北極で発見された手紙 ―エルフの娘との邂逅

――今は亡き古森ふるもり夫人の消息不明となったご子息から、夫人宛てに送られたと思われる手紙から抜粋、再編する。この手紙は、調査団のスープに紛れ込んでいるところが発見された。もう数秒気づくのが遅れたら、さぞ幻想的ながでていたであろうと、発見者フィリップスは語っている―――





















親愛なる母上様へ。


 世の中クソくらえです。ノーゴッドです。

繰り返し言い含めておりましたが私の在りし日……在世界中?

適切な言い方はわかりませんが、ともかく私がいた時には右から左でしたね。


 どうでしょう、少しは神離れできましたか?

それとも相も変わらず「月刊 神のMIWAZA ―あなたは奇跡の目撃者―」とかいう紙束に身銭を切っているのでしょうか。あえて言いましょう、紙束です。

新聞の方が使い道があって可愛げがあります。勝利とか書かれてても使い道に変わりはありませんから。

でも雑誌て。資源ごみに出すの骨折りなんですよ。

母上様腰弱いんですから神ならぬ紙の所業でやらかしたら困りますからね。

手伝えないんですからね


 でも、多分私の帰還のために祈っているのでしょう、母上様のことですから。

でしたら最低限深夜はやめてください。ご近所の苦情が結構ありました。状況が状況ですから呪術として通報されないようにくれぐれもお願いします。

に入っても見舞いには行けませんからね、悪しからず。


 さて、こちらの生活についても報告しましょうか。

先日お世話になっている、と書いたエルフのお姉さんがやけに大量のなすびを持ってこられました。ありがたいのですがこっちのなすびとは勝手が違うので今度調理方法を聞こうと思っています。なすびは好物ではあるのですが、包丁が欠けるほど硬いとやってられません。これでは鉱物です。試しに煮てみたんですが1時間経っても皮すらめくれませんでした。多分偽物です。からかわれているのでしょう。


 そういえば、彼女と知り合った経緯をざっくりとしか書いていなかったですね。こちらにやってきた話はもう少し心の整理ができてから書くことにします。


 逃げてたんですよ、トンボから。

母上様もトンボはよく御存じの事とは承知しておりますが、あれはトンボの姿をした何かでした。カマキリみたいな腕がありやがるんですよ。で、襲い掛かってくるんです。スピードそのままに。30cmほどの大きさなんですが、そりゃあもう生理的嫌悪って言うんですか、逃げ出したくもなりますよ。

逃げたら追いかけてくるんですよね。多分そんな習性があるんでしょうね。知ってても逃げたと思いますけど。


 そりゃコンクリートジャングルから突然リアルジャングルに来ましたからね。

「月刊 神のMIWAZA」の挿絵みたいな女神もゴッドも「これから新世界生活を始める君に」みたいなキャンペーンしてくれませんでしたからね。

逃げもしますよ。憐れんでください。

 やっぱりいいです。取り出した数珠を棚に戻してください。母上様のご信仰を否定するわけではないですけど、その数珠はパワーストーンでなくレジンです。


 で、逃げてる最中に転んじゃって。

ああ、こりゃ死んだなって思うわけじゃないですか。

 母上様、神シールを額に貼って五体投地しないでください。ケガ治ってますし、手紙書いてるんですから死んでもいないです。

母上様が心配性の度を越えているのも知っていますし、ケガとか口にしようものなら数珠持ち出してくるのは見抜いてますから。自分でも脳内再生余裕なのに驚いてますけど、それでも書いてる途中で母上様の流れるような信仰活動が映像として浮かぶのはどうかと思います。


 ああもう、今一切病気も怪我もないんで座って読んでください!

それで、気配が背後から来たんですよ。死んだな、って思ってたら走馬灯がろくなモンじゃない。

初めてできた彼女に自宅入口でドン引きされてから別れ話になったりとか、友人の所に謎の勧誘文章が届いて疎遠になったりとか。

……大体どなたのせいか、察していただけると幸いです。


 そんな不名誉な走馬灯を止めてくれたのが、勇ましい声でした。

その後、地面に伏せった私の背中の上を通り過ぎていく「なにか」の風切り音と、生々しい破裂音。

未だ体に残る生を感じながら、恐る恐る見上げた先に居たのが彼女でした。


 ええ、ええ。正直に言うとようやくそこで「あ、ここ前いたとこと違うんだわ。噂の異世界転生とやらだこれ」って思えたんですよね。

なんていうか、民族衣装みたいな緑中心の服と、長い金髪と、おまけに長い耳。

絵に描いたようなエルフさんがそこにいたんですよ。前に書いた「命の恩人」ってわけです。実際死んでたかもわからないですしね。

ともあれ、お礼を言おうとしたんですけど腰が抜けちゃってたわけです。

正直がったがたしてたと思うんですよ。命の危機が去ったとはいえ、状況よく分かんないし。そしたらその子が言うんですよ。


「あら、旅行者の方ですか?」


 って。その後はまぁ、前送った通りですね。

未だにジャージ着てったことだけ後悔してますよ。

丁度今来客があったので、仕事の話はまたお送りしますね。






追伸。

 夢に千手観音みたいな母上様が出てきたのですが、新しいグッズ、買われてないですよね?

買ったのでしたら捨ててください。正直悪夢でした。


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