第2話 蛙黙示録カズマ 前編

 そんなわけで、大量発生したジャイアントトードを倒すため、平原までやってきたカズマたちだったが、

「うっへぇ・・・・・・何これ・・・・・・」

 冒険者の少年の目の前には、それはもう大量のカエルたちが跋扈ばっこしていた。

 牛を超える巨躯のを誇るあのジャイアントトードが、広大な平原を埋め尽くさんばかりにピョンピョン跳ね回っている。遠目から見たら「今日の平原は妙にテカテカしてるなぁ・・・・・・」と誤解しかねないほどだ。

 事前にクエスト内容を確認していたとは言え、やはり実際に目撃すると、五十匹のカエルは相当、威圧感がある。

「まあ・・・・・・骨が折れるけど、やるしかないか」

 だが、辟易へきえきこそしたものの、冒険者の少年は立ち向かう気持ちまで折られたわけではなかった。

 なぜならば、今の彼の後ろには、自分をサポートしてくれる心強い仲間たちが居るからである!

「みんな、闘いの準備はいいか!」

「「「「おうっ!」」」」

 カズマの鼓舞に呼応して声をあげたのは、お馴染みのパーティの美少女たち・・・・・・ではなかった。剣と盾を携えた騎士や、弓を背負っているアーチャーなど、いかにも冒険者のパーティといった四人組である。

「前回の借りを返さないといけないからな。今回は遠慮なく俺たちを頼れよ、カズマ!」

 統率者としての器量を感じさせる声の主は、重い装甲鎧に身を包んだ聖騎士クルセイダー、テイラーである。彼はこの四人組のリーダーに当たる男だ。


 どうして彼らがこの場に居るのか。その話はダクネスの必死の懇願の、その少し後まで遡る。

 クエストを受けることにはしたものの、如何いかんせん、あまりにカエルの数が膨大過ぎる。

 現実的な問題として、この問題児ばかりのパーティでは手に負えない・・・・・・そんな風にカズマが頭を抱えているところに、彼らの方から提案を持ちかけてきたのだ。

「そのクエスト、俺たちと協力してやらないか? 条件は報酬を折半してくれるだけでいい」

 テイラーたちのパーティとは以前から面識があった。わけあってパーティのメンバーを一人交換して過ごすことになったとき、カズマが入れ替わりで加入してゴブリン討伐に協力したのである。

「是非ともお願いします!」

 そのときの経験があったので、カズマは二つ返事で承諾したのだった。


「いや、ほんと・・・・・・みんなが居てくれて良かった。本当に、ありがとう・・・・・・」

 武器を構えているテイラーたちの姿を見て、改めてカズマは自分の胸が熱くなるのを感じた。

 あのタイミングで協力を申し入れられたのは、僥倖ぎょうこうとしか言いようがない。

 あのまま、いつもの四人で五十匹のカエルの群れに挑んでしまっていたら、前回の二の舞どころか、今度こそ全員が爬虫類の胃袋に収まって全滅してしまっていたかも知れない。捨てる神アクア様あれば拾う神別の仲間ありとはこのことである。

「大袈裟だねぇ、カズマは。カズマに加えて上級職の三人が居るんだから、ジャイアントトードくらい心配ないでしょ? むしろ、あたしたちの方が足を引っ張っちゃわないように気をつけなきゃ」

「いや・・・・・・そうじゃねえんだ、リーン。カズマが言ってるのは、そういうことじゃねえんだ・・・・・・」

 青いマントを羽織った魔道士ウィザードに何か言いたそうな顔をしていたのは、チンピラ戦士のダストである。

 彼は件のメンバー交換の際に、カズマと入れ替わりでアクアやめぐみん、ダクネスたちと行動を共にすることになった男だ・・・・・・そこまで言えば、後は「お察し下さい」という話だろう。

 カズマは頼りがいのある仲間たちに向き直って言った。

「みんな、今回のカエル討伐の指揮は俺がする! 最弱職の俺に命令されるのは不服かも知れないけど、今日だけは俺に従ってくれ! いいか!!」

「「「「異議なしっ!」」」」

 力強いパーティのかけ声が、平原に響き渡った。


「・・・・・・何か、カズマが他のパーティの人たちと仲良くなっちゃってるんですけど」

 気心の知れた様子で意思疎通を取っているカズマとテイラーたちの様子を、アクアは若干離れたところから傍観していた。体育座りをしながら、面白くなさそうに頬を膨らませている。

「しかも、そのうちの一人は前に私たちと一緒に行動したときにまるで役に立たなかった戦士の男・・・・・・解せません、まったく解せません」

 その隣では、めぐみんが陰鬱な表情でぶつぶつと何かつぶやいている。その様子は傍から見ればアークウィザードというよりも黒魔道士の類いの何かだろう。お洒落の眼帯も相まって、何とも禍々しい雰囲気が醸し出されている。

「まあまあ、お嬢さん方。そうふて腐れなさるな」

 そんな不機嫌そうな二人の前に、軽薄そうな男がやって来た。四人組の最後の一人、弓使いアーチャーのキースである。

「カズマの実力なら、どこのパーティに居たって頼られるから仕方ないさ。それに・・・・・・男には、男同士の絆ってやつがあるから、な?」

 そのキースの発言に、カズマとダストの二人が黙って親指を立てる。

「?」

  さっぱり意味が分からないらしく、この場の女性全員と、あと生真面目そうなテイラーも肩をすくめてしまった。どうやら、良い夢を見させてくれるサキュバスのお店の存在は知らないようである。

 と、そんな風に出撃前の準備が一段落した、そのとき、

「・・・・・・あれ、そういえばダクネスは?」

 周りを見渡しながら、アクアがぽつりとつぶやいた。

「ここに着いてから姿を見てない気がするんだけど・・・・・・カズマ、ちゃんと平原に現地集合だって伝えたの?」

「あー、伝えたよ。うん、伝えた」

 明後日の方向を向いたまま、カズマは答えた。その表情は、どこか「余計なことに気づきやがって」と言わんばかりの険しさである。

 すると、

「遅れてすまないっ!」

 最前まで姿を見せていなかったカズマたちのパーティの最後の一人・・・・・・金髪碧眼の女騎士、ダクネスが物凄い勢いで彼らの元に迫ってきた。

「・・・・・・おー。遅かったな、ダクネス」

「思ったより準備に手間取ってしまってな・・・・・・というか、集合場所は冒険者ギルドの入り口の前じゃなかったのか? ずっと待っていたんだが」

「予定が急に変更になったんだ。だから、ちょっと早めに平原の方に来た」

「そうだったのか・・・・・・いや、うっかり放置プレイをされているのかと勘違いしそうになってしまったぞ」

 あまりに適当な言い訳の仕方だったが、ダクネスはそれで納得したようである。

 ぶっちゃけ、置いていきたかったなー。

 などという本音は口が裂けても言えないカズマだった。まあ、合流してしまったものは仕方がない。上手く活躍してもらう方法を考えよう・・・・・・

「って、どうしてお前は私服なんだよ? 普段の鎧はどうした?」

「外してきた」

 堂々と胸を張ってダクネスは返答した。

「お前の知力はアクア並みなのか? カエルと闘うのに、金属製の装備を外してきてどうする?」

「いや、違うんだカズマ。私の考えを聞いてほしい」

 聞きたくねー。

 心の中でため息交じりにそうつぶやきながらも、カズマは女騎士の持論に耳を傾けた。

「私はクルセイダーとして、仲間を守る盾としての役割がある。しかし・・・・・・もしも私が金属製の鎧を身につけていたら、ジャイアントトードは私を避けて、パーティの別の誰かの方に行ってしまうだろう? 今回、私はデコイのスキルをフル活用するつもりなんだ・・・・・・だから、今の私に鎧は必要ない!」

 いかにも仲間を守る騎士らしい、勇猛心に溢れる宣言だった。

 同じ職であるテイラーなどは、彼女の毅然とした態度に感心すら抱いているようである。

 ・・・・・・が、カズマには欺瞞にしか思えなかった。

 裏の意味を取れば、ダクネスの言葉は「金属の鎧を装備しているとカエルがパックリやってくれない」というだけの話である。それを裏付けるように、目の前の女騎士の息づかいはどことなくハアハアと荒い。

 ・・・・・・果たして、こんな不安要素をパーティに入れてカエルの大群の討伐ができるのだろうか?

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