第14話

金曜日の夜といえば、一般企業に勤める俺たちにとっては一等楽しいことは間違いない。明日は休みだからとハメを外してしまう人も多いはずだ。

だが俺は今日はその通りにはいかないらしい。



「遠慮します」

「なんで」

「なんでも、です!」


不満そうな顔もどこか様になっているのは顔面偏差値が高い故なのだろうか。

足を早めて退社してゆく人も多いなか、俺は会社から出たところの脇道で高級外車を乗り回すイケメンにキャッチされていた。まあ、そのイケメンは言うまでもなく田宮社長だ。やたらと視線を感じるのは決して俺のせいではなく、彼のせいだ。彼はスーツに身を纏っているがその気品となにより容姿が目を引く。平凡な俺と比べられると余計に際立つからやめてほしい。


「前にランチは快諾してくれたのに」

「いや、あれも無理やりですからね?というか…お酒はしばらく、いいんです…」

「あ〜、なるほど、あの夜のことで?」

「う…忘れてください…きっとあの夜も俺、飲んでたんでしょ?大学の時の友人にもお前はダメな飲み方するから記憶飛ばすまでは飲むなって言われて…」

「ふーん…やっぱ覚えてないか…」

「?」


正直に理由を話して断ろう、そう思って一息に言い終えると彼は少し寂しそうにつぶやいた。なんなんだろう、その表情の意図は。なぜだかちくりと心が痛んだ。


「ん〜でもあの夜のかわいい津島さんは忘れられないな〜俺の下でかわいく喘いで「わーー?!あんたアホか?!ここ!外!!」


心が痛んだ…のもつかの間。にやりと笑うとおぞましいことをさらりと言ってのけた。ここは往来で、人通りもある。頼むからお前は目立つということを自覚してくれ!

俺は急いでその口を手で塞ぐと、その腕をがっちりと大きな手で掴まれてしまった。しまった、油断した。こいつのペースになっている。


俺が距離をとろうと抵抗するも、彼はびくともしない。むしろ俺をぐっと引き寄せて耳元で低く囁くように唇を寄せる。

そのあまりの自然さに俺は心臓がびくつくのがわかった。誤解のないようにしたいので説明するが、こいつの予測できない行動に驚いただけで、断じて他の意味はない。…てかなんで弁解する必要があるんだ。

そんなことをぐるぐると混乱した頭でフル回転して考えていると、彼はこう言ってのけた。



「あの夜のこと、俺とあんたの秘め事にしときたい。だからさ、今夜、一緒に飲んでくれるよね?」

「え」


にっこりと、恐ろしく妖艶な微笑みを称えた悪魔は俺にそう告げたのだ。暗に来なけりゃばらしてもいいのか?ということか?

なんて奴だ。ギロリと彼を睨み付けると奴は素知らぬ顔で俺を見つめる。そうか…そういうことか。やっぱりあの夜のこと、恨んでて嫌がらせするためにあえて俺を担当にしたんだな。やり手の社長はどんなことでも仕事に繋げるのか。立派なサラリーマン精神だといやみたっぷりに褒めたいくらいだ。



「いいですよ。行きます」

「ありがとう」



この胡散臭い若社長の弱みでも逆に握ってやる。嬉しそうに頬を綻ばせる彼のエスコートに従って車に乗り込んだのだ。同じ轍は踏まん!と意気込みを胸に抱きつつ、シートベルトも気持ちも締めるのだった。

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