第40話 博士のセンス

 そんなことを何度繰り返したことだろう。まともに寝たのかそれさえもわからない。とにかくアラームが鳴った。次はまたご飯の時間だ。お腹が減っているのか減っていないのかよくわからないが、それでも食べないといけないんだろう。

 俺は探知機の画面を一応チェックする。そこには何も映っていない。目が慣れてきた部屋のドアを開け廊下へと出る。リビングを見るともう明かりがついている。次はヒナタが当番だ。ヒナタはちゃんとご飯を作っているんだろうか。

 リビングのドアを開けると部屋には食べ物の匂いが広がっていた。キッチンにはヒナタがいた。

 覗き込むようにキッチンにいるヒナタを見る。ヒナタは作業をこなしているように見えた。料理というよりも温めるだけだからそう見えるんだろうか。


「なに?」


 俺の事は部屋に入った時から気づいていたくせに今さら声をかけてきた。


「どういう風にするか確認。次は俺の番だろう?」

「そう。そうね。じゃあ説明するね」


 青白い顔はそのままだがいつもの上から目線なヒナタが戻ってきた。俺に非常食の場所や温め方や食器の場所なんかを細かく教えくれる。


「これぐらいかな」


 ヒナタの説明はわかりやすかった。まあ基本は、温めるだけだし、次の当番の時には一人でも十分にできるだろう。


「ずいぶん非常食の扱いに慣れてるな。いつも非常食だったわけじゃないんだろ?」


 前はヒナタが俺の世界に買い出しに行っていたはずだった。非常食をわざわざ食べる必要はない。このキッチンは普通のキッチンだろうから料理をするのに困るわけじゃなさそうだし。


「前に一度……封鎖した後しばらくの間買い出しに出なかったことがあったから」


 ヒナタの声に張りがなくなった。さっきまでとは違っている。しまった。触れてはいけない話題だった。前に『樹』がいなくなった後に封鎖したと言っていた。その時の事なんだろう。この先の話題に困っているとドアが開いてレイナが博士と一緒に入って来た。


「樹珍しいね。アラームの設定がわかったの? 」

「ああ」

「決まっているだろう! あんなに丁寧な説明書をわざわざ書いてあげているんだ」


 その説明書ではわからないから、適当に触って出来るようになったんだけど、ややこしそうなので博士に伝えるのはやめよう。



「運ぶな」

「うん。ありがとう」


 キッチンにどうせいたんだしヒナタが温めた食事を運ぶ。

 食器は博士だけ違っていた。一揃え丸々違った種類の食器があった。こんな非常時でもそこは曲げないと見える。博士のこだわりなんだろう。

 配膳が終わったら、博士はさっきと同じように怒涛のごとく食べ進める。よっぽど研究室にこもりたいらしい。

 さっきよりは少し和んだ雰囲気で食事が進む。みんなそれぞれにあのディスプレイに時々目をやる。カウントダウンはまだまだ先なのに気になって仕方ない。

 博士は食べ終わると食器を運んでまたドアの向こうに消えていった。が、しばらくするとなにやら抱え込んで戻ってきた。


「これが新しい探知機だよ。前のものだとあの部屋に戻ってしまうからね。古いものは私の部屋に持ってきてくれ。樹君には今回はメガネだけ渡すよ」

「ああ。うん」

「わかりました。後で持っていきます」


 レイナがハキハキと答える。よかったレイナも元の……いや元の雰囲気はまるでない。今のレイナが本当のレイナなんだろう。

 食事を終えてもヒナタとレイナの食事が終わるのを待つ。次は俺が食器を洗う当番だから。本当に共同生活だな。

 空いている時間何をすればいいんだろう。何時間と時間があるのにすることなど一つもない。


「時間……」

「ん?」

「何して過ごしてるんだ?」


 何もないあの部屋を思い浮かべる。そして、ソファーにキッチンに食卓だけのこの部屋。いったい何をしていればいいんだ? ただ待ってるなんて……余計な事ばかり考えてしまうじゃないか。


「そうだね。あのパネルってパソコンみたいなの。だから、ゲームしたり本や漫画も入ってるし……あとは……映画とかも。もちろん部屋にあるパネルも同じだよ。敵が現れた時に画面が切り替わるからすぐに気づくし、使ってる方が何もしてないよりいいよ」

「そうか」

「まあ、パネルから警報が鳴るから部屋かここにいれば気づくんだけどね」


 あの部屋……博士のお気に入りのあの部屋以外はわかるってことか。博士も持っていたみたいだし。前にあの部屋にいる時に博士が部屋に飛び込んで来て敵の襲来を告げに来たし。だけど、博士の部屋にいる時には警報は鳴らなかった。なにか持っているんだろう。


 パネルでゲームか……そんな気分にはなれないけれど、他にすることもない。映画を観ることも、本も読むことも出来ないだろう。

 そんな事を考えていたら、レイナもヒナタも食べ終わったようだ。二人が食器を運んでいる。俺も自分の食器をキッチンに運ぶ。できるだけ時間をかけてゆっくりと食器を洗う。次の時間までどう過ごしたらいいのか考えながら。


「じゃあ、探知機を博士に返して来るから」


 レイナは食卓にさっき博士が置いていった探知機を手に取りそう言った。ヒナタも同じように手にしている。


「私も行ってくる」

「ああ。じゃあな」


 ヒナタとレイナは部屋を去って行った。

 それぞれ自分達の部屋に探知機を取りに行き、博士の部屋まで届けるんだろう。




 いくら長くなるようにと洗ってもたいして時間はかからなかった。あっという間に仕事は終わってしまった。

 次はメガネだな。手を拭いて食卓に置いてあるメガネを手に取る。今度は少しフレームが薄いようだ。博士って何気に改良するけど……無駄だよな。もっと他にその能力使えないのか?




 メガネをかけてみる。前と変わりはない。点滅ももちろんない。あとどれくらいでこれをかけて戦う事になるんだろうか。

 ヒナタに会うかもしれない。メガネは外しておこう。手にメガネを持って廊下に出る。ヒナタ達はそれぞれの部屋で過ごしているんだろうか。いくらなんでももう博士の部屋にはいないだろう。




 自分の部屋のドアを開けてメガネが置いてある机に向う。置いていたメガネと今まで持っていたメガネを取り替える。やっぱりフレームが薄くなってるな。本当にどうでもいい改良だよ。




 前のメガネを持って部屋を出て博士の部屋に向う。途中であの部屋がある。この部屋本当に不便だよな。なんで作ったんだか。ただのこだわりか。




 博士の部屋に入ったけれど博士は相変わらず気づいてないみたいだ。博士の側までいくとなにやらパソコンに向かっている。珍しいな。……俺の服の購入かよ。博士のセンスが怖いんだが。


「おお! 樹君も持ってきてくれたかい。今回のはより薄く作っているからね!」


 ああ、気づいてるよ。だけど、その利点には全く気づかないけれど。


「はい。これ」

「ああ、ありがとう」

「それって俺の服?」

「そうなんだよ。自分の服以外選んだことがないから難しいねえ」


 博士の服って。ほぼ白衣じゃないかよ。っていうかそれ以外の博士を見ていないし。他に服を持ってるのか?


「俺が選ぶよ。いいだろ?」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」


 博士の横に並び物色する。特にオシャレする気はないがこれどこのサイトだよ。


「他の店はないのか?」

「ええ! わざわざ店を変えるのかい? 待ってくれよ……ここはどうだい?」


 いったい俺はどんな服を着さされそうだったんだよ。

 博士のセンスに絶句しつつなんとかそれなりな服を選べた。まあ、ここにいるだけになる。ただ単に着替えるだけだ。寝る時用のラフなものから下着といろいろと思ってるよりは必要だった。が、このおかげで時間がだいぶ消費できた。

 博士は選んでもらって時短にするつもりだったようで、がっくりしていた。なにやらブツブツと言ってるのは今後の予定だろう。


「じゃあ、もう行くわ」


 さんざん買い物して買いあさった俺はうなだれている博士にそう言って博士の部屋を後にした。


 博士の返事を聞かないまま部屋出る。相変わらずこの部屋は場違いな感じがする。

 そのまま、ドアを開けて奥の部屋を見る。真っ暗なままだ。二人は別々に行動しているんだろう。それぞれの部屋で。俺も部屋に入る。明かりをつけてもう一つのベットに座る。パネルを使うにはそちらの方が近いからだ。

 パネルを触り、いろいろと試す。ふと思いついて机の引き出しを開けるとやっぱりあった、博士お手製の説明書が。今度のはパネルの説明書だった。また、ワザとかってくらいくどい説明を読み飛ばして、必要な箇所だけを読み拾っていく。あと五時間近く時間が空くんだから、何かしていないと考えてしまう。これまでのことを、そしてこれからのことを。

 なんとか読み解いてゲームに画面設定できた。なんだかわからないゲームだけど、なにもしないよりかはマシだろう。ただただこなして行く頭を使わないゲームにした。目的もなくただの時間を潰すだけの時間。こんなんでいいんだろうか。

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