Chapter6 ③


部隊を率いて丘を越えたとき、アデルは我知らずほくそ笑んでいた。


状況が予想より遙かにいい方向へ動いた。

それを見て取ったからだ。


眼下にそびえ立つ南の城門には、わずかなカカシ騎士と生身の兵士が少しいるばかり。東側の善戦のおかげか守りは無いも同然。


「旗掲げ! 笛鳴らせ!」


すかさず号令。

騎手に旗を掲げさせ角笛吹きを吠えさせる。

わずか数十秒で隊列を整える兵たちに、完了を知らせる鉦が打ち鳴らされる。


「総員吶喊とっかん!!」


叫んだアデルの駆る騎馬を筆頭に、巨人と騎兵で構成された突撃隊が一斉に丘を駆け下る。


城壁との間は半マイルもない。

小数の強みを生かして隊列を崩すことなく城門へ迫るアデルたちに、王朝軍の兵士は肝を潰して門の内側へ走り、カカシたちはヨタヨタと円形陣を組みはじめた。

その鉄の人型が巨大な十字弓クロスボウを構えるより早く、先陣を切る巨人兵の背中から浪々とした詠唱が始まる。


『アンヌウヴンの王アラウンの名において! 火よ、駆けろ!』


一瞬で生じた数十の火球が、密集するカカシたちへ浴びせられる。


巨人が使えないはずの魔法。

生みだしたのは大きな背負子しょいこにまたがった小人の術士たち。


遠距離から一方的に対応するはずだったカカシ騎士の多くが、着弾した魔法の炎に炙られる。鉄の肌は燃えずとも、ことわりを曲げて燃え盛る炎は一瞬にして彼らから空気を奪い、その息を絶った。


たちまちバタバタと倒れていくカカシ騎士を見て、アデルと並走するシンディがハンマーを振り上げて喜ぶ。


「効果絶大、さっすがアデル様!」


アデルは少し複雑な心境だった。

火で相手を無力化するという戦術は、〈学校〉でニカがやってみせたことの焼き直しに過ぎない。ただ、ニカほどの術士がそうそういるわけではないので、アデルはさらに一ひねりを加えていた。


巨人たちに魔術師を背負わせることで機動力と小回りとを持たせ、護衛を削減してその分密度を高める。

小さな火球でも、数十個集まればニカの呼んだ轟炎にも勝る。

それに――


「Ryavuaaaaa!」


死の円陣からかろうじて抜け出したカカシが雄叫びを上げて部隊に迫る。

しかし彼らを支えるのは、そう、百戦錬磨の巨人部隊なのだ。


『ゴラァァァァァァァァァァァァァァァッ!』


必死にしがみつく小人たちを背に乗せたまま、巨人兵士たちが戦斧バトルアクスを振り上げてカカシ騎士を歓迎する。


体格はカカシが大きくとも、全身から煙すら上がる体たらくでは勝ち目はない。

あっという間に蛮族まがいの集団に包囲され、抗う端から手足を斬り落とされて地に転がる。


この組み合わせなら近接でも戦えるし、唯一の弱点である背後についても抜かりはない。

中人なかびと自慢の騎兵部隊が動く盾となって、素速く後ろの敵を追い払う。


まさに進撃する限りにおいて最強の部隊だ。


「あの戦争の時には思いも付かなかったな」


巨人と小人、そして中人が共に手を取り合い、協力しあってはじめて成立する戦術。平定戦争以前はおろか、つい先日までは考さえしなかった。


これもレイ様々だな。

アデルは苦笑しつつ城門に肉薄し、馬から下りて中の様子をうかがう。閉じるのすら忘れられた大扉からは、矢や砲丸が飛んでくる気配はない。


そこへあらかたカカシを潰し終わった巨人部隊が到着。彼らが大盾タワーシールドを手に門の内側に突入するが、やはり沈黙したままだ。


「どういうことだ?」


〈神衣〉の敏捷さで城門の上を偵察してきたシンディが、そこらに積まれた木箱や屋台などをハンマーで粉砕検索しつつ訝しがる。


「待ち伏せも無さそうです。まさか逃げたのでしょうか」


「冗談だろう。

 抵抗が薄いとは踏んでたが、こんなにあっさり放棄するはずが――」


その時、東門の方向から大歓声と、事前に取り決めておいた三条の角笛が漂ってきた。


「巨人機装を全滅させたか、やるなレイ!」


「予想より決着は早そうですね」


嬉しい顔を見合わせて、それぞれの旗下に集合と再整列を指示する二人。


拍子抜けではあるが、このまま敵の船まで一気に攻め込む。

そうアデルが号令をかけようとした、その瞬間。


午後の陽射しが一瞬なにかにさえぎられる。


次に聞こえたのは百条の大砲にも匹敵する、天地を割くような轟音であった。



 ***



市街地に潜んでいた最後の箱頭ハコアタマを貫手で穴だらけにし、ようやく息を静めて立ち上がった、その瞬間。


午後の陽射しが一瞬なにかにさえぎられる。


突如凄まじい力を受け、僕らは横殴りに吹き飛ばされる。


「うぁぁぁあっ!」

「にゃぁぁぁあっ!?」


一転。

二転、三転。


操舵宮カンツォの中で天地が何度もひっくり返る。


重い手足に引っ張られるまま、僕はくり返し見えない壁に叩き付けられた。


人のいない街並みをすり潰して、ヴンダーヴァッシェは街を三百ヤード近くも転がり、やがて城壁に背をもたせて止まった。


「レイ君無事?」


「どう……にか、ね」


操舵宮がかなりの衝撃を受け止めてくれたらしく、さんざん跳ね回ったわりに目立った怪我はない。

カルネもシートにしがみついて事なきを得たようだ。


「……オッケー、ダヴもいけるよ」


彼女がヴンダーヴァッシェにも支障はないと親指を立てる。


「いったいなにが……」

「レイ君上だ!」


立ち上がる僕とヴンダーヴァッシェに覆いかぶさる影。

いびつな、コウモリの翼。


再度の衝撃。


僕らを横薙ぎしたのは一抱えもある闇色の馬上槍ランス

その持ち主は二本角の機装……


まともに見えたのはそこまでだった。


再び地面にぶつかり、街並みに突っ込み、逃げまどう部隊をかすめて。


まわりの全てを割り砕きながら、僕らは執拗に叩き転がされる。

そう、まるで玉遊びのボールのように。



 ***



レイやジョンから話は聞いてはいたが、実際に目にするのはこれが初めてだ。

黒い骨と皮で構成された翼を広げ、滑空しながら巨大なランスを振り回す姿はいにしえの飛竜を思わせる。


だがアデルは見惚れる事などできない。


土煙と瓦礫が舞う中でランスに打擲ちょうちゃくされるのはレイの銀機装。

空を飛ぶ相手からの一方的な攻撃にさらされ、反撃どころかろくに受け身も取れないまま転がされていく。


そんな主の機装に対し、アデルはすぐさま援護を思い立つ。


「全隊! 目標変更、魔術であの黒い機装を……」


「させぬのである!」


張り上げられたドラ声に、アデルもシンディもその声の主をふり返った。


メインストリートの石畳にいつの間にか立っていた男性。

アデルたちの隊を阻むように両手を広げ、金刺繍も煌びやかな黒のローブをまとう山羊ヒゲの老人。


怪しいという言葉をそのまま彫像にしたような風体だけで、アデルはそれが誰であるかを見て取った。


「貴様が……敵の総大将だな!?」


「〈軍観ぐんかん〉と呼ぶのである。

 そう、いかにも吾輩わがはいこそはプリダイン攻略軍の〈軍観〉にして、ウヴ神王しんのう陛下の〈大僧正だいそうじょう〉セル・ヌーガなる!」


相手がプリダイン言葉で話しているも驚きだが、まさか名乗ってくるとは。

驚きにしばし目を見張るアデルの横で、我に返ったシンディが鋭い声を飛ばす。


「停戦でも申し込む気ですか?」


「まさか、この場に及んで和睦わぼくを取り付ける気も、ましてや降伏などとんでもない話なのである。

 吾輩がここに来たのは、ただ貴君らを叩きつぶすためなのである」


「叩きつぶすだと? 貴様一人で何をするというか」


強気を通り越して無謀極まる宣言に、アデルだけでなく兵士たちからも三々五々と野次が飛ぶ。


だがセルは高嗤たかわらいでそれに応じ、手にした黒い杖で石畳を打つ。


「ぬわっはっはっはっははははははははははっ!

 痴れ者どもめ! 貴君ら雑魚なぞ、吾輩には手も足も出んという事をとくと教えてくれるのである!」


黒衣の大僧正が杖頭に手を触れ、少女像だろうか、先端に彫り込まれた彫像に指を滑らせる。


「出でよ、〈傲 邪 装 騎ごうじゃそうき:イ ン ・ デ ィ ー セ ン 〉!!」


逆巻く黒い風がセルを包み、両脇の商家すら凌ぐ竜巻となって立ち上がった。

それが青い炎に変じて吹き飛べば、中から姿を現したのは……


「……機装」


アデルが目の当たりにしたそれは、〈学校〉で見たダイタンオーよりさらに一回り大きな、まさに雲を突くような機装であった。


全身を青光りする鎖編みの鎧で覆い、杖をもったその姿はさながら「術士」。

顔は巨大な青黒い宝玉で、その上を人の渋面を思わせる面頬バイザーが覆う。

しかし一番目立つのはその胸、分厚い胸鎧全てを使って造形された獅子の顔が口を開けていた。


獅子といえばスォイゲルの紋、それをこんな形で見せられるなど。

アデルは冒涜されたような気分で顔を歪めた。


「いかにも! これぞ吾輩の賜りし機装!

 さぁ、恐れおののき踵を返すなら今のうちなのである!」


機装を後ろに大見得を切ったセルに、たちまちシンディの怒声が上がる。


「だ、誰がそんなこけおどしに乗ると!

 我が屈強な兵士をそう易々と踏みつぶせると思わないでください!」


「踏みつぶす?

 いや、吾輩そんな野卑やひなことはせんのである。

 よろしい、下がる気がないなら見せて進ぜよう……浄化の炎を!!」


老人は見た目から想像のできない跳躍で飛び上がり、開いた獅子の口に飛び乗る。獅子が顎を閉じて主を喉に迎え入れ……


『Karghouuorrrrrrrrrrr!』


顔の宝玉に紫の輝きを灯して機装が咆える。


術士巨人は四肢に生気をみなぎらせ、緩慢に、しかし力強く動きだした。

とっさに術士たちが火球を浴びせるが、あまりの巨体相手はでは火花ほどにも効いていない。


『そんなもの無駄、ムダ、ムダァァァッである!

 吾輩のイン・ディーセンをまがいものリ・バールドあたりと一緒にされては困るのである』


ぞろりとした鉄袖でかかる火の粉を払いつつ、術士巨人はセルの声で嗤う。


『さて、ではこちらから返礼と行くのである!』


「いかん、全隊下がれ!」


巨人の面に妖しい光が奔るのを見て、アデルは即座に後退の指示を出す。

兵士たちが馬を、足を反したその直後。


『〈断 罪 乃 劫 火コンヴィクター〉!!』


杖を横に構えた機装。

セルの呼び声に肩が開き、深紅に輝く宝玉がせり出す。

そして赤熱するや、青い炎を四方八方へ勢いよくまき散らした。


火球の一つが雄牛ほどもある炎の群れだ。

奇跡的に部隊には命中しなかったが、着弾した商家の街並みが一斉に燃え上がる。


『今のは警告である! さあ、退くがよいのである!』


「警告だと、舐めたマネを……」


唇を噛むアデルだが、目の前の巨人に対する術はない。

と、シンディが手で何かを伝える。


親友の意図を読み、アデルは逃げる部隊に素速く指示を飛ばした。


「総員散開、あの機装から離れよ!

 以降は『三の手』にて指示を出す!」


半分恐慌に駆られつつも、取り決めどおりに市街に散っていく部隊。


それを見届けることなく、アデルとシンディの馬は数騎を伴って横道へと飛び込んだ。


近くと遠く。二つの轟音が、路地の狭い空に鳴り響く。

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