第12話 図書室

 誰かに揺り動かされて、目を開けると空がまぶしかった。


「目が覚めましたか」


 はっと起き上がると、すぐ横にサー・ロビンソンが座っていた。いつのまにか私も横になって眠っていたらしい。横になる前のこととか全く覚えていない。


「ごめんなさい、いつの間にか眠っちゃったみたいで」

「いえ、私も眠っていましたから。そろそろ戻りましょうか?」


 太陽を仰げば、まだ空の高いところにはあるけれど、少し風が冷たい。


「そうですね、デザートは部屋でいただきます」

「わかりました」


 すでに後片付けはされていて、私が寝ていたシートを片付ければおしまいだった。全部サー・ロビンソンが私を起こす前にしてくれたらしい。

 馬車に戻る頃には、風も強くなって少しずつ雲が増えてきていた。この調子だと今晩は雨だろう。


「帰ったら図書室にでもご案内しましょう」

「えっ、いいんですか?」


 来た道を戻りながら、サー・ロビンソンは埋め合わせですから、と微笑んでくれる。

 平民の私にとっては、子爵家の図書室なんてまず入れるチャンスはない。そもそも子爵の館にいること自体が奇跡に近いものだもの。

 もしかしたら、探している情報が見つかるかもしれない。――私たちの呪いを解く方法が。


「ええ、カレル様から許可はいただいています。ただし、私も一緒ですが」

「お願いします」


 あの人が世界中を旅しながら探してくれている、呪いの解き方。その助けとなるような情報が少しでもあればいい。

 いつかもう一度、弟を抱きしめてあげるために。


 ◇◇◇◇


 部屋に戻ってデザートを暖かい飲み物でいただいてから、図書室に案内された。

 特別な鍵で開かれたそこは、二階までぶち抜きの部屋だった。天井まで届く本棚にはぎっしりと本が詰め込まれている。

 ざっと見た限りだと、あまりきちんと分類はされていないみたい。さすがに王立図書館とかとはわけが違うよね、と少し落胆のため息を漏らす。


「それで、どんな本を探しているの? ティナ」


 後ろからついて来たメイドさん二人と、この部屋の管理人らしき黒い服の男性を意識しているのか、サー・ロビンソンはことあるごとに私の名前――ティナと呼びかける。


「伝承や神話のようなものなんですが、手伝っていただけますか? ウィル」


 名を呼ぶと、サー・ロビンソン……ああもう、長ったらしいからウィルと呼ぶわね……ウィルは嬉しそうに微笑んだ。


「もちろん。彼らにも手伝ってもらおう」

「はい、おねがいします」


 後ろの三人に微笑みながら頭を下げると、表情をこわばらせたまま三人は部屋の中に散っていった。

 何かまずいことをしたかしら……?

 とりあえず、三人が探していない手近な棚から探していく。後ろに控えたウィルが私の手の届かない本をチェックしてくれたり、取ってくれて、日が傾く前には四冊の本が手元に届いた。


「ただし、持ち出しはできませんので、こちらでお読みいただきますよう」


 黒服の男性はそういい、閲覧用のソファを案内された。二人のメイドさんは慣れた様子で紅茶とクッキーをローテーブルにセッティングして見えないところに下がっていった。

 ウィルは何やら薄い本を手に、少し離れた場所のソファに腰を下ろしている。こちらを気にする様子もないから、本に集中することにした。


 ◇◇◇◇


 四冊目をテーブルに戻して、ため息をつく。すっかり冷めた紅茶を一口飲むと、置いたばかりの四冊目の本に目をやった。

 やはりそうそう都合のいいことは起こらないもので、四冊のどれにも私たちの『呪い』についての記述はなかった。

 そもそも、気がついた時には呪われていて、それ以前の記憶がないからなにがどうだったのかもわからない。

 誰にかけられたのかもなぜ呪われたのかも一切がわからないまま、あの人と私とテオはもがいている。

 あれから十年。

 何の手がかりもないまま、時だけが過ぎていく。

 情報の探し方が間違っているのだろうか。伝承や神話ではなく、もっと別の何か、なのかもしれない。

 でも、他に考えられない。

 こんな――一つの体に二つの魂が入るなんてこと、呪いか神罰以外では……。


「ティナ、どうかしたか?」


 顔を覆ってため息をついていた私は、肩を叩かれて顔を上げた。部屋の中はずいぶん暗くなっていて、あちこちにランプが灯されていることにようやく気が付いた。


「大丈夫です。……欲しい情報が見つからなかっただけ」

「探している情報というのは、どういうものなのか聞いても?」


 ウィルは隣のソファに腰を下ろした。メイドさんたちがやってきて、てきぱきと新しい紅茶を入れてくれる。暖かい紅茶は、体に沁みた。


「……呪いや神罰について、なんです」

「呪い……」


 ウィルの眉間にしわが寄る。

 そうだよね。神罰や呪いなんて、縁のない話。むしろ避けて通りたい話題だろうと思う。ましてやその情報を探している、となると胡乱な目を向けられても仕方がない。今までもそうだったから。


「もう少し詳しくは教えてもらえないか?」


 首を横に振る。私たちの秘密を話すわけにはいかない。知られてしまったら――店をたたんで村を出なければならなくなるから。


「気にしないでください。ただ知りたいと思ってるだけなので」


 巻き込みたくないとかそういうことじゃない。せっかく手に入れたあの場所を、あの人が帰る場所を手放したくない。


「そうか」


 紅茶を飲み干して、出してもらった本を返して、図書室を出る。もしかしたら、探し方を変えれば何かは見つけられたのかもしれない。でも、今の私には時間がない。

 明日になればテオが戻る。そのために、眠りにつくまでティナとして過ごすことだけに専念しよう。

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