Re;member

今回のお題――【エコスフィア】 【10円ハゲ】 【いずれ死にゆく定めの命】 【パニックホラー】

 

 

 

 

「風よーし、射程よーし、遮蔽物なーし」

「いいぞ、ついでにマザーファッカーな神様の啓示でも受信しとけ――撃て」

「BAN! この世界からBAN!」


 下らない応酬の果てに、彼女は引き金を引く。

 重い、重い引き金を、かろやかに引き絞る。

 BANG!

 音速を超えて銃身より射出された高速の飛翔体は、700メートル先の対象を打ち抜いた。

 柘榴ざくろのように弾けちる頭部、散華するのはかつて命だったもの。

 この小さなショッピングモールの屋上から見える範囲、街中の至る所を徘徊する化け物ども。その一体が、汚わい色の脳漿をぶちまけて消えていく。

 

 〝リメンバー〟。

 

 私と彼女は、その化け物たちを、そんな名前で呼んでいる。

 何故なら一様に、彼らはこう呟き続けているからだ。


『わすれない、わすれない、きみたちをわすれない――』


 そんな、世迷言を呟くからだ。

 

「BAN!」

 

 また一体、リメンバーが昇華する。

 私たちは、ただ殺し続ける。

 

 

 ◎◎

 

 

 最初にショッピングモールに駆け込んできたのは、ひとりの老婆だ。

 その老婆を追って、奴らは群になってやってきた。

 悲鳴が耳を劈き、目の前で血の花が咲いた。

 奴らは目に付いたもの、手の届くものを、それこそ手当たり次第に襲い続けた。

 攻撃手段は噛みつくこと。

 そして――噛みつかれたものは奴らと同じになる。

 私達は必死に抵抗したが、気が付いたらショッピングモールの周囲は封鎖され、奴らが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする魔都と化した。

 はじめの数日だけ機能していたラジオによれば、これは世界中で起きている事態らしく、殆ど無政府状態になるほど混迷を深めているらしい。

 いまは雑音しか拾わないラジオは、続報を告げてはくれないが、この周囲の様子を見れば、その後どうなったか想像するのは難しいことではなかった。

 ショッピングモールに逃げ込むことが出来たのは、35名。

 そのうち20名は、逃げ込んだ時点で奴らの毒牙にかかっており、残念ながら〝抹消〟するしかなかった。

 残った十五名は、まあ、最初の頃こそ助け合って頑張ろうとのたまっていたけれど、人間なんて種がそうたやすく手を執り合えるわけがない。

 大きな危機に直面すれば一致団結するはずだ……?

 ――笑わせる。

 バベルの塔が崩壊するまでは人間は一つだった?

 ――そんな訳あるか。

 限られた食料、武器、薬品……あとは男だとか女だとかの諸事情、そいつがバベル崩壊と同じ役割を果たし、結局殺し合って、いまじゃ私と彼女しか残っていない。

 いや……。

 もうひとり。

 もうひとりだけ、私たちの他に生存者は〝いた〟。

 だが。だが彼は――

 

「大佐どの~、僕は次、どの標的をぶち殺せばいいでありますか~?」

 

 場違いにのほほんとした声が聞こえ、現実に引き戻される。

 モールの屋上、その縁に腹ばいになって狙撃銃を構える彼女が、私に指示を求めてくる。

 私は慌てて持っていた双眼鏡をのぞきなおす。

 

「十時の方向、ガソリンスタンドでたむろっている奴を狙え。可能ならスタンドごと爆破しろ」

「はっはー、ムリナンダイ素敵です!」

 

 BANG.

 破裂音と共に空気が引き裂かれ、遠く離れた場所で〝リメンバー〟が砕け散る。

 なんのためにこんなことをしているのかと、根本的な疑問にぶち当たるが、決まっている、生き延びるためだ。

 BANG.

 BANG.

 次々に射出される飛翔体が、化け物どもを射殺す。

 私達は生き残るためにこうしている。

 奴らは、放置すれば必ずここを攻めてくる。

 理由は、理由は至極単純だった。

 此処には私たちがいるから。

 そして――

 

『わすれない、わすれない、きみたちを――』

 

 私たちの背後から、その声が響く。

 ガチャリガチャリ、手錠が鳴る。鎖が鳴る。

 ああ、そうだ。

 私は振り返り、現実を呑み込んだ。

 

 ――彼が、ここにいるからだ。

 

 私のかつて恋人だった男が、化け物になり果てて、拘束されているからだった。

 

 ◎◎

 

 彼は私を庇ってそうなった。

 他のすべてはどうでもいい。

 その理由すらどうでもいい。

 奴らが狙ってくることも関係ない。

 彼が私を庇ったという事実だけが重要だった。

 あのときの私と彼は、ほとんど仲たがいをしていて、別れ話すら持ち出していて、なのに彼は私を庇った。

 だから、今度は私が彼を庇う。

 奴らのところには――いかせやしない。

 

 ◎◎

 

「大佐どの! 大佐どの! おさらば、おさらばでありますよ!」

「そんな軽口をたたいている暇があるなら引き金を引け、このインスタント乱射魔が!」

「あでぃおす! はるまげどん! あっれるーや!」

「狂人はこれだからかん!」

 

 ショッピングモールの正面が突破された。

 何のトリックもない力任せ、数の暴力で突破された。間引きなど、何の意味もなかった。

 

 


『わす『れ『ない『わすれ『ない『きみたち『の『ことを――をとこ』の』ちたみき』いな』れすわ』いな』れ』すわ』


 

 

 おぞましい奴らの輪唱。

 おびただしい奴らの囁き。

 

 突き破られた正面玄関から逃走しつつ、モールの奥へ奥へと撤退しつつ、私と彼女は機関銃の引き金を引き続ける。

 

 けたたましい連射音。

 忙しない装填音。


 BRAKAKAKAKAKAKA!!


 吐き出される弾丸。

 焼き付く銃身。

 そして――

 

「これでカンパンです大佐どの~!」

「私も弾切れだ、屋上へ走れ!」

「僕、肉体労働はノーグッドです!」

「やぁかましい! 走れ!」

 

 泣き言を垂れる彼女の尻を蹴りあげ、ともに屋上へと向かって走る。

 私たちの生存圏はもはや侵された。

 生存限界は迫り、逃げ場所は天に向けてしか残されていなかった。

 

「いってぇっす!」

 

 階段ですっ転んだバカが、後頭部を手すりにしこたまぶつけてのけぞる。

 反射的に手を伸ばし、襟首を引っ掴んで落下を食い止めるが、寧ろその掴んだ場所が起点となって更に頭をぶつけてしまう。

 

「た、たたた大佐どの、こ、これは痛い! ペイン・オブ・ペイン! ペンインキラーを要求するのデス!」

「私の全面的な優しさで耐えろ」

 

 逃げながら患部を確認すると、皮膚がべろりと剥げている。これは毛根が再生しないタイプの傷口で、女としては致命的だが、いまは気にしている場合ではない。

 私は、彼女を引き摺りながらひたすら階段を上った。

 

「もう少しだ……もう少し、もう少しで――」

 

 なにが、なにがいったいもう少しだというのだろうか。

 このままでは、私達は追い詰められるだけだ。

 既に命の秒読みは始まっている。

 もはや死は定まっており、そこからの逃避を続けているだけに過ぎない。

 それを知ってなお。

 理解し切っていてなお、私と彼女は逃避行を続けた。

 一分一秒でも長く生きるために。

 


 ――〝にんげん〟で、い続けるために。

 ――彼を護るために――


 

 バガン!

 屋上の扉を私は蹴り開ける。

 光が、斜陽が、私の眼を焼いて――

 

「がんばれ、ここまでくれば――――      」

 

 それ以上先を、私は口にすることが出来なかった。

 階下を見下ろす私。

 見上げる彼女の瞳は大きく見開かれ。

 そして。

 

 私の首元に、その牙が突き立っているのを強く感じた。

 

『わすれない』

「――――」

 

 〝彼〟だった。

 彼が、拘束を破ってそこにいた。

 私に毒牙をかけていた。

 手足から力が抜ける。

 その場にへたり込む。

 

「大佐どのっ!」

 

 彼女の叫び。

 楽天家の、馬鹿としか思えなかった彼女からは初めて聞く、これ以上ない痛切な叫び。

 

「よくも――よくも大佐どのをッ」

 

 彼女が走り出す。

 その瞳に一杯の涙をたたえ、まなじりを決し、ナイフを一本抜き放って、彼へと突っ込んでいく。

 

 私は、その光景を眺めながら「嗚呼」とため息を零した。

 

 ……そうか。

 そういうことだったのか。

 私たちのしてきたことは。

 〝リメンバー〟とは。

 世界とは――

 

「――――」

 

 これが世界の真理。

 これが黙示録。

 ちくしょう、やっぱり神様はマザーファッカーだ。

 わすれないって、リメンバーって、こういう意味なのかよ……。

 私は。

 その少女が大佐どのと呼び慕ってくれたろくでなしの私は。

 一粒の涙とともに――彼女に最期の言葉を贈った。

 

 

 

『わすれない。わすれない。きみたちをわすれない――懸命に生きたきみたちを、すべてと一つとなったきみたちを、〝私〟は天国で忘れない』

 

 

 

 70億昇天。

 天国がいま、完成したことを私は悟った。



 Knock the door of heaven is to Re;member.

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