Ending

Ending A ~予感~


いまだお祭り騒ぎの止まないスィンダイン。


その城下を二台の馬車が走っていく。

後ろの馬車には山と積まれた旅荷物。

前の開放馬車には四人の女性、いや、一人は少女と見まがうような少年だが、とにかく四人が乗っていた。



 ***



「こなくそー!」


カルネがアデルの胸元に手を当てて吠える。

手の平には光が灯るが、それはアデルの身体に触りそうで触らない。

表面をフワフワと滑ってしまう。


やがて根負けしたように、カルネは馬車の座席にドカッと腰を落とした。


「……ぜぇ、ぜぇ……ちっくしょー、〈裁定者アービター〉もかよぉ」


「お前に帰りたくないらしいな。ざまぁみろ、だ」


ニヤニヤとカルネに歯を見せるアデル。

その横ではシンディがあらあらと口に手を添える。


母とジョン、あとは数人だけのささやかな見送りで城を出た僕ら一行は、船に乗るべく川沿いを東へ向かっている。


その途中、ようやく思い出したとカルネは手を打ち、アデルとシンディから〈神衣〉、〈乙女メイデン〉と〈裁定者〉を回収しようとしたのだが……結果はご覧のとおりだ。


「はくじょーもんどもめ。何でそんなにボクを拒むんだよぉ」


『今さら戻るなんて御免よ。せっかく素敵な主を見つけたんだし』


『右に同じだね。力を貸すのはいいけど、まだ自由を楽しんでたいんだ』


シンディとアデルの胸に輝く小さなエメラルド、〈神衣〉の〈物理的位相固定フィジカルアンカー〉がそれぞれ声を上げる。


それを聞いて髪をかきむしり、カルネがアデルの〈裁定者〉を指差す。


「〈乙女〉はともかく〈裁定者〉は〈核神装かくしんそう〉だろーがオマエ!」


『残り二つ、まだ見つかってないんだろう?

 私が戻ったところでどうにもならないんだね』


「あーいやこーいうし! 持ち主に似て生意気になりやがった!」


「誰が生意気か。

 いいかげんそれぐらいにしてやれ、女神なんだろう、ちょっとは寛容になろうと思わんのか?」


「よけーなお世話だアデルちゃん!」


「いいかげん〈ちゃん〉付けするなこのヘボ女神!」


そのままやいやい騒ぎ始めるカルネたち。


〈裁定者〉の言うように〈騎士群ナイトグループ〉の残りの〈核神装〉と〈神鍵〉は見つかっていない。

ただカルネが言うには「共鳴するはずの〈騎士〉と〈裁定者〉がいるのに反応がないから、遠くに落ちたか誰かが持ち去ったか、とにかくこの近くにはない」んだそうで、その件は後回しとなっていた。


恒例の仲良しゲンカを続ける二人をよそに、僕とシンディは肘掛け越しに過ぎゆく街並みを眺める。


やがてシンディがおずおずと、しかし晴れやかに頭を下げる。


「レイ様。今回はありがとうございました」


「ううん、お父さんとは仲直りした?」


「一応、ですね。すっかり気落ちして母の言いなりになってますけど」


「それもまた大変だ」


お互い苦笑をこぼして手を打ち合わせる。


シンディはちょっと考えてから、戸惑いを丸い頬に乗せた。


「その、本当にいいんでしょうか……レイ様のお父様のことは」


「僕が気にしてない。

 父は僕をかばって死んだけど、そのことで巨人に恨みなんてない。

 もし恨むとしたら……戦争、かな」


「そう、ですね」


長身のメイドは深く頭を下げ、座席に戻って何かを考える。

はっきり話すべきだったのかも知れない。父の命を奪ったのは巨人じゃない、と。


馬車が塔門を抜ける。


町境まちざかいのゆるい丘を上がった先で、僕は再び馬車の後ろから広がる王都、故郷スィンダインスィッズの町の街並みを眺めた。


中央の大河を挟んで広がる素焼き瓦の市街地、赤屋根の王宮。

立ちのぼる煙は火事でも戦の炎でもない。

そこで生きている人たちの営みの証だ。



ふと、僕は漠然とした予感を感じる。

心にするりと入ってきたその言葉を、僕は青い空に向けてつぶやいた。



「この景色を二度と見ることはない」




銀の腕のダイタンオー

~巻之二 奪還、城砦都市~


終幕

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