第6話



「…ギルマスー、居るー?」


「ギルマスなら今会議に出てて居ないよ、リーズ」


ギルドに入ると、二階部分のカフェから答えが返って来て上を向く。

そこには真っ赤な髪をポニーテールにしている女が居て、リーズは笑顔でぶんぶんと両手を振り回す。


「リゼ姉!リゼ姉久しぶりー!」


「久しぶりだねぇアンタは!もう、どこほっつき歩いてんだい、最近街で噂を聞かないと思ったら…っ!」


二階まで来ると、懐かしい顔から初めて見る顔まで様々だ。


「久しぶりだね、リーズ!

まだ行商続けてるのかい?」


「リーズ久しぶりー!相変わらず可愛い武器背負ってるね」


「さっき一緒に居た子誰?美人さんだったね」


顔馴染みはすぐに近状報告や懐かしい話しで盛り上がる。

その中で一つの話しに食い付いたリゼは、首を傾げながらリーズに問い掛けた。


「黒髪の女だろう?珍しいね、アンタが旅に人を連れて行ってるなんて」


「まあ色々事情があってね、1人で背負うには複雑過ぎるから私も混ぜてもらおうと思ってさー!」


机の真ん中で人垣に囲まれる形で話し始めると、どんどんと情報が行き交う。


西の事、東の事、北の事、南の事。

海、山、川の出来事から一つ隣の街の事。

みんなが寄れば知ってる情報知らない情報なんでも揃う。

それが大型ギルドの良いところその1だ。


「へぇ、って事はその黒髪の子は不慮の事故でこっちに召喚されたと」


「そうみたいよ」


「えげつないねぇ…まだほんの子供だろうに」


涙目で嘆くリゼに「ユイナもう22歳なんだって」と言うと、周りは固まった。


「ユイナ、私の2つ上なんだよ」


「え…じゃあリーズと並んでるから余計に幼く見えるのか?」


「私のせい!?」


立ち上がると「良い事だよ」と周りに宥めすかされた。

だから好きでこの身長な訳じゃないのに!


「でもほら、物好きは物好きでロリ好きと言うか、需要はあるし?」


「何の需要よ何の!

って言うかロリって何よ、私来月で20歳よ!?

庶校卒業してる辺りで成人だって言っても良いのに、まず信じてもらえない辺り私ってば不幸じゃない!?

それに私幼児体形じゃ無いから、あるから!胸!」


「あーはい、ほらほら…分かったから。

脱ごうとしないの、ね?」


リゼが自暴自棄になりかけたリーズを止めていると、また1人の男がギルドに顔を出した。

その男にリゼが声を掛けると、男は溜息を吐き出しながら二階まで来た。


「……また、何を暴れてるんですかあなたは」


「あ!アラン!お仕事終わったの?」


「ええまあ。…ユイナさんは?」


きょろりと見渡すと「ターニャおばさんのところに置いて来た」と返って来た答えに「むごい」と瞬時に返した。


「彼女、まだこの街に来て日が浅いのでしょう。

普通心配したりとか…」


「おばさんとユイナなら平気。

空気が似てるから、私よりも落ち着いて話しが出来ると思うよ」


にひっと笑うと「それより」とリーズは話しを変えた。


「今日の晩御飯何にする?

ギルマスにユイナの事報告してからお買い物行くつもりなんだけど」


「ああ、今日は魚が食べたい気分ですね」


「そ、分かった」


「……ナチュラルに会話してるけどおふたりさん、帰る家が同じになったのかい?」


「今日からアランの家に泊まらせてもらうのー。

だから、私いつもお世話になってる間の晩御飯担当なんだよ」


そう言ってアランに首を傾げると、こくんと頷いて双方が不思議そうな目でリゼを見返す。

まるで「なんで?」と問われそうな目で見られ、リゼは「そうかい」と視線をそらした。



「…じゃあ私はこれで、ギルマスもいらっしゃらないようですし。

ユイナさんの迎えは私が終業後に行きますから、先に家に行っていて下さいね」


鍵を受け取りながら、リーズは「了解」と笑顔で答えた。


それを一同がぽかんと見守り、広場の時計がボーンと鳴った時。

リーズがポツリと呟いた。


「…さっきお仕事終わったって言ってなかったっけ?」


その呟きに答える者は居なかった。






「…と、言う訳なのよ〜!」


「ええっ、意外!リーズって、結構向こう見ずなところがあるように見えてたから、てっきり学校でもそうだったのかと思った」


仕立て屋内で、リーズの昔話しに花を咲かせていたターニャとユイナは、それぞれが紅茶の入ったカップを傾けながら微笑んだ。


「この世界の学校は、私の居た世界の学校と全く違うって感じ」


「ユイナちゃんの居た世界の学校はどんなものだったの?」


「うーん…朝起きて学校に行って…国語とか数学とか、理科とか社会とか、本当に役立つのか分かりもしない教科書を先生に言われる通りに学んで行って、友達とわちゃわちゃ話して帰るだけかな。

元々私の居た世界は殺し合いとか、戦争とかは昔の話しで平和的だったって言うのもあるけど。

何より色んな考え方の人の居た世界…みたいな」


「そうなの…でもここも本当に平和よ?

リーズちゃん達みたいな魔法が使える冒険者さんを除けば、全員これと言って力のない男と女の集合体なんだもの。

私もそうだけど…私たちのお家から冒険者さんが出るだなんて誰も考えなかったし、多分その頃からリーズちゃんはこんな狭い世界だけじゃなくてもっと外に目を向けていたんだわ」


そっと窓の方へと視線を反らしたターニャは、微笑んでユイナに問い掛けた。


「ねえユイナちゃん、私あなたみたいな素敵なお嬢さんがリーズちゃんのそばにいてくれたらとても嬉しいわ。

私はたまに帰ってくるあの子を甘えさせてやる事しか出来ないけれど、きっと素直な心で向き合える素敵な子だと信じているの。

だからね、これからも…リーズちゃんをお願いします」


突然の言葉に困惑しながらも、ユイナはさっきまでの話しを聞いていたので少しだがリーズがどんな子なのかを垣間見た。

そしてそれを考えた上で、ユイナも笑ってターニャの手を取った。


「こちらこそ。得体の知れない私なんかに付き合うって言ってくれたリーズには本当に感謝してるの。

だから私があの子に出来る事があるのなら、なんだってするつもりよ」


「ありがとう」


にこりと微笑み合う二人は、ドアベルの鳴った音に揃って首を向けた。


「失礼します、ユイナさんはいらっしゃいますか?」


「アランさん?どうしてここに?」


席を立ち、玄関に立っているアランのそばまで走ると、首を傾げて問い掛けた。

ここに放って行った張本人のリーズは一体どこに?


「リーズには夕飯の買い物をお願いしました。

あなたに少し用があって来たのですが、お話しの途中でしたか?」


そう言って奥の部屋に居るターニャに問い掛けると「大丈夫よ」と言って立ち上がった。


「服の方はいつも通り既製品を少し直す事で解決したわ」


「そうですか。それでは連れて帰っても?」


「ええ、リーズちゃんにもよろしくね」


「え?」


きょとんとしているユイナの手を引くと「行きますよ」と事もなげに店を出た。

慌てて振り返りターニャに頭を下げて、手を引かれるがままに歩き出す。

リーズと進んだ大通りなのに、隣に居るのがアランだと言う事を意識すると途端に景色が違って見えるのが不思議だ。

それはやはり男女の違いから来るものなのだろうかと考え込んでいると、前を進むアランの足が一つの店の前で止まった。


「着きました」


「……わあ」


他に言葉が出なかった。

看板にはぬいぐるみが描かれており、店内に入るとかなりファンシーな物で溢れ返っている。


「どれでも好きな物を選んで下さい」


「選ぶ?何をですか?」


「ぬいぐるみです」


「ぬ、ぬいぐるみですか…」


ユイナは脱力しながら、目の前のぬいぐるみ達を見た。

クマ、ウサギ、ヒツジなどの可愛らしいものから、ヘビ、クモなど少し子供は選びそうにないラインナップを見つつ、後ろで腕を組んで見守っている風なアランに問い掛けた。


「……どうしてぬいぐるみを買ってくれるんですか?」


「え?」


「え?」


驚いたようなアランに、同じく驚きで返したユイナ。

アランは首を傾げながらこう言った。


「…女の子は、ぬいぐるみが無いと眠れないとリーズが言ってましたから…」


「……それ、本気で言ってます?」


「ええ。…あの、もしかしてそうでも無いのですか?」


「…ええと」


真剣な表情のアランに真実を話して良いものか…。

悩みに悩んだユイナは「そうですね!」と苦笑いでごまかす事にした。


「そうですそうです、それよりアランさん、リーズは何のぬいぐるみにしたんですか?」


「リーズですか?彼女はウサギのぬいぐるみですよ」


そう言って近付くと「これです」と言って抱き上げた。

中世的な容姿もあって、違和感が無いのが素晴らしい。

普通の男の人ならこの店に入る事も抵抗があるだろうけれど。

それには知らないふりをして、ユイナは一つ隣の色違いのウサギを抱えた。


「じゃあ私はこれが良いです」


「…ウサギで良いんですか?」


「はい」


にこりと微笑むと、アランはふっと表情を緩めて会計へと進んだ。


結局買ってもらう事になったが、このウサギを抱いて眠ることになってしまった。

かれこれもう22歳だというのに、成人済みの女がウサギ抱いて寝ても許されるのだろうか。


それをひたすら悶々と考えつつ帰路に付き、いつの間にかアラン宅へとやって来たユイナは、リビングでウサギのぬいぐるみを抱きかかえてすやすやとソファーで眠るリーズを見て許された。

見た目が幼いと言われ続けて幾年月。

こうなったら仕方が無い。世界が違ってしまっているのだし、見られてバカにする程私と親しい人間も居ない。

だったら良いかと勝手に決め付け、ユイナはリーズの肩を揺らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る