「クッション噛むから部屋に入れないでって言ってるのに!」


 そう怒りながら話せば、両サイドを歩く友人達が相変わらずだと笑った。


 新学期初日、いつも通り待ち合わせをして学校へと向かう途中。

 春休みの出来事をあれこれと報告し合い――もちろん志摩君とのことは秘密だけど――その流れで私が昨日のことを思い出して愚痴ったのだ。というより、昨日どころか春休みの最中に何度もパブロは私の部屋に侵入して、我が物顔でベッドで寝ていた。それも、決まってクッションやシュシュを噛みながら。


「クッションぐらいあげたら?」

「そう思ってクッションあげると直ぐに興味無くしちゃうんだよ。この間シュシュ噛んでたからあげたのに、次の日にはリボン噛んでたし。可愛くない!」

「まぁ、そうは言ってもツンデレだからねぇ」


 ねぇ、と二人がクスクスと笑いあいながら頷きあう。

 長年の友人だけあってお見通しとでも言いたげなその様子に、なんとも言えない居心地の悪さを感じてしまう。

 だからこそせめて「本当に可愛くないもん」と訴えるように反論して二人を睨みつけた。ツンデレという言葉の意味はよく分からないが、それでも私だって冷やかされていることぐらいは察するというもの。

 だがそんな私の反応が更に二人を楽しませているようで、笑みが強まり「またそんなこと言って」と茶化すように返されてしまった。


「本当はパブロのこと大好きなんでしょ?」

「好きじゃないよ。猫みたいにふかふかしてないし暖かくもないしノソノソしてるし」

「本当に?」

「本当に。そりゃ、私がサラダ食べてるとゆっくり膝に乗ってくる時はちょっとだけ可愛いとは思うけど。でもちょっとだけだよ」

「はいはい、ツンデレ」

「あとキャベツをあげるとシャリシャリ言いながら食べてる時もちょっとだけ可愛いかな」

「さっそくデレた」

「キャベツ加えたまま寝てる時と、名前を呼ぶと寄ってくるけど途中で力尽きる時もちょっとだけ可愛いよね」

「完璧ベタ惚れだね」


 笑いながら話す友人にムゥと睨んで返す。

 確かにパブロは時々可愛い。廊下の先からノソノソと歩いてくる時や、気持ちよさそうに日向ぼっこしてる時、お母さんが掃除機をかけるとゆっくりと近付いてきて助けを求めるところもちょっとだけ可愛いとは思う。

 あと、リビングのソファーで転寝して起きるとお腹に乗っている時も可愛い。……けれど、あれはきっと誰かが乗せているのだ。いつか犯人を突き詰めてやる。


「も、もうパブロの話は終わりにして、もうクラス替え配られてるから急ごう!」


 なんだか自分がツンデレとやらのような気がして、慌てて友人を急かす。

 だが現に数人の友人達から到着したとメッセージが届いているのだ。無理な話題転換にはなっていない……はず。



 そうして誤魔化すように足早に学校の門を潜れば、昇降口の前では先生がクラス替えの用紙を配っていた。

 それを一枚受け取って顔を寄せるようにして覗き込む。学生にとってクラス替えは一年間を左右する大事なイベントだ。バラバラになってしまったらどうしよう、一人だけ違うクラスになってしまったら寂しい……と、そんな不安が心臓の鼓動を早める。

 小学校の時からもう何回もクラス替えをしているはずなのに、この瞬間の緊張は未だに慣れることがない。だけど大学はクラスに別れないから、この緊張も今年で最後……と考えれば、ちょっと悲しい。だからこそ、最後の一年を一緒に過ごしたいのだ。

 だがそんな緊張をしつつも見ないわけにはいかず、一組から順に記載されている名前を追っていき……そして、三組の女子一覧の中で並ぶ名前を見つけて歓喜の声をあげた。もちろん、また三人一緒のクラスになれたからだ。


  「三年間一緒! 中学校から数えると六年間だよ!」


 凄い!と思わず私が声をあげれば、興奮した二人も抱きついてくる。中学校から一緒で同じ高校に進み……とずっと一緒に過ごしてきたのだ。そのうえずっとクラスが同じなのだから、これに興奮するなと言う方が無理な話。

 思わず三人で抱き合って喜べば、別の一角でも賑やかな声があがった。見れば、クラス替え用紙を持って盛り上がる集団。サッカー部の男の子達とその友人、そして数人の女の子達だ。

 彼等もクラス替えの結果に一喜一憂しており、人数が多いだけにその盛り上がりも一入である。そのうえ、数人が通りがかりに声をかけては輪に入り、かと思えば数人が抜けてまた別の人が入って……と賑やかさが耐えることがない。

 そんな輪の中に志摩君の姿を見つけ、私は呟く様に小さく名前を呼んだ。もっとも、私の声が彼に届くわけがなく、あの輪の中に入れるとも入ろうとも思わない。

 とりわけ、サッカー部のエースで人気者な彼は輪の中央に居て、次から次へと声をかけられているのだ。割って入って……なんて、私には無理だ。


 なんだか隣に座って話をしていたのが嘘のよう。と、そんなことを考えていると、志摩君とパチと目が合った。思わず咄嗟に俯いてしまう……が、次いで聞こえてくる「七瀬」という声に慌てて顔を上げた。

 盛り上がる輪から抜け出てこちらに向かってくるのは、他でもなく志摩君。


「七瀬、クラス替え見たか?」

「う、うん。今もらって見てたところ」

「俺達一緒のクラスだな」


 爽やかな笑顔と共に告げてくる志摩君に、私は慌てて手元のクラス替え用紙に視線を落とした。

 三組の男子一覧、順に追っていけば直ぐに彼の名前が見つかった。


「あ、本当だ。一緒だね」


 よろしくね、と彼を見上げれば、きっと猫カフェのことも含めているのだろう「俺の方こそよろしくお願い致します」とわざとらしく深々と頭を下げてきた。その仕草に思わず笑ってしまう。

 そうして志摩君がパッと顔を上げ「また後でな」と笑って再び輪の中へと戻っていく。

 話をしたのは一瞬のこと、だというのにまるで春風が吹き抜けていったかのような感覚に私は僅かに吐息をもらし……、


「今のはどういうこと?」

「教室で詳しく聞こうか」


 と、ガシと両腕を取られた。

 志摩君からしてみれば『今日からクラスメイトになる一人に声を掛けた』という些細なことに過ぎないのかもしれないけれど、私達からしてみれば『サッカー部のエースがわざわざ声を掛けてきた』なのだ。一部始終を見ていた友人達が驚き、そして興味を示さないわけがない。

 志摩君、猫カフェのことを秘密にしたいのは分かるけどちょっと迂闊だよ……。

 連行されるように教室に引きずられながら、暢気に友人達と談笑する志摩君を遠目に睨みつけた。



「まさかそんな進展があったなんて」

「だから違うって、別に進展とかそんなんじゃないよ。たまたま喫茶店で一緒になって、それでちょっとだけ話をしただけ」

「サッカー部のエースね……。まぁ、性格も良さそうだし及第点をやろう」

「どれだけ上から目線なの!」


 ニヤニヤと笑いながら冗談交じりに話す友人達に、必死になって訴える。

 あれから散々問い詰められ、帰り道でもこの状態なのだ。

 なにより、二人がこの顔をしている時は何を言っても無駄なのだ。長年の友情からか異様な連携を見せる二人を恨めしく思いつつ、早く家に着けばいいのにと足早に歩く。


 ちなみに、私は二人に、

「たまたま志摩君と喫茶店で一緒になって、少し話をしただけ」

 と伝えておいた。もちろん猫カフェとは言っていないが、駅名を言うだけで二人はショッピングモールの喫茶店だと考えてくれただろう。あれこれと冷やかしてはくるが、店名を聞き出したり怪しんだりはしてこない。

 志摩君と話を合わせておかなきゃ……そんなことを考えつつ、T字路で足を止めた。ここから二人は右に、私は左に進む。普段おしゃべりしながら帰るときはあっという間に思えて寂しさすら感じていたが、今日に限ってはここまでの道のりがやたらと遠く感じられ、ようやくT字路に辿り着いたと達成感すら覚える。


「とにかく、もうこの話はお終い! 私こっちだから、じゃあね!」

「えぇー、もっと聞きたいのに」

「そうだよ、まだ全然聞いてない。そうだ、これから家で詳しく」

「うちで話を聞くなら、パブロ抱っこしてね」

「……か、帰ろうか」

「そ、そうだね。突然おじゃまするのも悪いしね」


 パブロの名前を聞くや突然よそよそしい態度になり、それどころかそそくさと別れの挨拶を告げて二人が歩き出す。

 二人共爬虫類が苦手なのだ。もっとも、トカゲやヤモリならまだしもズッシリ大きいパブロイグアナに対してと考えれば、一般的な女子高生の反応と言えるだろう。

 今日だけはパブロさまさま、朝はあれだけ怒っていたのに我ながら薄情なことを考えつつ帰路に着いた。帰ったら可愛がってあげようかな……なんて思いつつ。

 もっとも、家に帰って自室に戻った私が、


「お兄ちゃん、またパブロが私の部屋で寝てる!!」


 と声を荒らげたのは言うまでもない。


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