昼むかしは鼠が笑う

「ねえ、こんな昔話知ってる?」


 たまたま食堂で私とサークルの後輩の八崎やざきさん、そして同じくサークル仲間の聡梨さとりちゃんで昼食を取っていますと、聡梨ちゃんは自慢のゆるふわヘアーをかき上げながら、そんな切り出しで語り始めました。

 昔々、というテンプレートで始まるその昔話は、どうやらいずこかの村で起きた怪談話らしいです。

 恋する男に裏切られ身を投げた娘の怨霊が姿を現し、いざクライマックスか、と言うとき、八崎さんが口を挟みました。


「先輩、昼むかしは鼠が笑いますよ」

 ぽかんとする私と聡梨ちゃんに対して、八崎さんは静かに解説しました。物の本によれば、昔話は夜にするものなのだそうです。

「昼むかしは鼠が笑う、とか鼠に小便を引っかけられる、とか言って戒められて来たんですよ」

 ほお、それは興味深い事実ですが、今は食事中です。八崎さんは気にせずチキンストロガノフを口に運びましたが。

「それはまた、不思議な戒めですね。どうしてです?」

「昔話というのは、語られて伝えられてきたわけでしょ。聡梨先輩も誰かからその話を聞いたはずです。その誰かもまた別の誰かから……。連綿と受け継がれてきたのが昔話です」

 なるほど確かに、昔話と言うのは基本的に口承、口伝のものでしょうね。今現在は活字に直されたものも出回っていますが、元を辿ればそういうことになるでしょう。

「今先輩が語った昔話が本当に古くから語られたものか、それとも最近出来たものなのかはわかりませんが、いずれにせよ何度かは口づてにして伝えられたわけですね。となると言葉にして発していたわけです」

「ま、まあそうだね。でもそれが?」

 聡梨ちゃんは話を促しました。

「言葉には力が宿ります。言霊という奴ですね。さて何度も語り継がれた昔話ともなると、一体どれほどの言霊が宿っていることでしょうか。それを誰もがアクセス可能な状態で野ざらしにすることほど危険なものはありません」

「つまりですね、本来昔話と言うのは日も暮れた夜、閉じられた部屋で、限られた相手にだけ語るべきものなのです。白昼堂々べらべらとしゃべってしまえば、何が寄って来るかわかったもんじゃありませんからね」


 八崎さんの落ち着いた語り口は、決して私たちを驚かせようとか怖がらせようとか意図している物には思えません。ですがそれが逆に余命を宣告されるような恐怖を煽っています。計算づくなら大したものですね。

「ま、まっさかー。どうせこんなの迷信でしょ? 鼠なんて怖くないし」

 などと聡梨ちゃんは言っていますが、箸が進んでいませんよ。一方の八崎さんは語りながらもぱくぱくと食事を進めています。

「ええ、そうかもしれないですね。まあ“鼠”というのがなにかの比喩ではなく、文字通りの意味であることを願っていますよ」

 と言ってチキンストロガノフの最後の一口を平らげた八崎さんは、かちゃん、と小さな音を立ててスプーンを置きました。

 そして私と聡梨ちゃんを残して席を立ちます。去り際に私にだけ聞こえるように言いました。

「まあ、途中からは全部あたしの妄想なんですけどね」


 私は知っていますよ、八崎さんはお化けが大の苦手だということを。

 八崎さんの唐突な語りは怪談の続きを聞きたくなかったが為なのです。

 でもまあ、昼むかしは鼠が笑うという言葉は実際にあるようなので、昼間から昔話はなるべくやめましょうかね。

 真面目に気にしだしてそわそわしている聡梨ちゃんみたいになってしまいかねませんから。

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