第4話 蛙黙示録カズマ 後編

「おいおい、何か、明らかにやばそうな奴が出てきたんですけど・・・・・・!」


 突如としてカズマたちの前に現れた新たなカエルは、明らかに他のジャイアントトードとは一線を画する存在だった。

 まず、デカい。

 ジャイアントトードは名前の通り、農家の山羊を丸呑みしてしまえるほどの体躯を誇るモンスターなのだが、目の前のカエルは通常のそれと比較して、更に一回りほど大きい。カズマが前に居た世界の、軍隊の戦車クラスの大きさである。

 次に、二足歩行。

 当たり前の話だが、通常のジャイアントトードは四足歩行である。そもそも、前足と後ろ足を器用に使ってピョンピョン跳ねるのがカエルという種の特徴・・・・・・なのだが、目の前の超巨大ガエルは明らかに後ろ足だけでその馬鹿でかい図体を支えていた。

 そして、何より・・・・・・

「ちょ、ちょちょちょちょ! 何かあいつ、カエルのくせにめっちゃ魔法唱えてきてるんですけどぉ!」

 超巨大ガエルの手から放出されたのは、まごう事なき初級魔法『クリエイト・ウォーター』だった。丸い塊となった水が、弾丸のような軌道を描きながら襲いかかって来る。

「ごあっ!」

 直撃を受けたテイラーが、その衝撃ではるか後方へと吹っ飛ばされてしまう。

 ・・・・・・同じ『クリエイト・ウォーター』でも、カズマのものとは桁違いの威力だ。見れば、あの重い装甲鎧が水弾の衝撃でベコンと凹んでしまっている。

 あんなのを軽装の自分たちが食らってしまったら、ひとたまりもない!!

 ぞっとしたのもつかの間、超巨大ガエルの手に出現した第二波が、今度はカズマに向けて放たれる。

 あ、死んだかも。

 迫り来る水の銃弾を前に、カズマは心中で神や御仏といった類いのものに祈った。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!! どりゃあゴッドブロー!!」


 その祈りに応えるかのように現れたのは、お望み通り水の女神アクア様だった。

 地平線の彼方から全速力で駆けつけてきた救世主が、確かに冒険者の少年を捉えたと思われた水弾に向かって神の一撃ただのパンチをお見舞いする。すると、まるでトマトが潰れたときみたいに水弾がはじけ飛んでしまった。

「大丈夫、カズマ!? 怪我はない?」

「あ、ああ・・・・・・おかげさまで」

 目の前の出来事にカズマは唖然としてしまっていたが、知力の低い彼女はその視線に含まれる畏敬の念に気がついた様子はなかった。カズマが傷一つ負っていないことを確認すると、アクアは改めて出現した強敵を見つめる

「あれって・・・・・・ま、まさかグレートフロッグ!? ジャイアントトードの上位種じゃない!!」

 まるで信じられないものでも見たかのように、アクアはそう言った。

「何だ、そのグレートフロッグって奴は? 上位種ってことは、やっぱり強いのか?」

「本来なら魔王城の周辺にしか生息してない、カエル系の中でも指折りの強さを持つモンスターよ! こんな最果ての平原序盤のフィールドだと間違ってもお目にかからないはずなんだけど・・・・・・」

 最後の方の言葉は勢いが弱かった。

 その理由はカズマにも何となく分かった。最近、この地域には魔王軍の幹部が越してきたり、機動要塞デストロイヤーが強襲してきたり、何かとモンスターの強さがおかしくなっているからだ。

 何か、この地域の生態系が乱れるような出来事でもあったのだろうか?

「・・・・・・ちょっと! ちょっとちょっとちょっと! 話を聞いてると、あたしたちの手に負える相手じゃないんじゃないの!?」

 恐怖で声を震わせていたのは、アクアの話を聞いていたリーンである。テイラーを吹っ飛ばされたあたりからだろうか、強襲してきた超巨大ガエルの前に、すっかり涙目になってしまっている。

「さすがに・・・・・・撤退した方が良いんじゃねえの?」

 ダストと顔を合わせながら、後衛のキースもそんなことを言っている。遠くの方では、水弾で吹っ飛ばされたテイラーも同じような表情をしていた。


「いや、まだだ・・・・・・俺たちには、必殺の切り札がある!」


 だが、カズマは戦意はまったくも失われていなかった。

 勢いよく後ろを振り向くと、リーンやキースよりも更に後ろ・・・・・・ずっと温存しておいた最終兵器彼女アークウィザードに向かって力強く叫ぶ。

「今こそ出番だ、めぐみん! お得意の爆裂魔法で、このデカブツを木っ端微塵にしてやれ!!」

「その言葉を待ってましたよ、カズマ!!」

 物語の終盤で主人公が口にしそうな台詞を嬉々として叫びながら、めぐみんは自慢の杖を格好良く掲げて詠唱を始める。

 そう、我々のパーティには、この頭のおかしい爆裂娘が居るのだ!

 魔王城の近辺に生息する強敵だか何だか知らないが、悪名高き機動要塞の脚部や魔王軍の幹部の一人さえも葬っためぐみんの爆裂魔法に耐えられるとは思えない。残念だったな、グレートフロッグ! 最果ての街だから弱い冒険者しか居ないだろうと高をくくったのかも知れないが、ノコノコと現れたのが運の尽き・・・・・・


 グレートフロッグの長い舌が、カズマの胴体に巻き付いた。


「えっ? って、ぎゃああああああああああああああああああああ!!」

「エクスプ・・・・・・ああっ! カズマ!!」

 めぐみんが詠唱を終えるよりも、爬虫類の赤い舌がカズマを捕らえる方が早かったようだ。まるで一本釣りされた魚のように、カズマの身体が勢いよくグレートフロッグの方に引き寄せられる。

 よほど自分の舌を器用に操れるのだろう。超巨大ガエルは縄で縛り上げるようにしてカズマのことを宙に吊していた。

「くっ・・・・・・あれでは爆裂魔法が撃ち込めません!」

 モンスターの意図を察しためぐみんは、思わず舌打ちをしてしまった。

 爆裂魔法は絶大な威力と広範囲の射程を誇る、比類なき最強の攻撃魔法である・・・・・・が、その反面、味方を巻き込んでしまいかねないデメリットがどうしても拭えないのである。今、グレートフロッグに撃ち込んでしまえば、カズマの身体まで一緒に粉微塵にしてしまうだろう。

 もちろん、そのことが分かっているから、あの爬虫類野郎はカズマを宙に吊しているのだ。つまり「人質の命が惜しくないのなら、どうぞご自由に♪」と言いたいわけである。

 なんて性格の悪いカエルだろうか!

「・・・・・・いっそのこと、あのまま飲み込んでくれませんかね? そうすれば、胃袋がクッションになって助かるかも知れないのに」

「それは無理よ、めぐみん・・・・・・どんなに強くても所詮しょせんはカエル、金属類は飲み込みたくないはずだわ」

「物騒な相談をしてないで、早く助けてくれー!」

 会話の流れに危機感を覚えたカズマは、必死に叫んだ。たとえ冗談だとしても、カエルの胃袋に収まった後に爆裂魔法の巻き添えを食うなど、想像するだけで寿命が縮んでしまう。いや、あるいは、日頃の扱いの悪さに耐えかねたあいつらなら本気でやるかも・・・・・・


 剛腕から一太刀が繰り出された。


 恐るべき速度でカズマの目の前を通過した大剣が、勢いのままに地面に突き刺さる。幸いにものでカズマには怪我一つなかったが、その並々ならぬ気迫に本能的な危機感を覚えたのか、グレートフロッグは咄嗟にカズマを縛り上げていた舌を口の中に引っ込めてしまった。

「カズマ! 今のうちに逃げろ!!」

 突如として宙吊り状態から解放された冒険者の少年に向けて叫んだのは、いつの間にかジャイアントトードの口内から帰還していたダクネスだった。

 カエルの粘液で濡れまくった私服姿はいささか風格というものに欠けるが、その碧眼に宿る意志の強さは、英雄と呼ぶに相応しい何かを感じさせる。

「に、逃げろったって・・・・・・いててっ!!」

 しかし、地面に尻から着地したせいで、当のカズマはまだ激痛にのたうち回っていた。色々と器用な彼だが、防御力のステータスは並みの冒険者と変わらないのだ。

 そして、狡猾こうかつな爬虫類がその隙を逃すわけはなかった。再び長い舌を鞭のようにしならせ、カズマのことを捕らえ直そうとする。

デコイッ!」

 ダクネスの手が、カズマに向かって光り輝いた。

 すると、冒険者の少年の目と鼻の先まで迫っていた赤い矛先が、どういうわけか軌道を変えた。

 カーブを描くように曲がると、代わりに長い舌はダクネスの方に巻き付く。

「うぐぅ! こいつは・・・・・・なかなか・・・・・・あぐっ!」

「・・・・・・って、お前が代わりに捕まったって意味ないだろーが!」

「いや、あるっ!」

 苦悶と、どこか快感に満ちた顔でダクネスは言った。

 ここでドM発言をかましたら、後で平原の地面に埋めてやる。

 だが、そんなカズマの心の中での決意とは裏腹に、女騎士の主張は存外、真面目なものだった。

「カズマと違って防御力が高い私なら、めぐみんの爆裂魔法に巻き込まれても何とかなる! 仮面の悪魔バニルと闘ったときに耐え抜いた私の頑丈さを信じろ!」

「「「いや、いやいやいやいや!」」」

 が、その主張は受け入れられなかった。

 めぐみんだけでなく、カズマとアクアさえもが声を揃えてダクネスの発言を「ないわー」という風に否定する。

「あのときと比べて、私のレベルだいぶ上がっちゃってますから! スキルポイントで爆裂魔法の威力も底上げしちゃいましたし、いくらダクネスでも爆心地で巻き込まれたら即死ですよ!?」

「それに、あのときはお前、装甲鎧を着てたじゃねーか! 今の私服姿で耐えられるわけねーだろ!」

「ええと、私は便乗してみただけなんだけど・・・・・・い、いくらスペシャル神々しい私でも、粉々になった人間を蘇生するなんて無理だからね! ていうか、やったことないから!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああー、それもそっかぁ」


 と、先ほどまで自信満々だった女騎士は、ようやく自分の策が穴だらけだったことに気づいたらしい。

 このアクア並みの知力めぇ〜!

 そうカズマが内心で毒舌を吐いたのもつかの間、事の成り行きを見守っていたグレートフロッグが、自分の優位が崩れていないことを悟ったようだ。再び、魔法による攻撃を再開する。

「どわわわわわわわー!」

 爬虫類の手から乱射される水の凶弾を、カズマは死にものぐるいで避けまくった。避けまくりながら、ぐるぐると思考を巡らせる。

 何か・・・・・・何か手はないのか!?

 頭の中にある知識を総動員して、現状を打開する方法を考える。前の世界でのRPGの経験、手持ちの装備やスキル、それらの活用の仕方・・・・・・ああもう、思いつかねー!

 カズマの焦りは最高潮にまで達していたが、実はグレートフロッグの方にも余裕はなかった。弱小と侮った相手が存外、攻撃をかわすものだから、魔法を唱えるための魔力MPが底を尽きてしまったのである。

 そこで、狡猾な爬虫類は攻撃手段を切り替えた。魔法ではなく物理・・・・・・それも、での攻撃に。

「・・・・・・あぐぁ!!」

「げえ!? あいつ・・・・・・ダクネスを武器に!?」

 カズマは己の目を疑った。

 あろうことか、グレートフロッグは自分の舌先で捕らえたダクネスを、まるでモーニングスターの鉄球のように振り回して攻撃し始めたのだ。

 爬虫類による非人道的な攻撃を避けながら、カズマは舌打ちをする。性格が悪いにもほどがあるだろ。いくら相手がダクネスドMだとは言え、こんな・・・・・・


 ・・・・・・


「ああー! 思いついたぁ!!」

「何を思いついたんですか、カズマ!?」

「めぐみん、いつでも爆裂魔法を撃てるように構えておいてくれ! ダクネスは俺が何とかする・・・・・・だから、合図をしたら遠慮なくぶちかませ!!」

「何とかって、一体どうするんですか!?」

 めぐみんの最後の質問に、カズマは答えなかった。

 ダクネスを使った攻撃を上手に避けながら、カズマは自分の心を落ち着かせる。大丈夫、多分できる・・・・・・やったことないけど、俺の幸運の高さならできるはずだ!!

 自分のステータスの中で唯一、抜きん出ているそれに内心で祈りながら、カズマは叫ぶ。



「スティールッ!」



 グレートフロッグに向かってかざしたカズマの手が光り輝いた。

 すると、次の瞬間、カズマの腕の中にはやたら重量感のある獲得物・・・・・・先ほどまで爬虫類の舌先で振り回されていた、等身大の一人の人間が収まっていた。

「なっ? か、カズマ!?」

 ダクネスは何が起こったのか、よく分かっていない様子だった。しかし、今のカズマにそれを気にしている余裕はなかった。自分より身長の高い女騎士を抱えながら、急いでグレートフロッグから距離を取る。

「今だ、めぐみん! やれええええええええええ!!」

 全身の力を振り絞ったようなカズマの叫び声に呼応して、めぐみんが紅い瞳を輝かせる。

「絶好のシチュエーションを用意してくれたことに感謝しますよ、カズマ!」

 めぐみんが嗜虐的な笑みと共に杖を掲げるが、それはただの格好つけで、本当はとうに詠唱など終わっている。


「『エクスプロージョン!』」


 弄んでいた所持品を失ったことを戸惑う暇もなかっただろう。

 突如として平原に発生した、あらゆる物を爆ぜ飛ばす破滅の力をど真ん中で受け止めたグレートフロッグは、文字通り、木っ端微塵となったのだった。

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