アイドル騎士団・みるきぃクレヨン第1話

@Sohshing

第1話

『アイドル騎士団・みるきぃクレヨン』

 第1話「誰だか知らないケド、あのステージを壊すことは許せないのデス」



00・アヴァン


 あ、ちょと待って。

 だって狭いんだもん。


「ぎゃっ、腕あたった」

「尻で押さないで」

「だってソックス履けない」

「立ってソックス履けないの、老化現象だってよ」

「あちしはだいじょぶ」

「いや、そういう問題じゃなくて」

「押さないでってば」

 ただいま、狭いせまいスペースでお着替えちう。


 どうしてこんなことになってるんでしょ。



0・宇宙空間


 月の裏側。

 地球から直接観測できない宇宙空間に、チカチカと無数の光りが浮かんでいる。

 ズーム・アップすると、どこかユーモラスなカタチの巨大な宇宙船が、数百隻あまりも停泊しているのがわかる。

 今しもその一隻から、ちっこいちっこい宇宙艇が発進していった。

 目指すは、地球。


 って、なんのこっちゃい。



1・アイドル・デビューッ!


 初めましてっ。

 巌厳学園高等学校アイドル騎士団・みるきぃクレヨンのリーダー、田畑カンナでっす。

 元気い~っしょ。なんせ、アイドルっすから。

 え~、アイドル騎士団とゆうのわ、クラブの名前でございます。

 アイドル部とか、アイドル同好会でもよかったんだけど、それだとアイドル・ファンの集まりみたくなっちゃうので、[アイドル騎士団]なのだそうです。

 ま、顧問の先生のシュミなんですけどね。

 でもって、[みるきぃクレヨン]は、部員によって結成されたアイドル・ユニットの名前であります。

 はっきり言って、ダサイよね。

 メンバーの間でも評判はマチマチです。

 いつか、自分たちで名前、考え直そうって意見も出てます。

 名付け親ですか?

 んなもん、顧問の下川先生に決まってるじゃん。

 それも、自分がミルクレープが好物なので、[ミルクレ]ってゆう短縮形が先にあって、そっから作ったとか。

 それも怪しいと思うケドね。

 一部では、どこかに好きなヒトがいて、そのヒトの好物なんじゃないかって声もあります。

 はい。下川先生は、40代の独身男です。

 あ、あそこ、あそこで、

「アイドル騎士団・みるきぃクレヨンで~す」

 と、チラシを配ってる貧相なおじさんが下川先生です。

 がっこのせんせらしく、よれたスーツに安っぽいネクタイ、くたぶれた靴という出で立ちでございます。

 配ってるチラシには、今日のライヴの案内や、ファンクラブの入会案内、入会費、年会費などなどの情報が満載です。

 ちなみにファンクラブ会員はただいまゼロ。

 今ですよぉ~、今なら会員番号001ゲットですよぉ~。

 なんせ部員たったの5人で、同好会あつかいのアイドル騎士団は、学校からの予算がつかないので、お金がないのが悩みの種なのです。

 5人の部員はもちろん全員[みるクレ]のメンバーでございます。

 下川先生がチラシを配ってるのは、通学路でもある西口商店街の、にしぶち酒店の裏手にある駐車場の入り口らへんです。

 この駐車場が、本日のライヴ会場なのであります。

 ほら、駐車場なのにクルマ一台もいなくて、奥の方に仮設ステージが作ってあるでしょ。

 ステージのバックボードには横断幕がかかってて、一行目に[毎月第4土曜日はGGC Wonderersに会おう!]、二行目に[ツキイチGGC]とあります。

 GGCってゆうのわ、巌厳学園チアリーディング部の頭文字。Wonderersは、その選抜チームの愛称です。

 なんでも、ウチの学校のチア部って、全国制覇12回、世界大会の優勝も2回ってゆう名門チア部なんですってさ。

 そのGGC Wonderersのパフォーマンスを、月に一回、多くのヒトに見てもらおうという商店街イベントの、本日が第一回なのです。

 ウチの生徒や近所のヒトだけじゃなくって、けっこ遠くから見に来るヒトもいるんだって。

 へ~え、GGCってそんなに人気あんだ。

 そう言ったら、メンバーに「え? 知らないの?」とびっくりされました。

 それからとゆうもの、[てんねん]とか「おおぼけ」とか言われるようになったんだけど、なんで?

 ともかく、本日、わたしたち[みるきぃクレヨン]は、そのイベントのオープニング・アクトを務めるのであります。

 いわゆる前座ってヤツですケドね。

 ってゆうか、下川先生がむりやり頼みこんで、いっちゃん最初にちょっとだけやらしてもらえることになったんですケド。

 そいでもなんでも、本年度に発足したばかりの[アイドル騎士団・みるきぃクレヨン]にとって、ヒトサマの前での初めてのパフォーマンス。

 いわゆるひとつの、アイドル・デビューなのであります。

 そしてわたしたちは、

「やっぱピンクがよかったなぁ」

「文句言わない。ジャンケンで勝ったのあちしなんだから」

「そうだけど、黄色だぜ、黄色」

「あたしも、緑って似合わないんだよね」

「着てるうちに似合ってくるって」

「わっ、ポジティヴゥ」

「手ぇ振り回さないでってば」

「だってぇ」

 狭いせまいスペースで、自前のオフホワイトのショーパンと、作ってもらったTシャツに着替えてるとこ。

 メンバーカラーのオリジナルTシャツだぜ。

 お金、どっから出たのか知らないケド。

「ふいっ、おわた」

 どうやら全員着替え終わってドアの外に出れば、そこはヨーコさんの小さなお店、カフェ・フローラルの店内です。

 着替えてたのは、従業員用の更衣室だもの、狭いわけだ。

「さぁ、いよいよだね」

 腰に手をあてて訓示する構えなのは、花柄タイトにクリーム色のニットのヨーコさん。

 ヨーコさんは、下川先生が作詞作曲した曲に、振り付けをしてくれたコーチみたいな存在です。

 ってゆうか、お店の常連の下川先生から、アイドル騎士団結成のハナシを聞きつけ、しゃしゃり出てきたおばさま、じゃなくって、おねえさまってとこでもあります。

 歳? 30代の後ろらへんだと思うよ、多分。

 そいで、昔はアイドルしてたとかって。

 お兄さんが、2階のカラオケ教室の先生ですから、やっぱ芸能関係のヒトなのかな。

 ちなみに、そのお兄さんが、ウチコミというもので、カラオケ音源を作ってくれました。

「今日は初めてなんだし、気楽にいっておいで」

「はいっ」

 声を揃えてお返事するわたしたち。

「失敗してもいいから。それも経験なんだし」

「はいっ」

「よし、行こう」

 ヨーコさんがパンッと手を打ち、

「はいっ」

 元気に返すわたしたち。

 さ、行こうとドアに手をかけると、外からぶいっと開けられて、

「時間だぞ、いいか」

 下川先生でした。

「先生、遅い」

「チラシ配れたんですか」

「あ、うん、7枚」

「ななまいっ?」

 あたしとあと何人か、声が揃った。

「だって、受け取ってくんないんだもん」

 そんな先生です。

「それより、時間だから」

 はいはい、分かってますって。

「行こう」

 声をかけて、真っ先に店を出るわたくし、カンナ。いちおうリーダーでございますから。

 外に出れば、お店が面してる路地の向かいが、会場の駐車場です。

 お、けっこヒト集まってる。

 どきわくで会場に向かいます。

 さ、いよいよアイドル・デビューだぞ。

 *

 その頃、商店街に面したにしぶち酒店では、なにかおかしな出来事が起こっていたようです。

 なにが起きてたんですか? 西淵のおじさん。

 あ、お店だから息子さんのほうだ。

 *

 はい、にしぶち酒店の現役、息子のほうです。

 いや、大したことじゃないんだけど、ちょっと変わったお客さんが来たんだよ。

 銀髪なんだ、髪の毛が。そいで、細面の顔にサングラスしてて、ちょっと見、歌舞伎町あたりのホストみたいなんだ。

 けど、着てるのがモスグリーンの作業服みたいなツナギで、足元がごっついブーツなの。

 違和感ばりばりでしょ。

 そいでいきなり、

「サーモンをくれ」

 ってゆうのよ。

「サーモンだよ、サーモン。ごくごくのへろっ」

「はあっ?」

「なんでもいいからサーモンを出せ」

「シャケ缶でよろしいですか?」

「それはサーモンか」

「はい」

「よし、それでいい」

「かしこまりました」

 で、棚からシャケ缶とってきて、お金もらって、品物渡して、それで帰っちゃった。

 それだけなんだけど、ちょっとヘンなお客だったなぁ。

 *

 なぁ~んだ、そんなことか。

 だがしかし。

 ん? なにが[だがしかし]なの?

 にしぶち酒店を出た銀髪男は、新築4LDK4400万円の不動産広告がくっついた電柱のかげで、スマホ状の通信機を取り出し、なにやら通信を始めたのだそうです。

 スマホ状の通信機?

 スマホのがただの通信機より進化してると思うんだケド、ま、いっか、

 その通信は、こんな感じだったんだって。

「いりてました、サーモン」

「サーモン?」

「はい。シャケ缶ですが、サーモンです」

「なんでサーモンなんだよ」

「シャケはサーモンともいうそうです」

「シャケじゃなくて、シャケテン」

「天ぷらにするのですか」

「じゃなくって、シャケテン、下りる」

「親が?」

「違う、下るの」

「腹が」

「くわぁ~~っ」

「あ、あの、なにか問題が?」

「高度を下げろ」

「は?」

「スルーパのムステーシは、必ず高度の下がった位置にある。シャケンテで高度を下げろ」

「こーどを、下げる?」

 その時、銀髪男のツナギのポケットからは、なにかのコードがぶら下がっていたのだそうです。

 って、なんのこっちゃ。

 だがしかし、このあと、銀髪男には、新たな指令が発せられていました。

 *

 もちろんわたしたちは、そんなことはなにも知りません。

 商店街とそのまわりに、もうあと四人の銀髪男がいたことも。

 計五人の銀髪男を派遣したのが、どう見ても芸人かアニメのコスプレにしか見えない派手はでの制服を着た男だってことも。

 あとあと、こいつらのおかげでとんでもない目にあわされることも。

 知るもんか。

 んなことより、アイドル・デビューッ!



2・もう一曲あるんだけど


 さて、

「きんちょ~するぅ~」

 と、のんびりした声で言っているのが、紫担当のカズラです。

 ふいっ。やっとメンバー紹介にたどり着きました。

 カズラは、メンバーの中でいっちゃん背が高くて、一人だけいっこ上の二年生で、ほいでもって変人です。

「楽しんじゃおぜ」

「うん」

 あたしのコトバに、緊張気味に答えたのが、黄色担当のスミレです。

 このヒト、なんかあたしになついてきます。今も、汗ばんだ手で、あたしの手をぎゅっと握ってます。

 でも、勉強のデキは、メンバーで一番なんだよね。

「ひゅ~っ、たぁ~のしんじゃおぜい」

 と、ぴょんぴょんジャンプしてるのが、ピンク担当のあやりんことアヤメです。

 この子だけ、いっこ下の附属中の三年生なんだけど、アイドル騎士団ができたと聞いてすっ飛んできました。

 根っからのアイドル・キャラなのです。

 そして、あたしの後ろで、すぅ~っと深呼吸したのが、緑担当のミズキです。

 メンバーの中で際立って背が低いのですが、歌も踊りもなかなかのレベルです。わたしたちの中ではね。

 なんつうか、彼女だけが、初パフォーマンスのどきどきより、やってやる的なモノを感じます。

 やや謎めいたキャラで、なんでアイドル騎士団選んだのか、気になってるとこあるんだ。

 そして、リーダーのあたしは赤担当なので、胸に[みるきぃクレヨン]とロゴの入った真っ赤なTシャツを着ております。

 え? メンバーカラーとか、キャラとか、どっかからパクってないか、って?

 いえいえそんな。気のせいですよ。

 気のせいですってば。

 しっかし、ここまであっちゅう間でした。

 なんたって三週間前ですよ。入学式の翌日に、下駄箱から玄関に出たとこでのことでした。きゃうっ、初日終わったぞって、のけ反ってジャンプしたら、「きみきみ」と呼び止められたのは。

 振り向くと貧相なおじさん・・あ、いえ、下川先生が立ってて、

「きみ、アイドル騎士団で活動してみない? きみなら、センターやってもらってもいいな」

 って、要するにスカウトされちゃったんですよ、校内で。

 のけ反ってジャンプしたのがよかったのかな。

 けど、あたしは知らなかったのです。

 アイドル騎士団が、下川先生がシュミで立ち上げたばっかの、ろくに部員もいなけりゃ、予算もない部だってことも。

 下川先生が、片っ端から女子に声をかけてたってことも。

 でもさ、そりゃ悪い気はしませんよ。

 だって、アイドル活動ですよ。なんかJKっぽい高校生活になりそうじゃないですか。

 ま、それくらいの軽い気持ちだったんですケドね。

 それも、あたしらしいか。

 あ、MCの横山さんがステージに上がった。

 このヒト、西口共栄会の会長さんで、[ツキイチGGC]の仕掛け人でもあるんですって。

 なんでも、商店街にスーパーだとか、輸入食料品店だとか、お店を4軒も持ってるとか。

 あ、マイク構えた。

 いよいよだぞ。

「ご来場のみなさま、お待たせいたしました」

 わぁ~っと拍手がおきる。

 ステージの前に四角く並べた椅子席はほぼ埋まってる。その左右と後ろには立ち見のヒトもいて、まだまだお客さんが入ってきてる。

「今月から始まりますツキイチGGCは、毎月第四土曜日に、ここ西口共栄会駐車場を会場に、みなさまにGGC Wonderersの華麗なパフォーマンスをたっぷり楽しんでいただこうというイベントでございます」

 またまた、わぁ~っと拍手と歓声。

「なんといっても、巌厳学園チアリーディング部は、地域の誇り、地域のアイドルでございます」

 またまたまた、わぁ~っと拍手と歓声。

「しかし、お楽しみはちょっとだけ後まわし。先ずは巌厳学園のアイドル騎士団のメンバーが、オープニング・アクトを務めます」

 ええ~っ。

 ブーイングまでいかないけど、会場にがっかり感が流れてる。

 やだなぁ、アウェイかよ。

「それでは、みるきぃクレヨンのみなさんです。ど~ぞ~」

「行くよ」

 さっと手を出すあたし。メンバーが、つぎつぎと手のひらを重ねる。

「みるきぃクレヨン、お~っ」

 せめて気合いくらい入れなくっちゃ。

 ぱらっぱらっ。まばらな拍手に迎えられ、わたしたちは小走りでステージに上がったのであります。

 *

 その時、ステージから見て左手の駐車場入り口から、にしぶち酒店でシャケ缶を買った銀髪男が会場に入ってきました。

 あ、もちろん、わたしたちにはそんなの見えてなかったんですケドね。

 銀髪男はじろり、ステージではなく、観客席の人々をサングラスごしにねめまわしております。

 やがて・・・。

 ぴぴっ、ぴぴっ、ぴぴっ。

 小さな電子音とともに、銀髪男のサングラスの視野で、一人の男性の顔の横に、赤い小さなアイコンが点滅していました。

 すると銀髪男は、男性から視線をそらさないようにしながら、そちらに向かって移動しはじめました。

 なんなの?

 その男のヒトに、なんの用があるの?

 ターゲットとなっていたのは、ステージから見ていっちゃん後ろ。ちょうどにしぶち酒店の裏の壁に寄りかかって、あたしたちに拍手してくれてる白髪のおじさんだった。

 ん? それって、西淵のおじさんじゃない。

 西淵のおじさんは、息子さんのほうの父親で、って当たり前か。わたしたちの数少ない協力者の一人で、西口共栄会の前会長で、義経マニアでもあります。

 あ、応援してくれてる。

 *

 さ、ステージに上がったわたしたち。

 頭の中ですらっとセトリを確認。ったって、3曲しかないんだけどね。セトリってコトバ、使ってみたかったんだもん。

 マイク持って横一列。センターはもちろんあたし。

「せ~の」で、みんなでご挨拶。

「みるきぃクレヨンでっす。よろしくお願いしま~す」

 うふっ。アイドルっぽい。

 ケド反応がない。

 ま、しょうがないか。

 さ、曲紹介だぞ。

「それでは聞いてください。『学園のある町』」

 下川先生がラジカセをぴっ。MDに入ってるカラオケ音源がイントロを奏でます。

「せ~の」

 教わったとおりの振り付けで、踊りはじめるわたしたち。

 みんなの目がこっち見てる。

 けどなんか、思ってたのと違う。白けたような、冷ややかなような、そんな視線。

 ただでさえ緊張してるのに、これヤバイかも。

 さ、歌だ。


♪学園のある町には

 いつでも夢が駆け抜ける


 あちゃ、出だし遅れた。

 誰か、音程外してる。


♪駅からつづく長い坂道の~ぼ~り~

 振り向けばそこに

 ほら 輝く未来が広がっているぅ~


 正直、ノリの悪い曲です。

 さ、間奏だ。ターンのあるパート。

 うきうきのりのり、でもってターン、ってヨーコさんに教わったんだけど、みんなうきうきのりのりじゃないぞ。

 くるっと回って正面向いたら、あれ、空気が変わってる。

 笑ってるヤツがいる。おしゃべりしてるヤツがいる。

 お客さんをヤツ呼ばわりするな、って? でも、うちのがっこの生徒なんだもん。

 ほかのメンバーも気づいてるかな。

 気になるけど、センターにいるとほかのメンバーの動き、ぜんぜん見えない。

「学芸会」

 ヤジが飛んだ。

「ラジオ体操」

 別の声だ。

 そりゃわたしたち、期待されてるわけじゃないし、結成三週間、へたっぴなのは分かってるけど・・・。

 ざわざわざわ、にやにやにや。

 ゆるんだ会場で、わたしたち、浮いてる?

 そう思ったら、しゅわ~んと視野が遠くなった。

 いっちゃん後ろの西淵のおじさんが、心配そうに見ている。

 でもってそこに、銀髪男が近づいてる。

 けど、それどころじゃなかった。


♪ひろぉ~がっているぅ~


 チャチャン、チャンチャチャン、チャ~ン。

 ふいっ、一曲目が終わったぜ。

「ありがとうございましたぁ」

 声を揃えて、一同、礼っ。

 拍手がぱらっぱら。

 ざわめきとかすかな笑い声。

 こっち見てるみんなの目が、どれも冷たく見える。

「カンナ、曲紹介」

「あ」

 スミレに促されて、我に返った。

「つぎの曲、聞いてください。『風を追いかけて』」

 うっ。声が裏返ってる。

 下川先生がラジカセをぴっ。さっきと似たようなイントロが流れ出す。

 練習どおりに踊りはじめて、一回ターン。

 チラッと見えたメンバーの顔が、なんかひきつってる。

 けど、やりきるっきゃないっ。

 歌っ。


♪長い坂道を~

 駅に向かって下ってゆこう

 風を追いかけて 風を追いかけて

 いつか追い越せる

 その日に向かって


 最初の曲と、行きと帰りみたいな曲です。ま、下川先生の作詞作曲ですから。

 けど、それどころじゃなかった。

 誰か、声がうわずってる。次の出だし、誰か遅れた。自分が音程外しまくってるのは分かってたけど、ほかのメンバーもだ。

 体、動いちゃいるけど、びしっとしてない。なんかロボットみたい。

 ぎごっ、ぎごっ、ぎごちなっ。

「も~い~」

 誰かが叫んだ。

「そんなもんでやめとけ~」

「時間のむだぁ~」

 どっと笑い声が起こる。

 間奏の間、必死こいて体動かしながら、涙目になってきた。


♪青い空の下を~


 二番の出だしといっしょに、「ジージーシー、ジージーシー」ってコールが起こった。

 ラジカセのカラオケも聞こえない。自分の声も聞こえない。

「ジージーシー、ジージーシー」

 コールの圧力でもうばんらばんら。ぐちゃぐちゃになってた。

 足が震えて、がくがくして、情けなくて、そしてとうとう涙が一筋、ほっぺたを落ちた。


♪はしぃ~ってゆ~こ~を~


 もう歌なんかじゃない。一人ひとり、ただ叫んでるだけみたいな感じ。

 ともかく、短いエンディング。

 中央に集まって、ばらばらだけど、ともかくポーズ。

「ありがとうございましたぁ」

 その声も、「ジージーシー、ジージーシー」ってコールにかき消された。

 合間に、「早く引っこめぇ~」とか「さっさと帰れぇ~」とか聞こえてくる。

 もう一曲あるんだけど。

 あたしが一番、好きな歌が・・・。



3・あたしのことなんかをイシキしてるわけ?


「カンナッ、カンナッ」

 耳には聞こえてたけど、反応できなかった。

「ジージーシー」コールの圧の前で、ただただ棒立ちになってた。

「カンナッ」

 スミレに腕たたかれて、やっと我に返った。

 指さす方を見ると、下川先生とヨーコさんが、両手で大きくバツ作って、左右に振っている。

 そういうことか。

「ありがとうございましたぁ」

 一人で勝手にお辞儀して、すたすたすた。

 だって、ほかにどうしろと?

「え? あ・・ありがとうございましたぁ」

 ほかのメンバーもあわててお辞儀して、ばんらばんらのまんまステージをあとにした。

「イエ~イ、帰った帰ったぁ」

「やっと終わったぁ~」

 声が追いかけてくる。

 そんな言い方しなくったって・・。

「しょうがない、しょうがない」

 袖に戻ると、ぱんぱんぱんっ、下川先生が神社にお詣りするときみたいに手を打ってる。

「頑張った、よく頑張ったよ」

 わたしたち一人ひとりの手を握りながら、ヨーコさんの目がちょっぴしうるんでた。

「ぜんぜんダメじゃん」

 歌にも踊りにも自信のあるミズキが、吐き捨てるように言う。

「しょうがないよ」

 がっくり肩おとしてる、いっこ上のカズラ。

「やっぱチア部入ろっかなぁ」

 附属中のアヤメが言うのと、

「やめよっかな」

 スミレが言うのが同時だった。

「あ~ん、三曲目歌いたかったぁ」

「あたしだって歌いたかったよ」

「やめなよ」

 カズラが、アヤメとミズキの間に入った。

「えんぶのヤツらなんだよ」

「えんぶ?」

「うん、応援部。あいつらGGCオタクだから」

「GGCオタク?」

「だからって、ウチらのことヤジって、GGCコールまですることないだろ」

 カズラが、怒りの目で客席を見ている。

 何人か、こっち向いてにやにやしてるヤツがいた気がしたけど、あたしには誰が応援部なのか分かるわけない。

 なんせ、入学三週間。

 にしても、ひでえや。

 その時、いっちゃん後ろで心配そうに見ていた西淵のおじさんが、駐車場の入り口とは反対のほうに歩き出した。

 すると、すぐそばまで接近していたあの銀髪男も、あとを追うように動き出す。

 もちろんあたしは、そんなことに気づきもしなかった。ってか、できない。

 ステージ脇は、すでに終結したGGC Wonderersのメンバーや、下部チームのメンバーにサポート部員に、あれやこれやでぎっしりの状態だったのだ。

 なんでもGGCには、トップチームのWonderersの下に、プレミア、ファースト、セカンド、サード、セレクション、リザーブ、ノービスと、何段階ものステップがあるんだって。

 部員400人を越える大所帯なんだそうで。

 出るヒトも出ないヒトも、みんなでステージ脇に集まってりゃ、そりゃ混雑するわ。

 だから体育会系ってイヤだよ。

「すいません、通してください」

 スクールカラーの柿色をベースに、ゴールドとシルバーをあしらった、超カッコいいユニフォームのWonderersメンバーの横をすり抜けようとしたときだった。

「前座があっためてくれないとやりにくいわ」

 声が聞こえた。

 見ると、GGC Wonderers不動のセンター・アザミが、腕組みしてこっち見ていた。

 あ、アザミさん、っか。先輩だし。

「いいんじゃないですか、いよいよ感が高まって」

 隣に、目だけこっち見て、アザミに媚びるように言う、同じユニフォームの女子がいた。

 見て、びっくりした。

「ユリエ」

「お~や、お知り合い?」

「近所ってだけですけど」

 あっそっ。

「Wonderersのサブセンターに抜擢されたんだ」

 鼻高々に言いやがる。

 一年生でWonderersのサブ・センター。きっとすごいことなんでしょうよ。

「自分にしか出来ないことを、目指すつもり」

「え?」

 なんも聞いてないのに、なに勝手に。

「世界一を、この手でつかむの」

 握りしめた拳を、こっち向けることないっつうの。

「充実した高校生活にしてみせるわ」

 自信満々の顔に、あたしはなにも言い返せなかった。

「オープニング・アクトとか、必要だったの?」

「開演前にやってもらえばよかったんじゃ?」

「あはっ、そりゃいいわ」

 二人して、笑いながらステージのほうに向かってった。

 んだよ、その言い方。

 そりゃ、そっちは全国制覇世界制覇を目指す、人気の超エリート・チア部。こっちは出来たばっかの、遊び半分のアイドル部。

 遊び半分、か。

 だからって・・・。

 気がついたら、涙が一粒、つるぅ~っとほっぺを落ちていった。

 その時、かなり先から、ユリエがもっかいこっち向いて、あたしを見て、にやりと笑った。

 お~や、あたしのことなんかをイシキしてるわけ?

 あたしのことなんかを。

 だってあんたは、いつだってセンターだったじゃない。

 あんたが乙姫さまのとき、あたしはサバだった。あんたがシンデレラのとき、あたしはネズミだった。

 ネズミのときなんか、あたしの5才のバースデイだったのに。

 ユリエの姿がGGCメンバーの中に埋もれてく。

 なんだって、こんなときに、こんなとこで・・・。

「見てくか?」

 下川先生の言葉に、メンバーの誰もが首を振った。

「行こ、紅茶でも入れてあげるよ」

 ヨーコさんに背中を押され、とぼとぼと歩き出した。

 そんながっくりシーンと同時進行で、駐車場の隅っこにあるにしぶち酒店の旧倉庫では、大変なことが起こっていたのでした。

 *

 元々にしぶち酒店さんの敷地だった西口共栄会の駐車場には、隅っこにふたつの建物があります。

 どっちもにしぶち酒店さんのものなのですが、ひとつは昔っからあるいわゆる蔵です。

 かなり古いもので、市の文化財に指定されるかもしれないんだって。

 もいっこが旧倉庫って呼んでる建物で、今も現役の倉庫なんですが、地下室が西淵のおじさんのホビールームみたいになっているのだそうです。

 さて、あたしたちの悲惨なパフォーマンスが終わり、GGCのステージが始まろうとしているとき、西淵のおじさんは、なんの用があるんだかないんだか、旧倉庫に入ろうと、鍵を開け、ドアを引きました。

 その時のことです。

 ドアが思いきり引っ張られ、おじさんは倉庫の中に突き飛ばされました。

 振り向くと、バタンと閉じたドアの前に、あの銀髪男がぬおっと立っていたのです。

「タークド・シルジュウソと接触したジンルイだな」

「え?」

「ラルブレッセ・スルーパのムスターシ、どこ?」

 なんのことだか分かりません。

「知ってるのハズのジンルイ」

 銀髪男の唾が飛んだ瞬間に、おじさんは、これが聞かされていた、あり得る危機なのだと悟りました。

「言わぬなら、これっ」

 銀髪男は、小さなプッシュ式ボールペンのようなモノを取り出し、その先端から、ぷしゅ~っと白い霧状のモノをおじさんの顔に吹きつけました。

「わあっ」

 おじさんはのけぞるように倒れながら、とっさに、言われていたとおりに、左手の親指の爪を噛みました。

 ちょっと幼児的なポーズですが、それで緊急信号が発信される仕組みなんですって。

 ところが、あれ?

 銀髪男は、おじさんの意外な反応にぽかんとしております。

 なぜなら、吹きつけたのは、のけぞって倒れるような効果のモノではなかったからなのです。

 単なる自白剤でした。

 ん? 自白剤?

 んなもん、あるのか?

 しかし、その瞬間、ハカセが緊急事態に備えて準備したシステムが作動したのです。

 ぴ~ぴ~ぴ~。



*4・アラームが鳴ったときには


 ぴ~ぴ~ぴ~。

 いきなり、あたしの頭の中で、電子音みたいな音が鳴り出した。

 そう。頭の、中で。

「あ、なんか頭の中でぴ~ぴ~いってる」

 と、あたしが言おうとしたとき、カズラがもう口に出していた。

「あたしも」

「あたしも」

「よかったぁ、あちしだけじゃないんだ」

 スミレが、ミズキが、アヤメが反応する。

「え? みんな?」

「うん、ぴ~ぴ~、ぴ~ぴ~」

「なんなのなんなの?」

 みんな、ぽかんと顔を見合わせた。

 その時です。

「マジか、マジなのか」

 かつて聞いたことのない素っ頓狂な声を上げたのは、下川先生でした。

 見ると、目をマジまん丸にして、極めて異常な事態に動転してるって感じです。

「どうかしたんですか?」

「落ち着いて落ち着いて、落ち着くんだ、いいな」

 って先生、いっちゃん落ち着いてませんケド。

「実はキミたちには、シメイがあるのだ」

「そりゃありますよ。髙井カズラ」

「そのシメイじゃなくって」

「じゃ、なんの?」

「ともかく来なさい」

 いきなりあたしの腕を取って、あっち向いて突進し始めるじゃないですか。

「どこ行くんですか」

「みんなもだ」

「はっ」

 思わずつかむスミレの手。

「え?」

 スミレがつかむアヤメの手。

「どした?」

 アヤメがつかむミズキの手。

「なんで?」

 ミズキがつかむカズラの手。

「なかよしこよし」

 お手々つないだまんま、みんなぽかん。

「全員だ、来なさいっ」

「え、ええ~っ」

 下川先生を先頭に、お手々つないだわたしたちがとっとっとっ。

 ぽかんと残されるヨーコさん。

 で、どこ行くんです?

 わっ、足もつれそ。

 *

 そのころ旧倉庫では、ばったり倒れたまま反応のない西淵のおじさんに、銀髪男がおろおろしておりました。

 なんとか目を覚まさせよう。そう思ったのか、いきなりおじさんの顔に、ふ~ふ~息を吹きかけ始めたのです。

 しかも距離近いし。

「ふはっ」

 気絶してたフリの西淵のおじさん、たまらずひゃっと体を起こしちゃった。

 あ、フリしてたのか。

 ひえっと、こちらびっくりで尻餅つく銀髪男。

 情けないな、銀髪男。

 それでも、体勢を立て直したおじさんが逃げようとするのを、がばと背後から羽交い締めしてしまったところは、なにかの工作員のようでもあります。

 ってこれ、なにやってるわけ?

 わたしたちと、ど~ゆ~関係があるの?

 *

 そのわたしたち。

 Wonderersの前にチーム・ファーストのパフォーマンスが始まったステージから見て、いっちゃん後ろ。

 大勢の観客の背中を見ながら、手をつないだまんま、駐車場の反対側に向かってました。

 必死の形相の下川先生を先頭に、あたし、スミレ、アヤメ、ミズキ、カズラと、体勢崩しながら、とっととっとと小走っていたのであります。

「さっきの子らだ」

「なにしてんじゃあれ」

 ステージ見てりゃいいのに、わたしたちに気づいて、ぼそっと言うヤツがいる。

 あのパフォーマンスのあとで、もっかい恥かかされるわけ?

 どこ行くんですか、せんせ~いっ。

 と、たどり着いたのは、旧倉庫の隣の古い蔵。

「先生っ」

 声にふと見れば、ぬあんと弟のコブシが走ってくるでわないか。

「コブシ、あんた、なにやってんの?」

「だって、インヘッド・アラームが鳴ったら、コントロール・ブースに来いって」

「その通りだ、コブシくん、行こう」

「はいっ」

 助手みたいに、下川先生に寄り添っちゃってる。

 なんなのよ、インヘッド・アラームだの、コントロール・ブースだの、姉がカタカナに弱いと思って。そもそもお前まだ中一だろ。

 がちゃがちゃ。古いおっきな鍵で解錠して、通用口みたいな木の扉をぎぎっと開ける下川先生。

「みんなも、いいな」

 って、わたしたち、まだなぁ~んにも聞いてないんですケド。

 ともかく、下川先生とコブシにつづいて中に入ると真っ暗、じゃないけど、かなり暗い。

「ホントだったんですね、教わったこと」

 コブシが、ぎっと木の扉を閉めながら下川先生に言う。いつからそんなに親しげなんだ。

「ああ、まさかホントになるなんて、もぉどぉ~していいか、分かんなくって」

 ありゃ、声が裏返ってる。こらそうとう動揺してるぞ。

「やるしかないですよ」

「そうだな」

 弟のコブシに励まされてら。

「先生、バーキー」

「あ、ああ」

 コブシに促されて、下川先生がどっかからちっこい棒みたいのを取り出して、床の小さな穴に差しこんだ。

 すると、ぎぃっと音がして、厚い床がぐぉ~んと蓋みたいに持ち上がるではないか。

 こんなところになんちゅうハイテクじゃ。

 床にあいた四角い穴の中は階段になってた。

「さ、みんな、下りろっ」

「はいっ」

 さっさか先頭に立って、コブシが急な階段を下りてゆく。しょがないのでつづくわたしたち。

 最後に下川先生とつづき、ぎいっと床が閉じるのが音で分かった。

 そして先頭のコブシがなにかのスイッチを入れると、あたりはなにやら不思議な光りに包まれたのでした。

 *

 そのころ、隣の旧倉庫では、西淵のおじさんがまだ銀髪男に羽交い締めにされてました。

「ラルブレッセ・スルーパのムスターシ、どこ?」

 かなり焦った声で銀髪男が言った、その時でした。

 あ、その時ってゆうのわ、隣の古い蔵の地下で、コブシがなにかのスイッチを入れた、その時でもあったんですけどね。

 ぴょぴょぴょっ。なにやら可愛げな電子音が、銀髪男のスマホ状通信機から流れ出したのです。

 ん? となった銀髪男は、

「ゆう、なにかしちゃった?」

 と尋ねますが、西淵のおじさんはひ~ひ~と恐怖にひきつってます。

 ぴょぴょぴょっ。電子音は鳴り続けてます。

 慌て度が上がった銀髪男は、通信機から緊急信号を送り出しました。

 受け取ったのは、商店街近辺にいたもうあと4人の銀髪男でした。

 つっても、同じような銀髪に、同じようなサングラスに、同じようなつなぎ服に、同じような黒ブーツ履いてるってだけで、背格好とか顔つきとかはばんらばんらだったんですケドね。

 と、その時、

「とぅわぁ~っ」

 奇声を発した西淵のおじさんが、銀髪男の羽交い締めを力任せに振りほどきました。

「きょえ~~っ」

 恐怖からなんでしょうか、またもや奇声を発しながら、一枚のドアをガッと開けます。

「止まる」

 慌てた銀髪男が飛びつこうとするのと、開けたドアがスイングするのが・・・ガツッ。

「あ~だ~」

 銀髪男、ドア角に顔面ガツン。こりゃ痛そうだわ。

 その間にドアの内側に飛びこんだおじさんがドアキーをカチャッ。

 んでもって次の瞬間、

「のわっ、あっ、あっ、わぁ~っ」

 どたどた、どんどん、どんどどんどん。

 ドアの向こう、階段だったみたい。でもっておじさん、落ちちゃったみたい。

 ドアのこっち側では、両手でノブを握った銀髪男ががちゃがちゃがちゃ。

 もちろん、開きません。

 *

 と、あっちではそんな展開の中、わたしたちは、壁全体がぼぉ~っと光る、幻想的で未来的な昭明の中にあらわれた眺めに、「わぁ~っ」と目を丸くしていたのであります。

 なんせ、古い蔵の、それも地下ですよ。

 床も壁も土のまんまで、柱とか梁とかも黒光りするぶっとい材木です。

 そんな古色蒼然の空間が、未来的な昭明に包まれてて、でもって真ん中にはコの字型にDJブースみたいな未来的なコンソールがあるのです。

 しかもそこには、ちゃっかりコブシが椅子に座ってて、なにやらかちゃかちゃいじくっているではありませんか。

 いくつもの液晶画面があって、ダイヤル式やらレバー式やら、たっくさんのスイッチがいぃ~っぱい並んでるコンソールをです。

 なんなの、ここ。

 録音スタジオ?

 と、下川先生がコンソールの下から、黒いトランクみたいな箱をつぎつぎと引っ張り出し、わたしたちの前に並べる。

 トランクの蓋がぎよ~んと開くと、よく分かんない器具みたいのが入ってて、ど~ゆ~わけかメンバーカラーに色分けされていた。

「なにこれなにこれ」

「ひょっとして衣装?」

「あるんなら早く出してくださいよぉ」

「各自、自分の色の箱の中に立って」

「なんで?」

「い~から早くっ」

「はいっ」

 あたしって、目上のヒトに強く言われると、すぐひょいって、言われたとおりにしちゃうんですよ。

「あ、じゃ」

 すぐスミレがつづいて、「そっか」とカズラもつづきます。

「いい?」

「お先どうぞ」

 なんか譲り合う感じでアヤメが、最後にびびりのミズキが、恐るおそるトランクの中に立ったのでした。

「コブシくん」

「はいっ」

 コブシがコンソールをいじくり、ピパポパちっこい電気が点滅したかと思うと、ふぃ~んって音が足元からしてくる。

 ほにゃ、なにが起こるんだ。

 すると、ガチャガチャパパッ、トランクの中の器具みたいなものが、もんの凄い速さで立ち上がり、わたしたちの体にカチャカチャと装着されてゆくではないか。

「なんじゃこりゃ」

「アニメみたい」

「けどなんかカッコイイかも」

 カズラが腕を上げて、そこに装着されたコテみたいのを眺めてる。

 あたしも思わず、自分の全身を見下ろした。

 胸のカバーと肩のパットみたいのを中心に、腕も、手も、足も、背中まで、堅いけどやわらかくもあるカバーに覆われている。

 最後に頭がかぱっとヘルメットに包まれた。

 目の前はスモークのカバーに覆われている。

 これ、外から顔、見えんのかな?

「なんなのこれ?」

 顔を上げて下川先生を見た。

 すると先生、なんだかムツカシイ顔。

「これは宇宙人と戦うためのアーマーなのだ」

「はあ?」

 全員、きょとんぽかん。

 あーまー?

「訳はあとで話す。とにかく、そのアーマーの力で、宇宙人と戦うことが、キミたちのシメイなのだ」

「はあ?」

 やっぱり、きょとんぽかん。

「誰に指名されたんですか?」

「だからそのシメイじゃないってば」

 え? みんなで顔見合わす。

「キミたちにしか出来ないんだ。今、宇宙人に襲われている西淵のご主人を助けられるのわっ」

「はあっ?」

「出動だっ!」

 下川先生、片手を腰に、片手で階段のほうをピッと指さしてます。



5・不完全変態って、あんたら昆虫か


「出動って」

「聞いてないし」

 あたしとスミレが思わず言い返す。

「詳しいことはあとで話すから」

 先生が焦ってるのは分かるけど。

「けど、なにするの?」

「指示はぼくが出すから」

 コンソールからコブシが入ってきた。

「あんたが?」

「教わったんだ、博士に」

「ハカセ?」

「だから、詳しいことはあとで話すから。ともかく、出動っ」

「そな、いきなり言われても」

「消防士じゃないんですから」

 うまいっ、スミレッ。

「宇宙人に襲われてるんだぞ」

 うちゅーじんって、あの、タコが突っ立てるみたいなヤツ? 気持ちわる。

「西淵のおじさん、誘拐されちゃうかも」

 コブシの声が真剣だった。

「え?」

 一瞬、そっちを見た。

「助けられるのはキミたちしかいないんだ」

「110番しました?」

「それはできないの」

「自衛隊に出動を要請するとか」

「そんな時間ないの」

「学校の許可とかは?」

「頼むよ。俺だっていきなりこんなことになるとは思ってなかったんだから」

 下川先生の声が思い切りうわずって、

「きんきゅ~じたいなんだってう゛ぁ」

 唾飛ばして叫んだ。

 え?

 わたしたちはまだ顔見合わせたまま。

 その途端、装着したあーまーとやらが、きゅっと全身を包みこんできた。

「起動完了」

 コブシがうれしそうに叫んでる。

「よし、場所は?」

「隣の、旧倉庫の、地下」

「隣の旧倉庫ぉ?」

 先生のお目々がまん丸になってる。

「すぐそこじゃんか」

 はい、すぐそこです。

「宇宙人は?」

「反応がないんです。システムを遮断してるんじゃないかな」

 反応? システム? 遮断?

 コブシ、どこで覚えたんだ、そんなコトバ。

「はやくしないとぉ~」

 先生の声が震えてる。

「姉ちゃん、ぼくを信じて」

 コブシめ、あんただから信じられないんだろ。

「だってぇ」

 いくらなんだって訳わかんないよ。

 言葉探してたら、コブシが先生を見て、先生の目がそれに答えて頷いた。

「遠隔操縦だ、コブシくん」

「はいっ」

 コブシがコンソールをがちゃがちゃいじくる。

 すると、あ、あれ? 装着したアーマーがあたしの体を勝手に動かし始めた。

「な、なにすんのっ、コブシッ」

「だいじょうぶ、危険はない・・ハズだから」

 ハズって、どうよ。

「頼んだ。西淵のご主人を救えるのはキミたちしかいないんだ」

 先生、完全にお見送りモード。

 あたしを先頭に、アーマーに勝手に体動かされて、階段を上り始める。

「分かったわよ、行くから、そのエンカクなんとかはやめなさい」

「ん、もう」

 スイッチが切れた途端に、ずっこけそうになった。

「あ、やっぱ階段上がるまで」

 あはっ、楽っちゃ楽だわ。

 *

 どん、どた、どたどたどど~ん。

 はい、こちら旧倉庫の地下です。

 そこにあったバールとドライバーで、必死こいてドアノブ破壊して、ついにドアを開け、内部へと突進した銀髪男は、そこが階段とも知らずに、見事に下まで転落したのでありました。

 ホントに宇宙人なわけ? このヒト。

 でもって下には、打った腰をさすりながら斜め座りした西淵のおじさん。

 その目の前に落下してきた銀髪男。

「いでっ」

 やっぱり腰を押さえております。

 では、地上どうぞぉ。

 *

 はい、こちら地上です。

 蔵から出ると、GGCのパフォーマンスがつづいてた。

 Wonderersはまだで、なんだっけ、プレミア・クラス? そのへんのチームがパフォーマンスしてる。

 それでも、テンポのいい音楽とリズムのいい手拍子にぴったり合ったきびきびした動きはさすがだわ。

 お客さんもみんな、背伸びしてステージを見ている。

 おかげであーまー装着したわたしたちに気づくヒトもいなかったんだけどね。

 さ、エンカクなんたら、切れたぞ。

 自分の足で隣の旧倉庫の入り口まで来ると、ステージには目もくれずにやってくる四人組に出会った。

 それもみんな銀髪で、サングラスしてて、モスグリーンのツナギ着てて、足元にごついブーツ履いてる。

 感じよくないよね。

 その時はまだ銀髪男のことなんか知らなかったあたしは、ちょっとびびった。

 けど、先頭にいた背の高い銀髪男が、

「お先にどうぞ」

 ドアマンみたいにお行儀よく手を差し出すもんだから、

「すいません」

 軽く会釈して、先に中に入った。

 見ると、地下に下りる階段に通じるドアが悲惨に破壊されている。

 誰がやったんだ、乱暴な。

 けど、やっぱ、なんか起きてるんだ。

「姉ちゃん、階段を下りて」

 ヘルメットの中でコブシの声が響く。

「わぁ~ってるよ」

 は~あ、先頭はやっぱあたしか。

 溜め息まじりにとっとっと。地下へ向かって階段を下りる。

 すると、

「ラルブレッセ・スルーパのムスターシ、どこ?」

「し、知らない」

 声が聞こえてきた。

 あとのほうが西淵のおじさんだ。

「おじさんっ」

 声をかけながら、階段を下りきった。

 そこは、かなり広い応接室みたいなとこで、ソファにテーブルと、あとカラオケ・セットとおっきなテレビがあって、奥には畳敷きのわりと広いスペースまである。

「だれものっ」

 声にハッと見るとソファの裏で、西淵のおじさんが上で会ったのと似たような銀髪男にのしかかられているではないか。

「なにしてんの、あんた」

 声をかけると、顔を上げてこっちを見た銀髪男が、あれっ? と目を見開いた。

「ものほん?」

 なに言ってんの。

「姉ちゃん、西淵のおじさんを取り返して」

「え・・?」

「だいじょぶ。アーマーのパワーなら絶対に負けないから」

「わ、わかった」

 見たとこ、武器とか刃物とか持ってないみたいだし、相手は一人、こっちは五人。

 ま、なんとかなるでしょ。

「みんな、行くよ」

 ったく、なんであたし、こんなとこでリーダーっぽいんだ。

 ともかく、あたしがダッシュすると、すぐスミレがくっついてきた。

「やめなさいっ」

 両側から銀髪男の腕をつかんで、思いっきしひっぺがす。

「ぎぇっ」

 銀髪男の体が、悲鳴とともに壁際まで吹っ飛んでいった。

 その間にカズラとミズキが、西淵のおじさんを助け起こしてる。

 ようっしゃ。

 どや顔で振り向くと、アヤメが困った顔して後ろを指さしている。

 そこには、上で会った銀髪男四人組が立っていたのだった。

「ぼうがいは、いじょ~」

 へたりこんだ最初の銀髪男が叫ぶと、なんと四人組、あたしらに襲いかかってくるではないか。

「やめてっ」

「なにすんのっ」

 襲われたアヤメやミズキが、手を振り回したり、体をよじったりした。

 すると・・・。

「うわっ」「ぎゃっ」

 襲いかかった銀髪男どもが、つぎつぎと吹っ飛ばされているではないか。

「ありゃ」

「あたしら」

「つおい」

 あたしも含めて、みんなお目々まん丸。

「ねっ、アーマーのパワーを信じて」

 ヘルメットにコブシのうれしそうな声が響く。

「なにゆ、えにこ、こに・・・」

 最初にいた銀髪男が驚きの目でこっちを見ている。

「シュバリアンが・・・」

 ん? しゅばりあん?

 こしあんにつぶあんなら知ってるケド、なんじゃそれ。

 けど、銀髪男は一瞬で我に返ると、叫んだ。

「マーマールイスタで対抗する。ふかんぜんへ、んたいっ!」

 不完全変態って、あんたら昆虫か。

 だがしかし、次の瞬間、目の前で起こった出来事は、マジCGかアニメを見ているみたいだった。

 ツナギみたいな服とブーツが、ぴか~んと光ったかと思うと、あたしたちのと同じようなあーまーに変態してゆくのだ。

 それも、装着してるわたしたちのよか、なんつうかシームレスで、もっとハイテク感があって、言いたくないケド、カッコイイ。

 さらに、頭の銀髪がぶよ~んと光ると、ぬあんと、銀・黒・白・青・ピンクの五色のヘルメットに変態したではないか。

 同時に、ヘルメットと同じ色が、鎖骨のあたりに差し色となって輝く。

 いよいよ戦隊モノかよ。

 けど、見た目ちょっとい~感じなのは確か。

「相手もパワー上げた」

 ヘルメットにコブシの声。

「うん」

 んなもん見りゃわかるわい。

「けど、こっちのがパワーは上だから」

 そう言ったのと、

「はいじょは、いじょ」

 銀色に変身した先にいた銀髪男がこっち指さして叫ぶのがいっしょだった。

 リーダーなのか、こいつが。

 ともかく、残りの黒・白・青・ピンクが向かってくる。

 ピンクだけかぶってんでやんの。

 当然、むっとなったピンクのアヤメが、相手のピンクに応戦する。

 けど、今度はさっきみたいにいかなかった。

「ぎゃっ」

「ちょっと」

「んがっ」

 相手のがつおいんでやんの。

 みんな腕をつかまれたり、タックルされたりしている。

 あたしも、抱きついてきた黒色をなんとか振りほどいたものの、

「んがっ」

 顎にパンチくらって、あおのけに吹き飛ばされた。

 けど、あれれ? ほぼほぼ痛くないぞ。

「バリア張ってあるから、やられることないから」

 コブシの声もちょっと焦ってきた。

 だってあたりは大乱闘。しつっこく襲いかかってくる銀髪軍団から、みんなどうにかこうにか逃げるだけで精一杯だ。

 応接セットはひんまがり、テレビが倒れた。一人ふたり、奥の畳が敷き詰めてある広いスペースにまで乱入している。

「コブシくん、どうにかならないのか」

 隣の古い蔵の地下でモニターを見守っている下川先生が唾を飛ばした。

 ちなみに、わたしたちのようすは、わたしたちの視野と、アーマーのあちこちにあるカメラの映像を組み合わせて、計算して、見やすい状態の4面のモニターに再生されているのだった。

 すっごいハイテク。

 けど、コブシ、ちょっと焦ってきた。

「ダメだ、パワーが上がってない」



6・きっかけさえあれば、って?


「パ、パワーが上がってないって、どうすりゃいいの?」

 下川先生の声がうわずっている。

「当人たちが信じてないんです。姉ちゃん、信じてっ」

 いきなりヘルメットの中でコブシの声が響いた。

「信じるって、なにを?」

「おのれの強さを」

「はぁ?」

 んなこといきなり言われたって。今まで、自分が強い人間だなんて思ったコト、一度もないのに。

 その間にも、

「きゃっ」

「ヤダ、もう」

「やめてったら」

 メンバーみんなぼこぼこ状態です。

 ミズキとスミレは、奥の畳敷きのスペースで、黒と白ののアタックから逃げ回ってて、そこにある棚の上の壷やら皿やらがぐらぐら揺れてる。

 ほかにも大きいのや小さいのや木の箱がいっぱい並んでるけど、なんなんだ?

「ハカセに連絡とってみたら」

 下川先生がうわずった声で言い、

「ですね」

 コブシがコンソールかちゃかちゃやり始める。

 ってやってる間に、とうとうミズキとスミレが、黒と白の変態銀髪男に羽交い締めにされちゃった。

 西淵のおじさんがピンクのに抱きしめられてる。

 カズラは尻餅ついたまんまだし、アヤメは這って、銀のの攻撃から逃げまわってる。

 でもってあたしは、青の銀髪男に壁ドンされそうになってた。

 ここにいたって初めて、銀の銀髪男が余裕かましたようすを見せる。

 ピンクに抱きしめられた西淵のおじさんの肩に手をかけちゃって、

「ラルブレッセ・スルーパのムスターシ、どこあるっ?」

 わたしたちを見回して、

「お前たち、知ってるのはず、ゆうっ」

 って、なに言ってるのか分からないんですけど。

「ゆうわないと、このおっちゃんどう、なる?」

 西淵のおじさんの頭をごしごししている。

 ん? あ、脅かしてるのか。

「ゆうっ」

 西淵のおじさんがひきつっちゃってる、なんとかしなきゃ。けど、どうしたら・・?

「コブシッ、どうすりゃいいのっ」

 *

 その時、コブシの目の前のモニターには、どこか温泉地らしい場所で、悠然とソフトクリームをなめてる四角い顔のおじさんが映し出されていた。

「ハカセッ」

「は~い、元気ぃ」

 って軽いな、おい。

「初めての出動なんですけど、パワーが上がらないんです」

「あ~、よくあることよくあること」

「でも・・」

「だいじょうぶだいじょうぶ」

「けど・・」

「きっかけさえあれば、ちゃんとパワーは上がるから」

「きっかけ?」

「そっ」

 おじさん、おいしそうにソフトクリームをぺろり。

 *

 隣の蔵地下でそんなやりとりをしている間にも、

「おっちゃん、どうなってもいい?」

 銀の銀髪男が、西淵のおじさんの頭、両手で抱えてゆすぶっている。

 おじさん、泣きそうじゃん。

 ひどいことする。けど、どうすればいいんだ?

「コブシッ」

「き、きっかけさえあれば、って・・・」

 なんで自信なさげなんだよ。

 きっかけったって・・・。

 ふにゃ~。

 その時、事態とはなんの関係もないのどかな猫の声が聞こえた。

 一匹の子猫が階段を下りてきて、そこでまたひと鳴き。

 ふにゃ~。

 遊んでくれって? 悪いけど今、取り込み中で・・と思った瞬間、駆けだした子猫が銀髪男の足元にすり寄った。

 ふにゃ~っ。

 すると、

「やめろっ、こっちくんなっ」

 銀の銀髪男が、足すくませて叫んでる。こいつ、猫、苦手なのか。

 な~ご。

「くんなっ」

 すり寄る子猫を蹴り上げちゃった。

 一メートル以上も吹っ飛ばされて、ふぎゃっ。

 でもって、バランス崩した銀の銀髪男が、思わず西淵のおじさんの首を絞めちゃった。

 それを見て、尻餅ついてたカズラがぴょんと立ち上がった。

「ひっど~い」

「動かない」

 銀の銀髪男も反応する。

「おっちゃん、どうなっていい?」

 もっと締め上げてる。

「うぐ」

 おじさん、苦しそ。

「どうなって、いい?」

「子猫をいじめるなんて、許せないっ」

「え? そっち?」

 銀の銀髪男が戸惑った瞬間、カズラが突進していた。

「カズラッ」

 思わず叫びながら、あたしも突進。

 なにがどうなったか分からないけど、気がつくと、銀とピンクの変態銀髪男が尻餅ついてて、西淵のおじさんはあたしが抱きとめていた。

 ほいでもって、棚の壷やら皿やらが、いくつか落っこちてがちゃんと割れた。

 その瞬間、西淵のおじさんが深いため息ついて脱力した。

「もうだいじょぶだよ、おじさん」

 キュッと抱きしめてあげた。

 *

 途端にコブシがパッと笑顔。

「きっかけ、ありました」

「そっ」

 モニターの四角い顔のおじさんもにこっとソフトクリームぺろり。

 *

 目を丸くしているのは銀の銀髪男。

「モノホン、シュバリアン、なんで?」

「聞いてません」

 ピンクが返事する。

「もっと簡単な作戦だって・・」

「分かりません」

「どうすんだよ」

「それは命令でありますか」

「くあっ」

 とかやってる間に、こっちの耳元では、

「パワーが上がってる」

 コブシの声が響いてた。

「その調子。みんな、おのれの強さを、信じてっ」

「分かったよ、コブシ」

 おのれの強さとかを、ちょっとだけ信じる気持ちになった。でもって、分かった。

「こいつら、西淵のおじさんからなにか聞き出そうとしてるのよ」

 銀の銀髪男が、うっと焦った。

「ってことは、おじさんに危害は加えられないのよ」

「そうだ、カンナ、偉いっ」

 耳元で下川先生の声が響いた。みんなも、はは~んって目であたしを見てる。

 どうやら図星だったね。

「なんか分かんないけど、なにが起きるのかわかんないけど、信じよ、おのれの強さとかを」

「おうっ」

 カズラとアヤメが、あたしと一緒に身構えた、その瞬間、

「よぉ~っしゃ」

 羽交い締めされてたスミレとミズキが、おのれの強さを信じてみた。

 両腕に力をこめると、ぬあんと、羽交い締めしてた黒と白の変態銀髪男が吹き飛ばされたではないか。

 白いのは部屋の隅っこに逆さにどすん。黒いのは、青いのとピンクのをなぎ倒して、いっしょにどさり。

 その勢いで、またまた壷だの皿だのがいくつも落っこちて、ガシャガシャガシャン。

 あたしの腕の中で西淵のおじさんが、ふぁ~~っ。

「やった、やったよ」

「あたしら、つおい」

 スミレとミズキがうれしそうにこっちサイドに走ってくる。

 焦ったのは尻もちついたまんまの銀の銀髪男。

「アーマーがインフレートしております」

 逆さのまんまの白いのの報告に、

「わぁ~って、るよん、なもの」

 ぶつぶつ言いながらもぞもぞと立ち上がる。

「やるかっ」

 あたしが身構えると、

「わあっ」

 大の字になって後ろに飛び退いて、棚にがしゃん。またまたいくつかお皿や茶碗ががしゃん。

 くぇっ。おじさん、喉の奥でヘンな声出した。

「こっちゃ、こっ、イルカクーコ変態っす」

「はっ」

 四人の変態銀髪男がどどどっと銀ののまわりに集まり、ついでにまたまたお皿と壷落として、がちゃん。

 おじさんが喉の奥でくぇっ。

 ほんで、銀ののが、ポケットから色もカタチもレモンみたいのを取りだし、焦りながらぎゅっと握りつぶした。

 すると、ぶおっと分厚くてでかいシャボン玉みたいなのが広がり、五人の変態銀髪男どもを包みこんでしまった。

 なんじゃこりゃ。

「お前たち、つおい。けど、こっち負けない。お前たち、この皮、破けない」

 ん? なんか知らんケド、防御態勢に入ったらしい。


7・三曲目を用意して


 でかいシャボン玉の中で、

「ルゲーニ?」

 白いのが銀ののに聞くと、

「サマカッ」

 銀のが首を横に振ってる。

「ピンジャング・ツールンガだっ」

 訳わかんないこと言うと、ほかの四人の目が、ひっとひきつった。

 でもって銀のは、お尻のポケットあたりから、なにやら筒状のモノを取り出した。

 どっかをピッとすると、そいつがパタパタと折れ広がり、さらに折れ広がり、さらに・・と繰り返すうちに、直径50センチ、長さ1メートルほどの大筒になったのです。

 ん? 大筒?

 次にゴルフボールほどの玉を取りだし、またまたぴっとすると、それもぱたぱた折れ広がるを繰り返し、大筒にきっちり入る大玉となり、銀の銀髪男はそれを大筒に装填したのです。

「これ飛ばす。ばんっとなる。煙出る。煙あたるジンルイ、みなびりびり。分かる?」

 えっ?

 思わずひるみますよね、そりゃ。横ではミズキがもう頭抱えてました。

「お前たちのひとつばん壊されての困るのモノなに?」

 こいつ、かなり焦ってる。だって、声がうわずってんだもん。

「お前らが詰まってる、丘の上の窓つき四角い箱の並びか」

「は?」

「ほら、お前らみたいのが詰まってて、つまんなそうにしてる」

「ひょっとして、ウチのがっこ?」

 カズラが素っ頓狂な声を上げる。

「そう。これはっしょ、みんなびりびり」

 くっ。あたしの眉が、片っぽだけぴっと上がった。

 学園のみんながびりびりなんて、冗談じゃない。入ったばっかなのに。

 ぐいっと一歩前に出ると、巨大シャボン玉の中の銀の銀髪男、思わず後ずさり。

 けどそこはもう壁際で、頭の上には明かり取りの天窓が斜めにかぶさっていた。

 ふっと上見た銀の銀髪男が、ぬあんといきなし、大筒を頭の上にかかげて、真上にジャンプした。

 ガッシャ~ンッ・・!

 天窓のガラスがぐしゃっと割れ、破片がばらばらと巨大シャボン玉の上に降ってきて、あちこちに弾けてる。

 すると、テンポのいい音楽と、それに合わせた手拍子が聞こえてきた。

 GGC Wonderersのパフォーマンスがもう始まってるんだ。

「ラルブレッセ・スルーパのムスターシ、どこ? それ教えれば、みんなカンニングしてやる」

 どうもこいつの言ってることわかんね。

「知らないこと教えられないじゃん」

 カズラが言い返した。

「だから、知ってるのモノ、連れてくる。しゃべらせる。それ、お前にもか、のう」

 なんかずるっとくるしゃべりかた。

「しないと、ぼんっでぶわぶわ、みんなびりびり、い~の?」

 こいつら、Wonderersがパフォーマンスしてるステージに、びりびり玉を撃ちこむつもり?

 そんな・・・。

「い~のっ?」

 銀の銀髪男の焦りまくった声が響く。

 そんなこと、い~わけない。

 けど、どうすれば・・・。

「どうすればいい、コブシ」

「あ、ちょっと待って」

 コブシの声も、ちょっと焦ってる。

 *

「ハカセッ」

 隣の蔵地下で、コブシがモニターの中の四角い顔のおじさんに助けを求める。

「あ、さっきメイルした」

 ま~だソフトクリームぺろっとして、あっちいっちゃった。

「え?」

 コブシ、あわててコンソールをかちゃかちゃかちゃ。

 *

「コブシ、どうすりゃい~の」

「あ、あのね、きっぱり戦えば、防御殻は破れるって」

「ぼーぎょかく?」

「その、でっかいシャボン玉みたいなヤツ」

「きっぱり・・・」

「そうだ。きっぱり戦うんだ、ミズキッ」

 下川先生の声が響いた。

「それがお前たちの、シメイなんだ」

「だから、髙井カズラ」

「そのシメイじゃないってば」

「じゃ誰が指名したんですか」

 と、こちらスミレ。

「そのシメイでもないっ」

「与えられた、大切な任務のことっ」

 コブシの声が響く。

「与えられた、大切な任務・・?」

「そう。姉ちゃんたちにしか、できないことなんだ」

 あたしたちにしか、できないこと。

「ジンルイを、がっかりさせるなっ」

 また下川先生の声だ。

 ステージからは盛り上がる音楽の音が聞こえる。

 ふっと見ると、仲間に支えられて、アザミが、ユリエが、きれいなジャンプを決めている。

 わぁ~っと拍手が起こる。

「ぼんっでぶわぶわ、みんなびりびり、い~の?」

 焦った声で叫ぶ銀の銀髪男をきっぱりと見た。

 そんなこと、させない。

 そうだ。そんなこと、ぜったいにさせない。

 わたしはどうしてだか、きっぱりと思った。

 hey hey hey hey・・・!

 お客さんのコールが聞こえてくる。

 あの、盛り上がってるステージを、こんなヤツらにダメにされてたまるか。

「Wonderersのステージは、あたしたちが守る」

 見てろよ、ユリエ。

「あたしたちにしか出来ないっていうなら、そのシメイとやら、引き受けてやろうじゃないの」

「なんかいい」

「さっすがリーダー」

 アヤメとスミレ。

「しかしだな、カンナッ」

 先生、うるさいっ。

「そしていつの日か、歌と踊りの力で、GGCを越えてやるんだ」

 へ?

「コブシ、三曲目の用意」

「へ?」

「三曲目の音源を用意してっ」

「いいけど」

「さっさとやって」

「わかった」

 コブシが、戸惑いながらも姉ちゃんの言うこと聞いた。

「なんのつもりだ、ミズキ」

 先生の声が響いてる。

「だよね」

「三曲目って・・」

「ここで?」

 スミレもミズキもカズラもこっち見てる。

「誰も見てないのに?」

 アヤメも不思議そうに言ってる。

「うん、そう、ここで」

 あたしはやっぱり、きっぱりと言った。

「おい、ミズキッ」

 先生、るっさい。

 無視して、みんなを見た。

「みんな、さっきの気持ちを思い出して。Wonderersの二人に、上から目線で見下ろされたときの気持ちを」

「そ、そんなことを今・・・」

「そうじゃないっ」

 あたしは先生の声にきっぱりと言い返した。

 どうしてだか分かんないけど、あたしはきっぱりとしていた。

「ここが、この場所が、みるきぃクレヨンの、未来への第一歩なんだ」

 破れた窓から聞こえてた音楽が終わって、一瞬、その場がシンとなった。

 向こうもラストの一曲だな。

「コブシ、用意はできた?」

「うん」

「よっしゃ。みんなは?」

「そういうことなら、やるさ、三曲目」

 真っ先に、ミズキが前に出た。

「地球を守るアイドル、悪くないんじゃな~い」

 カズラが続いた。

「やるやるぅ~」

 アヤメがぴょんとジャンプして前に出た。

「しゃあない。乗るか」

 スミレも。

 これでメンバーの気持ちはひとつになった。

 たぶん。

「それでは聞いてください。みるきぃクレヨンの三曲目。『Just do it』」

 ぴっとメンバーが整列する。

 よっしゃ。



8・さぞやどや顔でステージに立ってるんだろな


「ミュージック・スタート」

 ヘルメットの中でイントロが流れ出した。

 この曲が好きだったんだ。少しだけアップテンポで、メロディーも気持ちよくて。

 ケイオンのアイツが作ってくれた、この曲が。

 さ、ステップ踏み出して、腕の振りも付けて。

 でもって、あれ? いつもより切れてるじゃない、踊り。あたしもだけど、みんなも。ぴしっと揃ってるし。

 さ、歌だよ。


♪just do it

 その一歩を踏み出せ

 キミならきっとできるから


 隣の蔵地下でも、映し出されるわたしたちの姿に、下川先生とコブシが目を丸くしてた。

 踊れてるじゃないか。

 キレもいいじゃないか。


♪退屈な昨日なんか

 置き去りにしてしまえ

 破り捨てろ 汚れた日記など


 それ、ワンツースリーと前に出て、踏みこんで・・・。

 いっけぇ~っ。

 巨大シャボン玉の中で、五人の変態銀髪男どもがびびりまくってる。

 よっしゃ、いっけぇ~っ。


♪just do it


 5人のキックが、巨大シャボン玉の表面に突き刺さった。

 すると、ぶよぶよぶにゃぶにゃしてたシャボン玉の皮が、まるでガラス玉を割るように、砕け散ったではないか。

 粉々になった小さな破片が、ばんっとふくれあがって、でもって、きらきらと空間いっぱいに舞っている。

 赤いのや、黄色いのや、緑のや、紫のや、ピンクのも・・・。

 あれ、あたしたちのイメージカラーといっしょじゃないか。

 きらきら、きらきら。


♪just do it

 その一歩を踏み出せ

 キミならきっとできるから


 五色のキラキラの中で、わたしたちは踊りつづける。

 まいて、まいて、でもって振って。

「あうっ」

「ぎゃっ」

 振った手がパンチになって、五人の変態銀髪男どもがつぎつぎとのけぞる。

 こうなったら、もう止まらないぞ。


♪恐れることなんかない

 明日はもうぼくたちのもの

 手に入れろ 光る1ページを


 ターン、ステップ、キック、でもって腕を上げて、伸ばして・・。

 ダンスの動きが、どれも相手への攻撃となって決まるではないか。

「わっ」

「んぎゃっ」

 変態銀髪男どもも、もはや頭抱えて突っ立てるしかない。


♪just do it

 その一歩を踏み出せ

 キミならきっとできるから


 今や、自分で体を起こした西淵のおじさんも、隣の蔵地下の下川先生とコブシも、わたしたちの動きに見とれてた。

 だって、切れてるんだもん。

 ホンモノのアイドルみたいに踊れてるんだもん。

 これなら、アザミやユリエに上から目線で見下ろされることもない。


♪just do it

 その一歩を踏み出せ

 キミならきっと キミならきっと

 叶えられるからぁ~~~


 最後のターンから、ラストのキック。

「うげっ」

「ぎゃっ」

 変態銀髪男どもが、全員どすんと、壁際で尻餅ついた。

 でもってこっちは、みんなで決めポーズ。

 その時、割れた天窓から、割れんばかりの拍手と歓声が聞こえてきた。

 もちろん、Wonderersのパフォーマンスが終わって、声援に包まれているのさ。

 ユリエも、さぞやどや顔でステージに立ってるんだろな。

 けど、こっちだって。

 あたしはほんのちょっとだけ、歓声が、わたしたちのもののような気持ちに浸った。

 どんなもんだい。

 あたし的どや顔で、目の前の銀の銀髪男を睨みつけた。

「てっ、たいてっ、たいっ」

 銀のが、落っことした大筒と大玉を拾い、ぱたぱたとたたんでポケットかどこかに突っこみ、

「るげーに!」

 甲高い声で叫んで、真上にジャンプして、割れた天窓から逃げ出してゆく。

 おや、けっこ身体能力あるじゃん。

 残る四人の変態銀髪男どもも、大慌てでつぎつぎとあとを追って逃げ出してゆく。

「まて~い」

 カズラが、追いかけようと前に出る。

 けど、

「姉ちゃんたち、外に出ないでっ」

 コブシの声が響いた。

「あっ、そっ。んじゃ、今日はこれくらいにしといてやるよ」

 カズラがつまんなそうに引き返してくる。

 と、

「ひゅ~~~」

 空気が漏れるみたいな声出して、西淵のおじさんが、腰が抜けたようにへたりこんじゃった。

「だいじょぶですか」

 慌てて、スミレとミズキが支えてあげてる。

「ひ、秘密は、守ったよ」

「はい、ご立派でした」

 下川先生の声だ。

「けど・・・」

「はい?」

「コ、コレクションが・・・」

「コレクション?」

「古伊万里に、古九谷に、京焼に、唐三彩に・・・」

 目線の先に、棚から落ちて粉々に割れた壷やら大皿やらが床に散らばっていた。

「高かったんですね」

 あたしは思わず、同情して言った。

「しかし」

 下川先生が答える。

「地球は、守られたんです」

 こくん。西淵のおじさん、無念のようす。

「そうよ、あたしたちが地球を守ったのよ」

 あーまーの体でカズラが胸を張ってる。

「実感、ある?」

「まぁまぁ、かな」

 スミレの問いにアヤメが答えてる。

 割れた天窓からは、まだ拍手と歓声が聞こえている。

 手を振りながらステージを下りるWonderersの姿が見えるようだ。

「いつか、あたしたちも・・・」

 気付いたら、声に出してた。

「Wonderersより、もっとおっきな、拍手と歓声をもらおう」

「だね」

 ミズキが頷く。

「けどさぁ、今のあたしたちのダンス、切れてたよね」

「うん、自分でもびっくりしちゃったもん。これが地球を救うのかって」

 と、スミレとカズラ。

「今のだったら、いけるよね」

「確かに」

 アヤメとミズキもつづく。

「みんなに、笑顔を届けよう。わたしたちの歌と踊りの力で」

 我ながら、じんせいでいっちゃんきっぱりと、みんなの顔を見ながら、言った。

「うん」

 メンバーのみんなも、きりっと頷く。

 わたしたち、今、イケてるんじゃね?

 と、思った途端、

「アイドル・パフォーマンスには使えないから、アーマー」

 下川先生の声がした。

「へ?」

 わたしたちの顔の筋肉から、あーまーが外れた。

 かくっ。

 その上、

「姉ちゃん、いっこごめん」

「なに」

「ハカセからの伝言、[きっぱり]じゃなくって、[しっかり戦え]だった」

 今さら、かよ。


9・地球常識が、ない


「ど~ゆ~ことなんですか?」

「そうですよ。なんにも聞いてないのに、いきなりバトルだなんて」

 リーダーのあたしが口火を切るべきだったかも。けど、部室に戻ると、スミレとアヤメが、もう下川先生に詰め寄ってたんだもん。

 あ、部室っつっても、元演劇部の倉庫だった、窓もない小さな部屋なんですけどね。

「わたしだって驚いたよ。そういうことがあるかもしれないと、聞いてはいたけど、まさか、ねぇ」

「ねぇ、じゃないですよ。ちゃんと説明してくださいよ」

 最年少アヤメ、勇士だ。

「だから、キミたちが、ハカセに、その、つまり、え、選ばれてしまったのだよ」

「ハカセ?」

「ほら、先々週、脳波とったときにいたでしょ」

「あ~あ~」

 みんな、なんとなく思い出した。

 そう、先々週、なんかのデータを取るお手伝いとかで、みんなの脳波を取ったんだった。

 そういえば、その時、四角い顔のおじさんがいたっけ。

 あれ、旧倉庫の一階だったな。

「ハカセって、なんのハカセなんですか?」

 と、聞いたのは、スミレ。

「ハカセは、宇宙人なんだ」

 うちゅ~じん?

「変人って意味?」

 カズラが聞いた。

「いや、ホントの宇宙人」

 顔を見合わせるわたしたち。

「UFOとか、信じる?」

 スミレが、みんなに聞く。

「あたしは信じる」

 即答したのは、カズラだった。

「やっぱいたんだ」

 腕組みまでするか。

「そう、その宇宙人が、地球を侵略しようとしているんだ」

「ヤバい」

 真剣に答えるカズラだったけど、わたしたちはリアクションに困ってた。

「けどハカセは、侵略に反対してて、それで、宇宙人が活動できなくなる装置を作ったんだ」

 また分かんなくなった。

「その装置を守るため、宇宙人と戦うのが、キミたちの使命なんだ」

「重いわ」

 腕組みのままのカズラが重々しく言う。

 この子、そっち系だったのか。

「でも、なんであたしたちなんですか」

 ミズキ、もっともな質問。

「だから、あのアーマーは、きみたちの脳波にしか反応しないんだ」

「はんのうはんぎょ」

 スミレのつぶやき。

「それを言うなら半信半疑」

 突っこむ下川先生。

「阪神ファンは下川先生でしょ」

 と、あたし。

「そう、六甲おろしを聞くと体が反応して・・って、そうじゃないでしょ」

 会話がかみあってません。

「誰かほかのヒトに代わってもらえないんですか?」

 と、ミズキ。

「うん、勉強と部活の両立だけでも大変なのに」

 こちら、スミレ。

「ムリ」

「ムリ?」

「選ばれちゃったんだもの、キミたちが」

「なんで?」

「だから、その、システムを開発したハカセがだな、キミたちの、その、ぴゅ、ピュアなハートに惚れてしまったのさ、あはは」

 あはは、じゃないでしょ。

 なんかごまかしてる。

 そう、実は、脳波取るのが、一人3000円のアルバイトで、バイト代は、揃いのオリジナルTシャツに化けていたのでした。

 でもって、あのあーまーは、その脳波でしか起動できない仕掛けになっていたのです。

 わたしたちがそれを知ったのは、ずっとずっとあとのことでしたケド。

「感動的だわ」

 すっかりその気になっているカズラだけが、マジで感動してます。

「怪我とか、しない?」

「だいじょぶだよ」

 アヤメの問いに反応したのも、カズラ。

「さっきだって、あんだけバトルったのに、そんな痛くなかったじゃん」

「その点は、ハカセも保証していた」

 あ、そうなんっすか。

「結局、それやらないと、アイドル騎士団、つづけられないってことなんですか?」

 ミズキが、不安そうな、マジメな顔で聞くと、

「なに言ってるの。アイドル騎士団の活動の一部よ」

 カズラが両手を腰に、胸をはって堂々と答えた。

「そう、そうそうそう、そう」

 と、下川先生。

「あたしたちが、地球を守るの」

 ってカズラ、ホンキかよ。

「買ってきましたぁ~」

 コブシが、コンビニの袋を下げて入ってきた。

「おう、ご苦労さん」

 コンビニの袋受け取って、下川先生がテーブルに置く。

「シュークリーム、先生の奢りだ」

「わ~いっ」

 シュークリームへの反応の速さでは世界一のアヤメが、早くも一個つかんで封を切ってる。

「今、ハカセと話してきたんですけど・・・」

 自分も一個取りながら、コブシが先生に話しかけてる。

「どこで?」

 突っこむのは、あたし。

「話の途中だから」

「なんであんたがまざってるのよ」

「姉ちゃんたちだけじゃ頼りないからだよ」

「なぬを?」

「いいから、ちょっとハナシ聞こうよ」

 先生に割って入られた。

 コブシ、あたしにぺっと舌だしてから、話を続けた。

 きしょっ。

「宇宙人が接近してくると、使っているパルスを感知して、発見できるはずだったんです」

 あたしもシュークリームた~べよ。

「それで?」

「でも、宇宙人もそれに気付いてて、パルスを出さずに接近したんだろうって」

「それで、西淵のご主人、襲われちゃったの?」

「問題は、なぜ西淵のおじさんが秘密を知ってるって、気付いたか、だって」

「なんでなの?」

「見当はついてるけど、確認してみるって言ってました」

「じゃ・・・」

 コブシが頷いている。

「まだ危険はあるかも」

 ひょえっ。下川先生が渋い顔してら。

「でも、対策は考えるって、ハカセが」

「だよね、じゃないと困るよね」

「でも、パルスが出てないとき、つまり、彼らの科学装置を使ってないときは、ふつうに人間なみのパワーしかないんですって」

「あ、そうなの」

「あと、もうひとつ」

「なに?」

「宇宙人を見破るポイントは、地球常識がないことなんだそうです」

「地球常識が、ない」

「はい。そこで、宇宙人だと見破れるって、ハカセが」

 ほ~お。

 *

「地球常識のレクチャーは受けたんだろうな」

 こちら、芸人風派手はで制服の、階級が高そうな宇宙人です。

 でもって、

「あ、はい」

 と、返事をしているのが、あの、西淵のおじさんを襲った、最初の銀髪男です。

 場所は、月の裏側に浮かんでいる宇宙船の中なんですってさ。

 どんなとこなんでしょ。

「なのに、なんでシャケ缶?」

「サケを、手に入れろ、と」

「俺がそんなこと言うと思うのかっ」

「はっ」

 だって、初めての地球がけっこう面白かったんだもん、と思ったらしいのですが、口には出しませんでした。

 賢明です。

「俺が言ったのは、サケンテの高度下がったポイントに、ラルブレッセのだな・・・」

「あの・・・」

 ヒトのハナシの途中で、銀髪男が怪訝に顔を上げました。

「自動翻訳機のバージョン・アップはされましたでしょうか」

「え?」

「作戦前に案内が」

「ウソで?」

 派手はで制服男が、口ぽかん。

「マジで、です」

 銀髪男が指摘する。

「バージョンが違うと、このように互換性の問題が生じるのだとか」

「だから?」

「コミュニケーションの阻害要因になると」

「それで?」

「たとえば、サケ、シャケ、サーモンのような・・・」

「もういいっ、下がれっ」

「はっ」

 銀髪男がうれしそうに退出していきました。

 さ、シャケ缶た~べよっと。

 憮然とした表情の派手はで制服男、窓、みたいなスクリーンにもたれます。

 そこには、宇宙から見下ろす地球の姿が。

「認めたくないよな。バカだから、ドジったなんて」

 ちなみに派手はで制服男、名前をヂャアというのだそうです。

 なんのこっちゃ。

 *

「今は叔父上のおかげで疑られている身の上だ。あまり目立つことはするな」

「てへぺろっ」

「しょうがないヤツだ。で、どうだった?」

「い~ところよ、地球って」

 すご~くい~声の、でもって超美形の男子と、透き通った声に、ちょ~かわゆい顔の少女。

 誰なの?

「兄さんも、行ってみる?」

「悪くないね、地球常識でも学びに行こうか」

 すらりとした体を少しだけ折り曲げて、テーブルに両手をつき、その表面のスクリーンを見下ろします。

 そこにも、地球の姿が。

「シュバリアンか。叔父上のやりそうなことだ」

「戦ってみたい?」

「そうだな。いずれ、宇宙に出てきてもらおうか」

 すると、映像がどアップになり、グーグル・マップおっきくするときみたいに、ちゃかちゃか拡大され、おしまいに巌厳学園の校舎になったのでした。

 そっ。見えている第二校舎の一階の隅っこに、わたしたちがいるわけです。

 *

 でもって、わたしたち。

「あんただって地球常識ないじゃない」

 シュークリーム食べながら、コブシに言ってやります。

「姉ちゃんよかよっぽど地球常識もってますよ」

「どうだか」

「だからハカセから、姉ちゃんたちの面倒を見るように頼まれたんだもん」

「なぬ?」

 コブシめ、なんか威張ってやがる。

 ふんっ・・と、足組んだら、あら、靴が汚れてる。

 まじまじと見るあたし。

「ねぇねぇ、シュークリームのクリーム、靴に塗ってもいいのかな」

「え?」

「だってシューって、靴のことじゃん」

「へ?」

「地球常識が、ないっ」

 え? なんでなんで? なんでみんな、あたしのことそんな目で見るわけ?


 そんなわけで、わたしたちは今、こんなことになってマス。


[おわり]

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