33 立ちはだかる者

 ■「そのとき」から、15分経過


 戦闘が始まっていた。しかし誰の目にも航路の劣勢は明らかだった。


 それもそのはず。航路はそのほとんどの戦力を共同作戦のために出撃させていた。アジトに残っていたのはエリカを始めとする航路の中枢部門と、哲也のような各種の作業のための人員、ドクターや訓練生のような戦力として計算できない者。そしてそれらを守る警備部隊の人員はそれほど多くはなかった。

 それでも彼らは必死に抵抗した。通常の数倍の力を発揮していた。しかし相手の力は強大だった。航路はじりじりと後退を余儀なくされていた。


「テツヤ君!」


 銃弾が飛び交い粉塵があたり一面に舞うアジト内でエリカが哲也を呼んだ。すかさず哲也が駆け寄る。


「ここに」

「命令する。君は今からドクターや訓練生を率いてここから脱出したまえ」

「えっ、何を言い出すんですか司令。あと一時間、いや三十分もあれば前線の部隊が引き返してきて」

「こない」

「えっ」

「それらの部隊にはすでに命令を発した。『助けに来てはならない』と」

「なぜ」

「航路を残すためだ」


 哲也は戸惑った。エリカの言っている意味が理解できなかった。


「今我々が戦っている相手は尋常な相手ではない。もしやつらがただの政府軍ならばいくらでもやりようはある。しかしやつらは今の航路の全力をもってしても勝つことは非常に難しい、それほどの相手だ。そのような相手に引き返してきた部隊もろとも壊滅させられてしまっては元も子もない」

「だったらただちにここの全員が撤退するべきです。エリカ司令は航路に必要な人です」

「撤退戦では誰かがしんがりを勤めねばならない。それは我々がやる。君は皆を率いて一刻も早くここから脱出するんだ」


 哲也は黙り込んでしまった。確かに彼から見ても状況は良くない。しかしだからといってエリカがそれほどまでに必死になるほど危機的な状況とはどうしても思えなかった。


「急げ、時間がない。君がいれば航路は再生できる。なぜなら……」


 エリカの言葉は最後まで言われなかった。前方の粉塵の中から若い女性の笑い声が響いたからだ。


「さすがは天下の航路のエリカ司令。自身の命をなげうってでも組織を守ろうとするその姿、なんと美しい」


 気づくと銃声は止んでいた。ゆっくりと粉塵が薄れ、その中から一団の部隊のシルエットが浮かび上がった。アンドロイド兵の中心にいるのは背の高い指揮官。おそらく男性だろう。そしてその脇に並んでいる副官の髪は長かった。


「ラスボスのお出ましだ。間に合わなかったか」

 悔しそうにエリカは言った。


「エリカ司令、あれは」

 哲也は聞いた。


「対レジスタンス部隊最強の実力を持つと言われる謎の存在、『第0小隊』だ。そしてあの副官が我々の最も恐れる存在、通称『風』だ」


 ■「そのとき」から、25分経過


 粉塵はさらに薄れ、髪の長い副官が一歩前に進み出た。


「我々とこれまで数度にわたって相まみえてきた航路。その最期をようやくこの目で見ることができるとは。長生きはするものだな」


 副官の勝ち誇ったような声があたり一帯に響いた。その副官の声と姿は哲也の記憶を呼び覚ました。自信に満ちあふれたその表情、威圧感さえも感じられるその口調、すらりとしたその姿、黄金色の長い髪。


「レイラ! レイラじゃないか!」


 そう。それは確かにレイラだった。軍服を身にまとったその姿はキリリとした姿勢とも相まって彼女を実際よりも大きく見せていた。いやそれは彼女自身のオーラのなせる技なのかもしれなかった。


 レイラは哲也のほうをちらっと見た。しかしすぐに目線を戻した。表情に変化はなかった。鮮やかな紅の唇が哲也の目に焼き付いた。


 エリカが悔しそうに言う。


「どうやら年貢の納めどきらしい。残念だが」


 彼女は立ち上がると苦悶の表情でレイラを睨みつけた。

 レイラはエリカの姿を認めると言った。


「エリカ司令。どうかな、降伏するならば処遇は考えてやってもいい。君たちが我々に協力するならば政府内で大いに活躍できるだろう。もちろん『対レジスタンスの宣伝・工作要員』としてだがな」


 レイラはニヤリと笑った。エリカは苦々しげにペッとつばを吐いた。


「やはりな。それでこそエリカ司令だ」

 レイラは涼しく言い放つと、エリカに問いかけた。


「今のその行為で君たちは滅びの道を選んだ。そんな愚かな君たちにひとつ質問をするとしよう。我々がなぜ君たち航路のアジトを突き止めることができたと思うかね」


 エリカは答えない。


「もったいぶらずに正解発表といこうか。実は我々はかなり前から航路にスパイを潜入させていたのだ。最近の君たちの振る舞いを見た上層部は“これはお灸を据えねば”と考えた。そしてその実行を我々に命じたのだ。そこで我々はスパイのチップを通して航路のアジトの位置を知った。とまあ、こういうわけだ」


 “スパイだって”、と哲也は思った。全員にチップがないことは確認ずみのはずじゃなかったのか。それにしても誰が。


「どうやら私の言うことが信じられないみたいだな。いいだろう、これを見るといい」


 レイラはそう言うと左手で合図を送った。ただちに彼女の横にひとりの少女が連れてこられた。その顔は哲也のよく知っているものだった。


「ミオ! まさか、君が……」


 それは紛れもなくミオだった。哲也が見間違うはずはなかった。うつむき加減にこちらを見るその目は寂しそうに見えた。彼は頭の中が真っ白になるのを感じた。

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