追憶の迷宮《ステルビオ》

がんぷ

出会い ~紅と青~

迷宮ステルビオ内。周囲は囲まれた。もはや逃げる隙はほとんどない。端にじりじりと押し込まれていく。

このままじゃ……


「俺が活路を見出す!!」


俺はこの絶体絶命の時を何とかするため、味方だけでなく、自分を鼓舞するかのように声を出した。

現状のこの状況を踏まえた上で俺は名乗りでた。誰かが時間を稼がないと他の全員が助からない。そんな想いから俺は自ら志願した。

皆が心配そうな表情をしている。そんな心配そうな顔すんなよ。

今回もきっちり活路は見出してやらあ!!

俺は剣と盾に風の精霊の魂を注ぎ込んだ。

俺は敵の中に突っ込んだ。右手に握る剣は風の精霊の力を得て、切れ味が増し、風圧を帯びた盾はスライムを吹き飛ばす。敵は合成スライムだ。触るもの全てを飲み込む恐ろしい魔物だ。俺は高速でスライムに触れさせる間もなく、スライムを斬り倒しながら、前に進む。

オレの後ろからは仲間たちがしっかりと付いてきて援護をしている。槍術士のミモザは高速の突きを行い、格闘士のエルゼンは電光石火の突きでスライムを粉微塵にしている。


「あと少しでここから出れるぞ」


俺は仲間に知らせる。確かに出口は見える。

その時だった。上空からスライムが数匹、俺達に向かって飛びかかってきた。突然の出来事に俺たちの反応は一人を除いて遅れてしまう。


風迅螺旋波メビウスジェイド


おびただしい真空波が螺旋状にうねりながら、上空のスライムを切り裂き、絶命させた。魔道士シーカの得意技の一つだ。

シーカに対して俺はこくりとうなずき、助かったと目配せで合図を送る。

さてもうひと踏ん張りだ。俺は疲れた自分の身体に気合を入れ直し、出口まで向かう。

ちょうど目の前まで出口が迫っていたときだった。


「いやーーーーー」


一番最後尾の魔道士のシーカから悲鳴が上がった。全体を魔法援護していたため、おそらくスライムの発見が遅れ、スライムに捕まってしまったようだ。近くにいた回復術士のセンナが対処するが、中々しぶとい。俺は先頭を槍術士のミモザに変わり、シーカの服に付いているスライムを切り刻んだ。


「ありがとう、ウィル」


シーカがほっと胸を撫で下ろしながら言った。

すぐに先頭まで行くぞ。俺はシーカを抱えながら進んだ。しかし、俺の脚部にスライムが付着して、身動きが取りにくくなった。移動しにくい上に、無駄に体力を使ってしまう。


「エルゼン、シーカを頼む」


俺は出口に到着したエルゼンにシーカを放り投げた。年端もいかない小柄な彼女だからこそ出来る芸当だ。

あとはっと。俺は身体全身にスライムがへばりついていくのが分かる。

いよいよか。

おれはついに最期の時がきたなと覚悟した。スライムが俺を飲み込もうとしていく。


「諦めたらダメよ……ウィル」


そんな俺の隣から声がした。

なんでここにいるんだ。俺の恋人でこの世で一番愛おしい人だ。

ダメだ。

俺は急いで彼女を出口に向かわせる。自分も向かうが、おそらく助からないだろう。


「うっ」


彼女が吐血した。よくよくみると彼女にもスライムがへばりついていた。鎧がない分、スライムに蝕まれる速度も早い。

そんな時に彼女の杖が光った。その光は俺を優しく包み込んでいく。気がついたら俺は出口にいた。

馬鹿な。なぜここに。

転移魔法か!?

転移魔法は大量の魔力を消費し、術者の目で見えている範囲内の場所に目標を転移させる高等魔法である。しかし自分自身は転移させることが出来ない。

なんで転移魔法なんか使用したんだ!!

俺の目にはスライム達に囲まれ、身動きがとれない恋人の姿が写っている。


「センナ!!」


早くこっち来いよ。そんなところでいちゃダメだ。

しかし俺の目にはセンナの足元にがっしりとしがみつき、へばりついている複数のスライムが見える。

俺の声に彼女は微笑んだ。

ごめんね。

口の動きで彼女はそう語っていた。

自分はもうダメだと悟り、残り少ない魔力で俺だけ転移させたのだ。

次の瞬間、スライムがセンナの身体を飲み込んでいった。最後は彼女の手だけが俺にはうっすらと鮮明に見えた。助けを求める、小さな小さな手だ。盾役でありながら俺は仲間を、この世で最愛の人を、守ることも出来ず、逆に守られた。この日を境に俺は誰かと組むことを止めた。また盾役も辞めた。大切な人すら守れなかった俺に人を守る資格はないし、それに守るということについて俺は怖くなった。


朝を知らせる鳥のさえずりを俺は聞いた。いつも夢の世界から現実の世界へと俺を誘う魔法の歌だ。少しずつ意識が覚醒していく。暗黒の世界が終わり、俺は完全に目覚めた。視界からは朝を告げる日光の輝きと近所のどこかの朝食の香りが俺の借家に迷い込んできた。


「またあの夢か……」


俺は以前に冒険していた頃の夢を見た。妙に生々しい感覚と昨日の出来事のように鮮明に蘇ってくる記憶は未だに慣れることはない。

この夢を見て目覚めた時は、嫌な汗を掻き、喉もからからになっている。

ふと俺は部屋の奥に置いてある剣と盾を見る。数多の敵を切り刻んだ剣、仲間と自分の身を守ってきた盾。それももう俺にとっては苦々しい過去の記憶の一部に過ぎない。あれ以来俺は剣と盾を持つことを止めた。正確にいうと人を守るための剣と盾をだ。理由は過去のこの悲しい記憶を思い出すからだ。だから今は自分の身だけを守れる最低限の剣と盾だけを使用している。


センナを失い、俺達は今後どうするか話し合った。俺が、もし残るならこのまま冒険を続行するという話も候補に出たが、俺にはセンナ以外の回復術士を迎える気はなかったし、他のみんなも俺のその考えに賛同してくれた。

俺とセンナが抜けたことで、俺たちはそれぞれの道をいくことになった。シーカは他の冒険者と組み、エルゼンは故郷に帰り、ミモザは結婚して冒険者を卒業した。

センナを失った俺は、生きた死体のように街から街へさまよった。そこで俺は始まりの町に着いた。ずぶ濡れの小鳥が雨宿りの宿り木を探しているかのように。

俺は始まりの街で酒に溺れ、悪酔いし、その勢いで客に絡み、逆にボコボコにされた。ゴミ溜めで伸びているところを早朝、ゴミを捨てに来たマサルド・メキラ氏に拾われた。マサルド・メキラ氏は冒険者に家を貸している。借家で自給自足の生活をしている冒険者達にメキラ氏はマーサさんと呼ばれ、親しまれている。冒険者達の心強い味方である。

今では毎日自給自足の生活をしている俺も、マーサさんに拾われた頃は、俺は一日中ただ何もするわけでもなく、ぼっーと過ごしていた。そして毎日のようにマーサさんの作る飯を感謝するわけでもなく、一日三食食べていた。

あくる日、俺はいつもの通り、マーサさんの飯を待っていると突然音がした。行ってみるとマーサさんがその場に倒れていた。俺はすぐに抱え、近所の病院に連れて行った。特に問題はなかったが過労と言われた時点で、俺は胸が痛かった。ただでさえ仕事の多いマーサさんに無駄な事をさせていた俺。マーサさんが目を覚ましたときに、すぐに謝った。マーサさんは笑顔で俺を許してくれた。俺はその時の笑顔を未だに忘れていない。その日から、俺の生活は少しずつ変化していき、現在の生活に至っている。

俺が借家から外に出ると噂をしていたわけではないがマーサさんがいた。なにやら洗濯物を干しているようだ。


「おはよう、マーサさん。洗濯物かい?」


俺はマーサさんの干している近くまで来て挨拶をした。


「おはよう。おや、何だい、ウィル。びしょびしょじゃないか」


マーサさんが俺に挨拶を返してから俺の着ている上着を指差していった。いつも元気いっぱいで常に他人の心配ばかりしている。体型はすらりとしていて、見た目だけだとか弱い女性に見えるが性格は豪快だ。見た目は二0代にも見えるが、実際は36歳だ。

そんなマーサさん狙いで借家を借りにくる奴もいるが、そんな輩はいつもマーサさんの前で敢え無く毎回撃沈している。

借家の賃料もマーサさん価格の良心設定で俺たちのようなあまり持ち合わせがない冒険者には本当に助かる料金になっている。


「ごめん、何だか嫌な夢を見てしまってさ」


俺はぼりぼりと自分の灰色の髪を掻いた。


「そうかい。そりゃ災難だったね。ついでにそれも洗うからここで脱いでいきなさい」


マーサさんが提案したので俺はそれに乗ることにした。その場で上着を脱ぎ、渡す。


「すまないね、マーサさん。今度何かうまいもん買ってくるからさ」

「あらあら、なら期待して待ってるよ」


マーサさんはにこりと笑い、俺の服を受け取り、戻っていった。

本当にここに住んでいる冒険者達のためによく働く人だなと俺は心の底から感心し、尊敬もしている。

よし、それじゃ今日もお仕事始めますか!

冒険者の一日は人それぞれだ。特に俺みたいな宙ぶらりんはその日のやるべきことを決めておかないとやらない。


「今日はそうだな。いつも通り鉱石採掘と野草採集でいいか」


俺は今日やるべきことの方針が決まった。それに向かうべき場所に必要な道具を用意する。

迷宮内なので鎧と武器も用意する。最低限の武装は必要だ。

採掘、採集したものについては自分の判断で自由に販売出来る。露店で売ってもいいし、専門のお店に買い取ってもらう方法もある。

準備完了。

鎧の着用が済み、いざ迷宮ステルビオへ。

街中から街の外に移動する。迷宮の入口は街の外にあるからだ。街から東に少し進んだところに大きな建造物が見える。そこが迷宮だ。

正確にはその大きな建造物は迷宮の入口を囲い、入口を見張るための要塞である。ここには兵士が常駐していて何かあった場合、即時に対応している。

迷宮は人間がこの世に生を受ける以前から存在しているもので誰が作ったかは神のみぞ知ると俺たち、人間には伝えられている。

迷宮に潜る理由としては下層付近の高価な素材や鉱石で一攫千金を狙いたい者、最下層にいる主と呼ばれる魔物を倒すと次に自分が挑戦することが出来る新たな迷宮の鍵を入手することが出来る。


「さて入るとするか」


俺は迷宮の入口を囲み、そびえ立つ堅牢で無骨な建造物まで進む。

あまりの大きさにいい目印としてだけでなく、内部からの魔物に対応するという決意の現れが伝わってくる。俺は要塞の入口にいる顔見知りの兵士に軽く挨拶をする。相手も俺と分かり、ニコリと歯を出した。彼からは色々と情報を聞く。噂から新たに入った情報まで。彼は人柄が非常にいい。ガチガチの鎧で体を包み、頭部は前方から荒廃している。


「何か面白い情報でもないか?」


俺が門番の彼に聞くと


「なくてなくて暇でしょうがねぇや」


彼はあくびをして、背伸びしながら答えた。


「それより毎度いうが迷宮に入るときは気を付けろ。お前さんなら大丈夫だとは思うがもしもということがある」


彼のいつもの気づかいだ。


「あぁ、分かってる。あんたもたまには入ってみないか? その強面でつるっぱげなら魔物も逃げてくぞ」


俺は彼に聞くが手を振り、断られる。


「俺には性にあわねぇさ。それにこんな俺でも好いてくれるかみさんがいるんでな」

「ちがいねぇ」


俺は彼に通され、中に入る。中には、待機兵の他に、これから迷宮内に入るであろう冒険者が多数。始まりの街の迷宮だけあり、冒険者の数は多く、皆がこれから始まるであろう大冒険に期待に胸を膨らませている。

懐かしいな。

俺はそう感じた。かつての自分もああだった。そして次第に慣れていく。頼もしい仲間。それがあったから俺は戦えた。仲間の存在はでかい。だが、俺は守れなかった。

いかん、いかん。

俺は首をぶるぶると振り、しけた面と感情を振り払う。

気合を入れ直し、俺は迷宮の入口にむかう。

迷宮の入口は、厳重な石の煉瓦を幾重にも重ねられた囲いに囲まれている。俺はその都度その囲いの扉を見張りの兵に開けてもらい、いよいよ迷宮の入口に着いた。入口というと扉や戸を連想するが、入口は地下に潜るような階段式になっている。

地下一層。暗がりの洞窟の層だ。ここ始まりの街のこの迷宮は全五層で、最下層の五層でここの迷宮の主が冒険者の挑戦を待ち受けている。俺がここを突破したときの主は巨大なイドゥングだったが、現在は大きなアヴァルセスのようだ。主は倒されると一定の期間を置いて交代する。どういう理由で主が決まるか、俺も分からない。

洞窟内部を俺は進む。

洞窟内部は薄暗く、足元は特に暗いため、火打石で松明の灯芯に火をつける。

この暗がりを、まばゆく照らす明かりは冒険者の命綱だ。

近くでここに生息する魔物であるガーロンを狩っている冒険者三人に会った。ピカピカに光る装備品にまだぎこちない動きから彼らが冒険者として間もないことが俺には分かった。

俺も冒険を始めだした頃の記憶が蘇り、懐かしい。俺自信も始まりの街から始まった。始めは二人だったが最後は五人になっていた。

仲間は大切にな。

つい、新人を見るとそう思ってしまう。

そんなことを考えていたら、俺はいつの間にか二層への階段にたどり着いていた。

迷宮を下る階段は非常に長い。一層一つを下るだけでもそこそこの時間がかかる。この階段を移動中でも魔物と遭遇する可能性はある。だから油断はできない。

下層に俺は向かうため、歩き出した。下層に行く方法は階段を降る以外方法はない。階段の表面はもう風化していて、かなり傷んでいて、たまに破損している箇所もある。またその階段の様を見ると、今までここを通った冒険者たちの垂れ流した汗の匂いや血なまぐさい匂いまで、まるで染み込んでいるようだ。

階段を降り、二層に到着した。

松明の炎がぽわんと真っ暗な闇の世界に光を生みだしている。

見上げるとうっすらと天井の岩肌が見えた。

肌寒さを感じながら、薄暗い洞窟を、足元に気をつけながら進む。

冒険者2人が並んで歩けるくらいの広さで、

ここで魔物と対峙したら自由に動いたり、攻撃するのが容易ではないので、ここで仮に出会ってしまったら非常に苦戦するだろう。

ここはささっと抜けて、早く広い道にでないとな。

前方に松明をかざしながら、もしもの緊急時に備えて、俺は腰の鉄の剣に手をやり、いつでも抜けるように準備する。

そろそろだな。

耳を澄ませた。

探し場所のちょろちょろという音が微かだが聞こえる。

鼻で匂いをかぐ。

水辺に咲く水泉花の甘い香りが鼻腔を付いた。

また空気も湿り気を帯びてきて、ここから近くに俺の探し場所があることを確実なものとする。見逃さないように周囲を見ながら、耳と鼻を頼りに進む。俺が小川を見つけたのはそれから間もなくだった。

ようやく着いた。狭い道から開けた大洞窟に俺はたどり着く。

その大洞窟の天井はあまりに高くて見えず、闇が支配していた。幅はかなり広がり、非常に移動が容易になった。

ぱちぱちといった弾ける音とともに小型の蟲の白光蟲が一気に光輝く。雌を呼ぶために雄が一気に光りだす。その光景は、いつ見ても綺麗だ。

俺は松明を固定できるところに置いた。灯芯から焦げ臭い匂いが香る。小川の流れる音が聞こえてくる。川幅は八ノートスくらいだ。ようやく目的地の場所に到着した。水の近くだけあって体感の温度は少し寒い。水に手を入れてみた。

おおぅ、つめてぇ!

松明の灯りで照らして見る。

透き通った、透明の色。

ここの水は美しい。

地下水脈があり、流れている小川は水質がとても綺麗だ。この階層の巨大洞窟を真っ二つに分断している。

その小川沿いにある巨大な石を見つけた。

ここら辺だな。

水と岩がちょうど触れ合うか否かの場所を採掘具で掘る。軽快な音と採掘具から伝わる振動が日課にすら感じてしまうほど、ここではよく採掘している。お目当ての水冷石を俺は削りとる。

水色をさらに薄くした色の鉱石で冷気を帯びている。

手がかじかむほどの冷気を俺は感じながら、採掘した水冷石を袋に詰めていく。

全て詰め込んでから俺は、近くの野草もつまんでいく。小川の近くには、水分を十二分に含んだ野草が生えている。水泉花だ。ぽこんと膨らんだ茎が柔らかい。冒険者が旅先に持ち歩き、噛むと甘い液汁か出てくる。簡単に喉を潤すにはちょうどいい。ついでに水泉花も摘んだ。

さてと欲しいものは手に入れたので、今日は帰るか。迷宮内は何が起きるか分からないから早い内に退散するのが一番だ。

!?

突然の馬鹿でかい衝撃音が洞窟内部に響いた。距離はあるが、確実にこの層での話だ。白光蟲の動きが慌ただしくなる。お尻の光を点灯させるものや飛び回るものが増える。

地面に揺れを感じた。次第に揺れは大きくなる。何かがこっちに近づいて来ている。

その姿をようやく拝むことが出来た。

剛百足バネガ。この始まりの街の迷宮内で、一番巨大な魔物だ。その大きさは見るものに威圧と恐怖を与える。

でかい……

全長五ノートスはある。

なんだってあんなのが……

洞窟内に砂埃の匂いが微かにしてきた。

少ししてから俺には剛百足がここにいる理由が分かった。目の前を何かが走っている。ここからでは見えないが、おそらく冒険者だろう。小川の向こう側から、こちらに向かって来ている。

剛百足に追われるとは可哀想に。

剛百足の習性として一度狙った獲物は動かなくなるまで追い続ける習性があるからだ。岩影に隠れながら俺は様子を伺う。遠巻きに冒険者の人相を確認する。赤髪の女と青髪の女だ。赤髪のは槍術士で青髪のは魔道士だろうか。

赤髪の女が立ち止まり、剛百足に対して反撃する。地面にある岩をなぎ倒しながら進む、剛百足の突進を避け、すれ違い様になぎ払いの攻撃を繰り出した。しかし外殻に守られた剛百足には傷はない。剛百足は赤髪の女を無視し、青髪の女に滑るように牙を立てて、攻撃してきた。青髪の女は氷の足場を作った。寸前のところでその足場を蹴り、その場から逃げる。

氷魔法。水魔法の上位互換の魔法である。

赤髪の女は走る。剛百足バネガに向かって。注意を引き付けるように。槍術士には無理だ。盾役の騎士か戦士じゃないと。こんなの盾役がいないと満足に攻撃すらできない。

俺か……

俺はその光景を見て、手ががたがたと震えている。

くそっ。

自分に対して腹立だしさを感じる。震えをとめようとするが止まらない。

こんなんじゃ。


「姉さん!!」


青髪の女の声が聞こえた。気が付かなかったがかなり近くまで接近していたらしい。俺の目には剛百足の攻撃をぎりぎりのところで回避する赤髪の女がいた。今にも足がもつれそうで俺には見ていられなかった。

盾役が出来なくても時間くらいは稼げる。震える手を無視し、俺は駆け出した。赤髪の女のもとへ。


「姉さん、足場を作るから渡りましょう」


青髪の少女が、氷魔法で小川の上に氷の橋を作った

赤髪の女はその氷の橋を一瞥し、渡る機会を狙う。青髪の女はすでに渡り終えた。そして何やらまた呪文を唱えている。剛百足が赤髪の女に対して尻尾の回転攻撃を繰り出してきた。赤髪の女はこの大振りの回転攻撃を避け、小川に掛けてある氷の橋を渡ろうとするが、後方から剛百足の牙による攻撃が赤髪の少女に迫っている。


「姉さん、危ない!」


青髪の女が叫んだ。

剛百足は、赤髪の女、目掛けてするどい攻撃を繰り出す。何とか避けるが赤髪の女は体勢を崩す。そしてそこの体勢を崩したところに向かって一気に剛百足は飛び込んだ。まだ氷の橋まで距離が少しある。


「姉さん!?」


青髪の女の声が聞こえる。とっさに、剛百足バネガと赤髪の女の間に入った俺は、ガタガタと震える手で剛百足の攻撃を受け止めた。両手で盾を前に押し出すようにして、赤髪の女を守るように。


「あなたは?」


赤髪の女は俺に声を掛けた。女というより少女と呼んだほうがいい見た目をしている。砂の匂いばかりが俺を刺激する。身体には全身の力を込め、剛百足の攻撃を受け止めている。


「今のうちに逃げろ!」


俺は赤髪の少女に叫んだ。俺の声に反応し、赤髪の少女は走りだす。橋を通り、小川を渡りきった。

俺も限界だ。手の震えが止まらない。

剛百足の攻撃に押されて俺は小川に落ちた。

激しく水しぶきが起きる中、俺の目の前に、剛百足が小川に入ってきた。

俺はその巨体の水に入る水圧で押し出され、元いた岸まで戻されてしまう。


「川から出て下さい! 急いで!!」


青髪の少女が、今にも何かの呪文を発動しようとしている。

ふと青髪の女の先ほどの詠唱を、はっと思い出した。


「氷結槍!!《トール・セル・ガデューカス》」


すぐに小川から出た直後に、小川の水面が一瞬にして凍った。

あぶねぇ……

俺は内心でそう思い、剛百足の方を見た。身体の半身のうち小川に触れ合っていたところが凍っている。

剛百足が無理に氷から逃げようとするが、動く気配もない。

よし、これで倒せる。

俺が感心して青髪の少女を見るが様子がおかしい。地面に片膝を付いて倒れている。

何が起きたんだ。

そして、そんな隙をついて剛百足バネガが氷から解放されようと無理やり動こうとしている。

こいつ!!

俺はそう思い、とどめを刺そうときっと見て向かおうとしたときだった。剛百足の予想もしない攻撃が俺に直撃した。しなるような触角の攻撃を喰らい、小川の岸から赤髪の少女付近までふっ飛ばされた。俺は心配をさせまいとすぐに立ち上がり、口の中に溜まった血を地面に吐いた。

たいしたことはない。口の中を切っただけだ。


「あ……ああ」


ん?


「あ…あああああ」


赤髪の少女の様子がおかしい。俺のことを見てから。


「おい、しっかりしろ!!」


俺が赤髪の少女の肩を揺らし、正気に戻るように身体を激しく揺らした。


「あぁ……私」


ようやく正気に赤髪の少女は戻った。

よかった。

俺は安堵する。どうやら問題なさそうだ。


「さて、魔法の拘束が消えるまでに剛百足を倒すぞ」


そう言い、赤髪の少女の表情を見た。赤髪の少女はこくりと頷き、自分の愛槍を構えるのであった。

俺達は決着をつけるべく、動き出した。小川の表面は氷着けにされているので移動できる。

しかし、ここで小川に異変が起きた。剛百足が上半身の反動をうまく使い、氷の拘束から逃れようとしている。


「まずい!?」


そう思ったときには、赤髪の少女は槍を構えて、剛百足に攻撃を繰り出していた。外殻のない腹部に槍の切っ先が突き進んでいく。俺は風の精霊にお願いして赤髪の少女の攻撃速度を高め、切っ先に風の刃を付与させた。

決めろ! 若い新たな冒険者よ!!

俺の声が届いたのか、槍の一撃は腹部を切り裂き、剛百足の息の根を止めたのである。




剛百足バネガの解体を俺は終わらせた。巨体だが使える箇所は少ない。あまり美味しくないのだ。


「ようやく起きたな」


俺は青髪の女ことマハルが起きたのを確認する。名前は気を失っている間に姉のニコルと自己紹介しているときに教えてもらった。


「はい、あれ? ありがとうございました。おそらく気を失ってましたよね?」

「あぁ、少しの間な」


おれはそう言うと姉のニコルの姿を探す。

俺が手をあげるとニコルがやってくる。

マハルも起きたし。分配の素材の受け取りについてどうするか決めないといけない。


「俺は欲しいところはないから。君達が好きなところを選んでくれ」


俺は自信に満ちた表情で言う。


「ありがとう、ウィル」

「いいんですか、ありがとうございます」


あぁ、なんでもいいぜ!!

てか呼び捨てかよ。

2人は、剛百足バネガの二本ある牙のうちの一本と、手を焼いた外殻をそれぞれ一個ずつ貰うことにした。


「1本だけでいいのか?」


俺はもう1本ある残りの牙を渡そうとする。


「はい、これだけの大きさであれば、2人で1本の牙で十分です」


マハルが剛百足の大きな牙を持ちながら言った。


「そうか、それならば俺も牙を頂いておくか」


俺は残りの牙と外殻の一つを入手した。

その後の帰り道で、俺はこの二人に盾役の重要性を説いた。そして必ず迷宮に行くときは、盾役をいれて行動するようにと。じゃないと実力があっても勝てないと口酸っぱく言った。


「ウィルじゃ駄目なの?? その盾役は?」


ニコルが不思議そうに聞いてきた。

もう呼び捨てはどうにでもなれ。


「ごめん。おれはどうしても駄目なんだ」


俺は冷静に答える。トラウマのせいで不安定な盾役には守れる者などいないし、その資格もない。マハルも俺のその言葉を聞き、残念そうだ。

街に戻り、俺はいそいそと帰路に着いた。

俺の後方からは絶えず、彼女たちの別れの声が俺に対して掛けられていた。

これが俺とニコル、マハルとの初めての出会いであった。







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