹴り払うと、案の定というか、待ってましたとばかりなのか、その男が騒ぎ出した。わざとらしく痛がる始末である。

「こりゃあそっちの女に優しく介抱してもらうしかねぇな」

 ルプスレギナの美貌に目を付けたのか、軽口を叩く男。

「介錯っすか、得意っすよ」

 周囲にはルプスレギナの言わんとする『介錯』の意味が通じていないようだが、当然アインズには意味が分かる。介錯には介抱と同じ意味でも使われるが間違ってもそれではない。首をはねるという意味だ。


 ルプスレギナの持つ聖杖は撲殺武器ではあるが殴打専用武器ではない。ぶった切るくらい易々とやってのける。刺突系とおぼしきランスのくせに殴打することもある世の中だ、理不尽ではあるが、やられた側が涙をのめばすべて丸く解決する。

 ルプスレギナが背負ったその凶器に手をかけるのを見て、慌ててアインズがこの男を壁際のテーブルまで投げ飛ばす。まさに雑魚扱いではあるが、ルプスレギナに介錯されるよりかなりマシだろう。感謝こそすれ、恨みに思われるいわれはない。


 崩れたテーブルにはまり込んだその男は、自身に起こった思わぬ災難に驚いて目を丸くしている。

「ストライクっす!」

 ルプスレギナがアインズを賞賛し、両手を握りしめガッツのポーズをしている。凶器を振るわれずに済んだ安心感と共に、アインズは少しばかり気分が良くなるのを感じた。人の女に手を出そうとするゲスな男を一ひねり、なかなか心が湧くシチュエーションであるからだ。


 だが、内心で笑みを浮かべかけたところに横やりが入る。赤毛の女冒険者がアインズにくってかかってきたのだ。

 苦労して購入したポーションを壊されたと激怒し詰め寄っている。他の関係者一同お金がなく、弁償なり代替品なりが期待できるのはアインズのみなのだから、ここで取りっぱぐれる訳にいかないのだろう。

 ポーションを寄越せ寄越せとけたたましく騒ぎたてる。


「ポーションが無ければヒーリングを使えばいいじゃない、っす」

 マリー・アントワネットの逸話になぞらえてルプスレギナが挑発する。

 この世界にアントワネットはいないので、もちろん直接意味が通じることはないだろう。だが、言わんとすることは通じたようであった。

「回復魔法なんて簡単に覚えられないのよ!クレリックを仲間にするのも大変なのに!」

 回復魔法に限らないが、魔法を使えるようになるのはなかなか難しいものがある。

 才能、勉強への意欲、優秀な講師、多額の費用、長い期間……一介の冒険者にとってハードルは高すぎるのであった。

 もちろんそれがかなった時の見返りは大きい。

 仮に初歩的な回復魔法でも使えるのならば、パーティーの中心で大切に守られ、それが女性ならお姫様扱いだ。

 この冒険者、ブリタはそれにあこがれたことがある。

 もっともそれは儚い夢であった。自分一人でモンスターと戦ったり、他人とパーティーを組んでも最前線。

 殴られる切られる当たり前、だからこそポーションを必要としたのだ。


 自分で回復魔法が使えないのならば、クレリックを仲間にするのは名案だろう。

 ただし、クレリックは冒険者から引っ張りだこだ。

 いるといないとでは冒険の効率が段違いなのだから当然であろう。ことあるごとにポーションを消費していては、お金がいくらあっても足らない。

 ケガを恐れて臆病になりすぎては冒険者の名が廃る。パーティーの誰かが傷つき、誰かは無傷、そういったとき先に進むか引き返すか、意見は統一できるだろうか。

 クレリックがいればそれらの問題が簡単に解決するのだ。

 それらもあり、クレリックの供給は少なく、需要は高い。早い話が反論したとおり、ポーションを乞う彼女にとってヒーリングの魔法は高嶺の花なのだ。


「私はクレリックすよ?」

 ここで両者の勝負はついた。方やポーション一つにガタガタ騒ぐ冒険者。方や皆の羨望の的クレリック。

 胸を張るルプスレギナ。彼女の豊かな胸もたゆんと揺れる。二人のやり取りを見守っていた冒険者たちの視線がそこに集中する。

 方や「女」ではなく「戦士」、方や魅力的なスタイルの麗しい美女、第二ラウンドもルプスレギナの勝利であった。

「大体、そんなに大事大事言っていて、いざというときに使えるんっすかね?勿体ないと言って使わずじまいになって手遅れになるんじゃないんっすか?」

「うっ、それは……」

 痛いところを的確につくルプスレギナ。相手のくぐもった声が答えであった。

 頭の中で軽くシミュレーションをしてみる。敵に一太刀浴びた、まだもったいない。次は突かれた、いやまだ大丈夫……そうズルズル使い時を先延ばしにして力尽きる。

 ポーションに執着しすぎた結果、非常にあり得る未来像であった。

 遺品のポーション、ああ、これさえ使っていれば助かっただろうにと、同情されるのか。


「うう……」

 完全にやり込められ膝を突く女冒険者、第三ラウンドもルプスレギナの勝利が確定する。

 話のやり取りが自身からルプスレギナに移ったことで、若干客観的に推移を見守っていたアインズは、目の前の鉄の冒険者が自分と同系統だと見抜いた。貧乏性、ラストエ○クサー症候群にり患した者だと。

 それはゲーム世界では笑って済ませられるが、現実世界では命にかかわるため、できるだけ早期に治療が望まれる、ある意味死に至る病だ。

 同病相哀れむ、世界は違えど同じ病の彼女にアインズは親近感がわいた。ならば助け船の一つくらい出してやってもいいではないか。


「ちょっと、こっちへ来いルプー」

 アインズが部屋の隅にルプスレギナを誘い内緒話を行う。

「どうした、あの冒険者に妙に突っかかっているようだが」

 下等生物といった罵倒ではなく、危害を示唆する言動でもなく、それなりの正論で相手を攻めているのはアインズとしても助かっているが、ルプスレギナはあの女の何が気に入らないのであろうか。

「あの人、私と同じ赤い髪っす、キャラが被っているっす」

 なるほど、それで負けてなるものかと自己主張したのか。


 ああ、なかなかいじらしいところがあるではないか。

 至高の御方に作られた自分が、他人とキャラが被って目立たない、なるほど許せないとしても無理はない。相手の存在を抹殺して解決を図らないだけ、他ナザリックNPCより安全だ。

 ルプスレギナはちらちらと、そのライバル的存在に視線を向けては気にしている。

「大丈夫だルプーよ。おまえは誰にもキャラが被っていないと私が保証しよう」

 ルプスレギナの個性は、web版と書籍で名前が違ったり、名前が間違えられりする者とキャラが被るレベルではない。

「あ、ありがとうございますっす!自信が湧いてきたっす」

 アインズの断言を受け、ルプスレギナは右手を握り、頭上より高く掲げる。

 ルプスレギナと同じようなキャラクタがもう一人いる……その想像になぜだろうか、アインズは無いはずの背筋、いや背骨はあるか、が寒くなる。

 これ以上考えてはいけない。

 魔法使いとしての本能が、この深淵をのぞき込むのは危険と告げていた。

 慌てて現実を直視し、ルプスレギナの方を向く。すると先ほどの女冒険者にぺこりと頭を下げていた。


「いいわいいわ、こちらこそごめんなさい」

 相手も水に流してくれる様子だ。思い当たる節があるのか、反省点があるのか、それほど敵意を抱いてはいないらしい。

 これで話を丸く収めるために、アインズはお詫びとして赤いポーションを取り出した。使い時を間違えずに、死蔵して死亡した何てことが無いようにと、口に出すとつまらないだじゃれに勘違いされかねない気持ちを込めてそれを手渡した。

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