第十六話 団体戦のリアリティ。

 実は私、日本武道館のアリーナデビューをしたことがあります。


 いきなりの発言で恐縮ですが、別にたいしたことではありません。

 日本武道館といえば数多くの伝説的なコンサートが行われた会場ですが、本来は名前の通り武道館ですから武道大会も行われます。(いやいや、本来はそのための施設ですが)

 弓道もアリーナに射場を設置して行います。東京で全日本学生弓道大会が開催される際の会場は日本武道館ですから、それに出場すれば「武道館のアリーナに立った」と言っても嘘ではありません。

 アイドルが歌い踊るかの地も、武道大会の時はただの競技場でございまして、憧れのあの方が歌っている方向に矢を放ったりします。ですから――


 武道館デビューを夢見る貴方、今すぐ弓道を始めて夢を実現しようではありませんか!


 はい、何でしょう?

「別に剣道や柔道でもいいんじゃないの」ですか?

 それは言わない約束ですよ。


 *


 弓道は一人で出来る武道です。


 剣道や柔道と違って対戦相手がいる訳ではなく、的だけが相手です。言い換えると、的さえあれば一人でいつでも練習することが出来ます。

 そのため練習の仕方は個人に任されている場合が多く、道場に住んでいるのかと思うぐらいに朝から晩まで練習している者もいれば、部の正式練習の時にしか姿を見せない者もいます。

 部員が集まって練習する時も、お互いに射の癖を指摘しあって相互研鑽に励む者もいれば、単に一緒に弓を射るだけと割り切って黙々と練習を続ける者もおります。

 人付き合いが苦手な方でも、弓道であれば問題はありません。


 ところが、その弓道に何故か「団体競技」があります。

 しかも剣道や柔道と違って、個人の成績がそのまま団体の勝敗に直結するのです。


 具体的に説明しましょう。

 弓道大会では「五人一チームの団体戦」が行われるのが普通です。また、その多くが「一人当たり四本の矢を射る」形式ですから、チーム全体では二十本の矢を射ることになります。

 つまり、どれだけ優れた射手であっても、一人だけ化け物のように的中する選手がいたとしても、四射四中(これを弓道用語で『皆中かいちゅう』と呼びます)以上は出来ません。

 後の十六射は完全にチームメイト任せですから、弓道の団体戦においてはチームの総合的な力が問われるわけです。

 的中した数だけが勝敗を決する要因ですから、十九中しても二十射皆中のチームには敗北しますし、十中でも相手が九中であれば勝てます。

 ならば、団体戦では的中率の高い順番に五人を選んで適当に並べればよいかというと、そうでもない。

 弓道では五人チームで射る場合、その順番を前から「大前おおまえ二的にてき三的さんてき落前おちまえ大落おおおち」と呼びますが、それぞれに適任者を当てはめる必要があるのです。


 どうして相手は的なのに適任者の問題になるのか。


 大きな大会の決勝トーナメントになると、二チーム同時に射ることがあります。そうなると、そこにはおのずから「心理戦」の要素が生まれます。

 同時進行の場合、出来れば相手よりも先に的に中てて、プレッシャーを与えておきたいものです。そこで、大前は最初の一本を確実に中てられる者が望ましくなる。

 逆に、後手に回った時は、最後になればなるほど勝負のかかった矢を射ることになる。大落になると最後の一本で勝負が左右されることもありますから、これまた確実に中る者が望ましい。

 俗に「初矢しょやは大前の仕事、留矢とめやは大落の仕事」と呼ばれる所以です。

 同時進行でなくとも、先攻チームの的中が分かっている状態で勝負に望まなくてはならない場合はざらです。先に二十射皆中されようものなら、後攻のチームが受けるプレッシャーは半端ではありません。

 そうでなくても、相手の的中を意識しながら行う射は微妙に影響を受けてしまうものなのです。最後のほうになればなるほど、一本の矢が中るか外れるかが勝敗を決するようになりますから。

 そのため、団体戦の立ち順は結構重要になります。

 小説で弓道の団体戦を出す場合も、この微妙な違いを抑えているとリアリティが増します。


 ということで、おもむろに立ち順別の特徴を説明することになるわけですが、普通に書いても全然面白くありません。

 そこで、あえて『おそ松さん』を使って紹介してみたいと思います。


 まず「大落」。

 これは最終的な責任がすべてかかってくる位置ですから、問答無用で長男の『おそ松』さんにお願いしましょう。

 理屈ではありません。そういうものです。


 続いて「大前」。

 一番最初の矢を確実に中てるためには、細かいことに動じない度胸が必要です。また、大半の道場では審査員席が一番前にあるので、それをものともしない強い自我が必要でしょう。

 多少ナルシストであるほうが望ましいと思いますので、次男の『カラ松』さんをチョイスしました。


 さらに「二的」。

 大前が中てたらすかさず追随する要領の良さと、大前が外した時には即座に切り捨てて気持ちを切り替えるという、二面性が必要です。そこで六男の『トド松』さんが適任です。


 そして「三的」。

 ここは一番心理的な重圧がかからないポジションですから、試合に慣れさせたい後輩を入れたりします。また、多少チャレンジングな試みをしたい場合も三的を使います。

 なので、意外性のある男、五男の『十四松』さんを選択しましょう。


 最後に「落前」。

 実は何気に大変なポジションでして、大落に次いで勝負がかかった的中が回ってきますし、時間制限のある試合だと大落の射を逆算して、引き始めなければいけなかったりします。

 前の三人が軒並み外してきた時には、落前が落ち着いて止めなければいけません。平然とした顔の裏で緻密に計算する強かさが必要です。ゆえに四男の『一松』さんを当てはめましょう。


 思いつきの割にはなかなか良いチームが出来上がりました。


 はい、何でしょう?

「ところで三男の『チョロ松』はどうするんだ」ですか?


 ……ああ、それね。

 ぶっちゃけ、ただ真面目なだけの打たれ弱い選手は、弓道の団体戦では使いづらいんだわ。


 いやマジで。


( 第十六回 終り )

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