夜話2 詩織


これは俺が小学生だった時の話だ。俺の友達に詩織という女の子がいた。詩織とは幼馴染で、小さい頃から良く近所の他の友達も交えて、小さな川で一緒に遊んでいた。彼女は、はにかんだ笑顔がとても愛らしく、俺もいつからか、詩織のことを好きになっていた。初恋と言っていい。


あれは小学六年生の夏だった。詩織が父親の仕事の都合で引っ越すことになり、それならば最後の記念にと、友達グループの男女六人で地元の大きな祭りに行くことになった。

この祭りは県外でも名が通っており、役場周辺から祭り会場の神社まで、約百メートルの道路が車両通行止めとなって、露店が連なるほどだった。


祭り当日、俺たちは金魚すくいをしたり、りんご飴を買って食べたりしながら、その通りをブラブラと歩き、楽しんでいた。


「あれ、何だろう?」


詩織が興味を持ったのは、占いの露店だった。クシャっとした笑顔の優しげなおじいさんが椅子に座っている。


「ねえ、おじいさんは占い師なの?」


詩織の素朴な疑問に、そのおじいさんは頷きながら答える。


「そうだよ。私はね、君たちが生まれるずっと前から、人を占ってるんだ。当たるかどうかは分からないけどね。ちょっと占ってあげようか?子供は割引料金だから」


俺は「当たらない占いなんて、意味がないじゃないか」と思ったが、試しに俺が占ってもらうと、その占い師の言うことは驚くほど当たった。

まず名前を書いて見せ、次に手相を見てもらうのだが、うちが九人家族である事、四人きょうだいである事、小さい時に転倒し、頭を打って手術した事などを当てられた。その時、「本当に当たる占い師はいるんだ」と心から感動をした一方で、その先の未来も見透かされていそうな恐怖心も感じていた。案の定、「貴方には女難の相が出ている。大人になってから気をつけなさい」と言われたが、二十五歳になっている現在から振り返れば、確かに当たっていると感じている。


続いて詩織が占われたのだが、名前を書いて見せた途端に、その占い師の表情が曇った。

詩織はその変化には気づいていなかったようで、占い師も俺の時と同じように、家族構成や食べ物の好き嫌いなどを当てていったが、当たり障りのない事しか言わなかった。


小学生ながらに、占い師のあの表情がどうしても気に掛かった俺は一旦、みんなと共にその場を離れた後、「トイレに行ってくる」と嘘をついて、占い師の元に戻った。


「あの…」と声を掛けると、占い師は出会った時のように穏やかに微笑んでいた。


「先ほどの子だね。待ってたよ、あの、女の子のことだろう?」


身震いがしてどうにも怖くなった。俺の行動が読まれていたことに。占い師は続ける。

「何も言わなくて良いんだ。君があの女の子を大切に思っている事も分かっている。私は君に大切な事を言わなければならない。ただ、それは絶対にあの子に伝えては駄目だからね」


占い師が言った話はこうだ。


人には名前が付けられている。その名前を両親が付ける時、ある種の願いが込められるのはごく普通のことだ。それは大概、希望に満ちていたり、将来どのように育って欲しいかなどが意味としてあるが、詩織の場合は違うのだという。その名前の裏側に、占い師は呪いのようなものを感じ取ったのだというのだ。


ありふれた名前であっても、その違和感は、分かる人には分かるということであり、どのような願いがその名前に入っているかも感じることができるのだという。


「彼女の名前である『詩織』だが、これは表向きの名前だ。裏の名前は『死折』。そして、この運命からは逃れられない」


「その運命ってどんなものなの?」


「人は必ず死ぬ。いつか死ぬ。もちろん、私も君もだ。そして彼女も。ただ、彼女はものすごく苦しんで最後を迎えるだろう。精神的にも肉体的にも。そのような呪いが名前に掛けられている」


詩織が死ぬ。小学生の時にそんな事を伝えられたとしても、実感が湧かなくて当たり前だ。だが、その占い師の言うことが間違っているとも思えなかった。


「詩織を助ける方法はないの?」


占い師は「一つだけある」と教えてくれた。だが、その方法を実行することはできなかった。方法とは、詩織の名前に呪いを込めた者を殺す事だったからだ。

それから間もなくして、詩織は東京へと引っ越したのだが、占い師から言われた通り、名前の呪いについては何も言わずに彼女を見送った。


それから暫くは手紙のやり取りもしていたが、いつの間にか連絡も途切れ途切れとなり、高校に入学する頃には音信不通となっていた。

結論から言うと、詩織は三年前に亡くなった。飛び降り自殺だった。

彼女は銀行に勤めていたが、ある日、横領事件の重要参考人として事情を聞かれたらしい。後々、彼女は何もやっておらず、潔白だった事が証明されたのだが、気に病んだ彼女は住んでいたマンションの屋上から身を投げた。


友人伝いにその訃報を聞き、彼女の通夜に向かった。その場所に到着すると、同僚と見られる女性たちが話をしていた。


「ねえ、聞いた?詩織さん、飛び降り自殺なんだって…」

「聞いたよ。しかも、発見されたときさあ、変な体勢だったんでしょ?」

「変な体勢ってどんな?」

「なんだか、正座して前のめりになってるような格好で落ちてたんだって。あの高さから落ちて、そんな姿勢になるのってあり得ないって」


俺はその時、占い師の言葉を思い出した。「死折」。これは詩織の 身体を折りたたむように死んでいた最後の姿を表していたのではないか。


何れにしても俺はもう詩織を救うことはできない。もしかしたら、俺が詩織の両親を殺していたら助けられたのかとも考えた。詩織を助けられたのももしかしたら唯一、俺だけだったのかもしれない。ただ、人を殺すことなどそう簡単には出来ない。




最近、夜になると詩織が頻繁に、夢に現れるようになった。それも生きていた頃のような可愛らしさはない。出てくるのは血と衝撃で顔が潰れた詩織だ。そして、いつも襲いかかってくる。思考能力のない動物のように、ただがむしゃらに。俺は日に日に、身体の怠さが増してきているのを実感している。

ああ、占い師が言っていた「女難の相」とはもしかしてこの事なのかもしれない。


あの占い師と会ったのはあの祭りの時だけだ。その翌年からも祭りに出向いてその姿を探したが、やはり見つけられなかった。


もし、可能ならばあの時に戻り、聞いてみたい。女難の相とは詩織に関係しているのかどうかを。もし、「そうだ」と言われたなら、俺は彼女を助けるために詩織の両親を殺していただろうか。


まあ、今となってはもう遅い。

ただ残り少ない時間を生きていくだけだ。

夢の中の彼女と共に。

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