19 チップシステムの裏側 後編

「やつらの支配に危機感を覚えた一部の人たちが抵抗運動を始めたの。そう、ちょうどエリカ司令のお父さんたちの世代ね」

「エリカ司令の」

「当然のようにやつらはそれを弾圧したわ。大勢の人たちが捕まって投獄され、そして二度と帰ってこなかった」

「……」

「でもそのほかの多くの人たちはそのことに気がつくことはなかった。なぜだかわかる?」

「チップシステムで事実の隠蔽がなされたから、かな」

「その通り。例えばテツヤ君の同じクラスの友達がある日突然なんの前触れもなくいなくなってしまったら、おかしいと思うでしょ」

「うん」

「ところがやつらはチップシステムを使っていなくなった人のまわりの人たちに偽の記憶を植えつけたの。『あの人は外国へ留学した』とか、ひどいときには『そんな人は元々存在しなかった』とかね」

「なんと」

「そうやって大量虐殺の事実を国民の目から覆い隠したの。その規模はそのころようやく安定して増加し始めていた人口を帳消しにしてそれに倍するおつりがくるほど激しいものだったのよ」

「そうだったんですか」

「でも隠蔽にチップシステムを使う限りどうしても隠すことのできない人たちがでるわ」

「チップを埋め込まれていない十四才未満の子供たち、ですね」

「そう。でも実はチップシステムの対象年齢は最初『十八才以上』だったの。チップを埋め込まれていない若者らがレジスタンスに多数参加したことにやつらは危機感を覚えた。そして対象年齢を『十四才以上』に引き下げると同時に義務教育後の学校組織をすべて閉鎖したの。若者の集まる場をなくすのがその真の目的だったのではないかと言われているわ」

「学校閉鎖にそんな意図が」

「そう。若者はなんとかそれで一時的に押さえ込んだけれども、子供たちから事実が漏れることを、そして抵抗運動が各地に飛び火して広範囲に広がることをやつらは恐れた。抵抗運動は当初大都市近辺だけだったからね」

「……」

「もちろんいかにやつらといえども、抵抗運動自体はそう簡単に押さえ込めるものじゃないことはわかっていたわ。やつらは抵抗運動をあくまで自分たちがコントロールできる狭い範囲内にとどめようと考えた。そこでやつらが取った対策のひとつが『人間の住む地域をいくつかに集約する』ことだったのよ」

「えっ」


 突然に哲也は思い出した。「人間の住む地域をいくつかに集約する」という話は確かレイラが得意げに教えてくれたことだった。彼女はそのことを「利点しかない」と語った。そしてそのことに反対運動が起きなかったのかと聞いた哲也に対してレイラは「反対どころか懸念の声さえも出なかった」と答えたのだ。


 確かにそれはある意味「利点しかない」ものだったのかもしれない。しかしその意味するところは哲也がそれを最初に聞いたときに思ったものとはまったく違っていた。それは人々の利便性のためなどではなく、人々を支配しやすくするために行われた政策だったのだ。そしてそれに対して当然起きて然るべき反対運動はなぜかまったくと言っていいほど起こらなかったのだ。それ以前から政府に対して反対運動を繰り広げていた一部の人々を除いては。


 哲也はその理由が今ならわかるような気がした。きっと政府側はチップシステムを使って人々に集約先に転居したくなるような偽の記憶を植えつけたのだろう。


「そうよ。でもそれだけじゃなかった。チップ未装着の十四才未満の子供たちを『集団生活の中で鍛える』という名目の元に親元から引き離し、集約先に建設した全寮制の学校という名の監禁施設に次々に送り込んだの。少しでも子供の近くにいたい親たちが自分たちから進んで集約先に転居したのはそれもあるわ」

「なんてひどい話なんだ。子供を人質に取るようなものじゃないか!」


 思わず哲也は叫んだ。怒りに体が震えた。さっきまでとても上げられなかった腕を思わず振り上げていた。


「ひどいなんてものじゃなかったわ。さらに施設に送り込んだ子供たちに対しても暴力や各種デバイスによる思想改造が試みられたの。強力な電波や磁力で脳の働きを変化させようとするヘッドギアや、二十四時間休みなしにやつらの思想を聞かされる骨伝導装置なんかが代表例ね。それでまた多くの子供たちが死に、脱走した子供もその多くは捕らえられて同じ運命をたどったのよ。そして死んだ子供たちの親は自分に子供があったという記憶を消されてしまったの」

「許せない。なんとか止める手立てはなかったんですか」

「力の差が大きすぎたのよ。もちろん抵抗運動は激しさを増したわ。エリカ司令のお父さんたちは自分たちの子供はもちろん、施設から脱走した子供たちを積極的に組織に受け入れていった。でもそのころは抵抗運動の主力メンバーにはチップが埋め込まれていたので行動に制約があったの。金属製のシールドの話は聞いているわね」

「はい」

「だから彼らは抵抗運動を進めると同時にチップの恐れのない第二世代の育成に力を注いだの。抵抗運動がそれなりの成果を上げ始めたのは第二世代の人たちが運動の主力になってからよ」

「抵抗運動以外の一般の人たちに対する思想のコントロールは今でも続いているんですか」

「ええ。でも昔に比べたらずっと穏やかになったわ。でもそれはやつらが方針を変えたからじゃなく、必要性が薄れたからなの」

「えっ、それはなぜ」

「一連の大虐殺から月日がたって、そのことを知らない子供たちがほとんどになったからよ。大人の多くはたとえ不満を持っていたとしても『どうせ変わらない』『お上には逆らわないほうが』って思っちゃってる。人々に対する偽の情報の与えかたも数多くの経験をへてずっと巧妙になっているわ。つまり今ややつらになんらかの形で抵抗しようという勢力は、事実上各地のレジスタンス組織以外にはいなくなってしまったの」

「じゃあ今日一緒に訓練を受けていた子供たちは」

「ほとんどがいわゆる第二世代の人たちの子供。何人かは抵抗運動の成果で真実を知った一般の十四才未満の子も含まれているけど」

「そうなんだ」

「これでわかったかしら。少なくとも第二世代の人たちまでは自分自身の実感として今の政府の恐ろしさを知っている。でも今日の子供たちの多くはそれを知識としてしか知らない。実感として知っているのと知識でしか知らないってのの差は大きいわ。だから本当に納得しているのかと聞かれれば……。難しいところね」


 マナカの口調には彼女がその「難しさ」を実感としている重さがあった。哲也はそれ以上問いかけを続けることができなかった。

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