第11話-はじまりのおわり

目的地に着いたのは、15時頃の事だった。

外観は近代的な感じのする喫茶店だが、中に入ると不思議と昔懐かしさを覚える。

そんな喫茶店だ。


鉄板小倉トースト という謎の食べ物がここの名物料理だが、知名度が低いためか、店内に人は少ない。

それにしても、鉄板小倉トースト とはなんと奇怪な食べ物であろうか。

悪い組み合わせだとは思わないが、別々にしておけばいい名物を、勝手に混ぜたがるのは名古屋の民の悪い癖であると同時に、いい所でもある。

こんな奇怪な食べ物が無数にあるからこそ、私は二千年を超える「今日」をまともな精神で過ごせているのだ。



さて、話が逸れてしまったが…、つまりはこの鉄板小倉トーストを食べ終わって、器を下げられるその瞬間こそがタイムリミットなのだ。

改めて私は考える。

今、この瞬間から器が下げられるまでに、私は何をしてきて、何をしてこなかったのか?


…答えは、私から会話を切り出していない という所にあるのではないだろうか。

あまりにも遠回りをしたが、他に考えられない。

でも、決まっている引っ越しに対して、何の話をするというんだろう。


私が男なら、ここでプロポーズの一つでもして、未来の自分が後悔しなくて済んだ とか?

そういう展開もアリなのかもしれないが、そんな感じでもない。


でもきっと、このまま離れてしまうと寂しい。後悔する。

だからこそ、私は「今日」を生きているのだろう。


答えの見えない考察を済ませ、しかし何も言わなければ何も変わらないという事実を前に、私は一つの決心をした。


「フラリエ、来週は大須商店街に行こうか。」


「え?」


「唐揚げとか、団子とか食べに行こうよ。」


「ココ、食べ物ばっかり…、でもいいよ。」



ループから…逃れた…?


「でも…ココ、私ね。」




「私ね、三重の親戚のお家に住むことになるかもしれないんだ。」


…あぁ、ダメ…か…?


「…フラリエ」


「でも、来週は約束だよ。大須も久しぶりだし、楽しみにしてるね。」



フラリエが話終わっても、もちろん器が下げられても、「今朝」に戻ることはなかった。



言葉では表せないような感動に包まれたまま、店をあとにする。

この店も、758514回もの「今日」を経験しなければ、きっと知り得なかった喫茶店だ。

私はそんな事を思いながら、暗くなった錦通を

伏見に向かって、ゆっくりと歩き出した…。


758514日ぶりの、帰り道だ…。

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