第1章 6節

アリンフォート歓楽街のとある酒場。

賑やかな街の中でも夕方から特に活気を帯びるその場所にて、幼年学校チームの祝勝会が行われていた。

費用は演習企画担当の教官持ち、特に行かない理由のない生徒は数人を除き全員連れて来られている。

敗北した士官学校チームのメンバーも済し崩しに連れて来られているのだ。


「しっかし今期リーダーは凄え事するな!」


普通、幼年学校でパイロット科主席であったとしても士官学校の小隊に対して単騎では時間稼ぎにもならない。

そこには実戦知識と兵装種別についての理解という壁が聳え立つからだ。

だが。


「まさかナイフだけで士官候補生を仕留めるとは!」


基本的にARMS用ナイフでの格闘戦を経験した事のある操縦者は少ない。

ましてや敵機をナイフで撃墜する事に至っては凡そ40年のARMS戦史上たった二例のみ。

市街地での長期浸透襲撃戦であってもハンドガンを利用する者が大半なのだ。

そもそもナイフは刃渡りが短い上に、採用されている材質の特性上切断能力にもある程度の制限が存在する。

直剣や太刀、大剣であるのならARMSでの使い手も少なからず存在するのだが、ARMS用ナイフの指導はその運用自体のメリットの少なさからか使い手が存在しない為、対人格闘戦用マニュアルからの引用である。

理由として最も挙げられ易いのは、

銃より剣の方が強い距離に近寄られる確率と剣を持ち銃を圧倒できる距離に近付ける確率の差。

何方が大きいかは言わずもがなであった。


「そう言えばリーダーは何処だ?」


幼年学校チームの三席、ハインツが周囲を見渡して言う。

そう、数人の来なかった者の中には今回の合同演習での功労者たるエレナも含まれていた。

彼女は演習場から幼年学校まで辿り着いた時点で今回利用した機体と共に格納庫に居残っていたのだ。

曰く。


「あの娘なら機体損耗率と戦況分析推移のレポート書くって格納庫前で別れてたわよ?」


騒然である。

祝勝会と言う名目上、主役は居る物と皆考えて居た為、エレナが可能な限り静かに姿を消した事に気付いた者は唯一人、教官のみであった。

その教官は今になって呆気無くその事実を明かしたのだが、趣味の悪い事に口許が僅かに歪んでいる。


「あの子から伝言が有るわ。」


そう呟くと唐突に静まり返る幼年学校チーム、士官学校チームも対等以上に自分達と渡り合ったパイロットからの伝言と聞いて耳を澄ます。


「『付き合いが悪くて済まない。』だって。律儀よねぇ……」




伝言を伝えた教官は騒々しさを取り戻した生徒達を眺めながら不安を感じる。

そう、人間が出来すぎているのだ。

幼年学校の担当教官達は連絡事項の内で絶賛。

突然のトラブルにも自分の権限で可能な限り完全に対応すると太鼓判を押し、パイロットとしても一流の卵以上の腕を持った上で技術開発や整備にも広範囲に対して深い理解を示したとすら書いたという異常。


冷静に考えてみれば、有り得ないのだ。

今は名家の家名を持つとは言えど元ストリートチルドレンの齢13の子供が、まるでその分野の教授の様な知識を持ち、肉体素養的にも恵まれ、対人関係で気遣いすらやってのける等。

優秀さが極まり機械的、不気味ですらある。


だが。

8年の前線暮らしで培った感覚が否を告げた。


あの濁り淀んだ狂気を連想させる赤い瞳に対して初対面の時、自分は理性を感じたのだ。

彼女は何時の日にか、その才と成長から共和国に取っての救世主と成り得るだろう、と。


しかし、彼女がその時も共和国を護って居るとも確信出来なかった。

共和国評議会の癒着と腐敗、中立国と同盟国以外との長年に渡る多方面戦争状態、国土の広さの弊害として長過ぎる国境線に依る防衛ラインの一進一退の攻防。

見切りを付ける理由等幾らでも出て来る。


だからこそ。


「将来が楽しみ、かぁ。まだ教え子じゃ無いケド、汚いモノへの露払い位は引き受けてあげたい、かな?」


散々汚いモノに触れた自分が盾になる位は、良いと思えたのだろう。


「よっしマスター!エールお代わり!」


この日の支払いが軽くこの月の給金の半分に達する事を彼女は未だ知る由も無い。

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