第5話

いつもよりも心臓はバクバクとせわしく動いてある。

高校の時の生物の先生のこぼれ話で、心臓は一生のうちに脈打つ回数が決まっているらしい。だとすれば、俺はこの今日の瞬間、寿命を高速で縮めてるんじゃあないか?


…とまあ、そんなことは今は考えている暇はないのだ。


取引先からの連絡を受けたのが二日前。

つまりは、今日が約束の日である。


新人の中でも一番期待されていないであろう、俺が大事な取引先を任されることになったのだ。

相手方はどういう考えで俺を選んでくださったのか、本当に疑問しか浮かばないが、俺にとっては大チャンスだった。

と同時に、下手すればクビ、ということも十二分に考えられる…ということを二日前の夜から悶々と考えてしまって、俺は今も寝不足である。


ほんと、不安しかないけれど…


「いってらっしゃい!!」


そうやって、営業部の社員総出で見送ってくださったのだ。これはがんばるしかあるまい。

たとえどんな結果になったとしても、俺はくじけたりなんか…………あ、やべ、緊張で吐きそうになってきた…


相手方が迎えをよこす、なんて恐れ多すぎる提案を押し切り、俺は待ち合わせをすることにした。こちらからお迎えに上がることを言うと、相手もなかなか譲らず、どうにか待ち合わせという形にもっていったのだ。



そして今、相手方との待ち合わせ場所である居酒屋のある、ビルの前で待っているのだが、まだ時間に余裕があるので、少しトイレに行こうとしたその時。



「どうした、口元なんか押さえて苦しそうな顔になって。そんなエロイ顔、こんなとこでしちゃ襲ってくれって言ってるようなもんだぞ」

「…っ!!」


不意に声が聞こえて、振り返ったその時。


俺は絶句した。


「お、お前、あのときの、…」

「へぇ、覚えててくれたのか」



そいつは人好きのする、爽やかさも色気も兼ね備えた完璧な営業スマイルを浮かべて、俺の前に立っていたのだった。

そう、そいつ、とは…俺があの日に出会った、…出来れば出会ったことも忘れたかった、あの男であった。

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