13 対東京キング 1回戦 (後編)

 二回の表、東京キングの打順は四番、浦田からである。その瞬間、ライトスタンドから激しいブーイングと怒号が起こった。当然である。二年前の年末、浦田は「優勝を争えるチームで戦いたい」とマリンズからFAして東京キングに移籍したのである。

「これでもまだ、優しい方だあ、去年はもっとひどかった」

 宗谷コーチが言う。

「かわいそうだな。ただ自分の権利を行使しただけなのに……なんて思うか! この裏切り者め。日向! 浦田だけには打たれんなよ!」

 風花は一ファンに戻って叫ぶ。その風花を浦田はじっと睨みつけた。

「あいつ、僕を睨みつけた。宗谷さん、ビーンボールのサイン出して」

「まあ落ち着くだや。あいつも辛いとこだて」

「何が辛いだ。こんな弱小チームを見捨てて、東京キングの四番様だと。やっぱりビーンボール!」

「仕方ないなあ」

 宗谷はサインを出した。日向振りかぶって第一球。危ない! 浦田の胸元をかすめるストレート。日向、サイン通りのボールを投げちゃった。

「この野郎」

 怒鳴って日向を睨みつける、浦田。対して、日向は涼しい顔だ。喧嘩慣れしているから少々の脅しは聞かない。両軍のベンチから選手が飛び出そうとする。

「やめろ、キングは紳士たれ!」

 日本橋監督が一喝する。キングナインはベンチに戻る。一方、風花は、

「行けえ!」

と選手を焚きつけたが、

「あれ、あちらさんが戻っちゃったよ」

とガクッとなった。なんか、監督としての器の違いを見せつけられた感じ。

 カウントは1−0。日向、第二球。内角にストレート。浦田バットを振りぬく。ボールはバックネットへ、ファウル。カウント1−1。

「おいおい、日向のストレートにタイミングが合っているじゃないか」

 風花がつぶやく。

「じゃあ、変化球はどうだ?」

 風花の言葉に従い、宗谷がサインを送る。日向第三球を投げた。チェンジアップだ。浦田、見送る。ストライク! カウント1−2。

「完全にストレート狙いだな。いい根性してるぜ」

「監督、次は?」

 宗谷がお伺いをたてる。

「グラグラの熱湯、お見舞いしてやれ」

「あいよ」

 宗谷がサインを出す。うなずく日向。第四球。あー、釜茹でシュートだ。ストレートに的を絞っていた浦田は体勢を崩す。空振り三振だ。これで四者連続三振。続く五番、サーベル、六番、畠山も三振。さらに次の回も三者三振で、日向は九人連続三振を達成した。一方、菅生も連続三振こそ途切れたが、三回をパーフェクトに抑えた。息詰まる投手戦で前半三回を終わった。


 四回表、キングの攻撃。この回の始まる前、キングは円陣を組んだ。

「いいか、日向のストレートはキレがある。打つのは難しい。だが奴は、というかサインを出しているのは宗谷みたいだが、コンビネーションを組んできている。狙いはチェンジアップだ。チェンジアップを狙え。釜茹でシュートなんか狙うなよ。バッティングを崩すだけだ」

 と武藤バッティングコーチが指示した。

「はい」

 キングナインが返事をした。


「キングが円陣組んどるだあ」

 宗谷コーチが言った。

「うーん、こっちの配球が読まれた恐れがあるな。そうだ、日向にサイン出させよう。僕とは違った配球をするだろう」

「あいよ」

 宗谷は日向にサインを送った。「自分で配球を決めろ」と。

 打順は一番、武田からだ。好打順。日向は第一球を投げる。ストレート。武田平然と見送る。ストライク1。第二球、チェンジアップだ。武田猛然と打つ! 強い打球が二遊間に飛ぶ。元町ジャンプ一番、これを好捕。一塁に送って1アウト。元町ファインプレー。だが日向の連続奪三振はここで途絶えた。

 二番、比企もスライダーを狙って流打ち。一二塁間の当たりだが勢いなく、富士がとってファースト門脇に送って2アウト。三番、坂東は大振りで三振。パーフェクト続行。3アウトチェンジ。

「よっしゃ。行け、パーフェクト」

 風花ガッツポーズ。

「こっちはヒット打て」

 と喝を入れた。その四回の裏。ついにその時が来た。一番、元町がボテボテのゴロを打ったが、飛んだ場所が良くて、ラッキーな内野安打。菅生のパーフェクトが途切れた。

「よっしゃ、菅生は動揺しているぞ。打て打て」

 と風花が叫んだが、富士は送りバント。1アウトランナー二塁。ここでバッターはチャンスに強いアンカー。菅生、初球ストレート。アンカー打ち返す。センター前ヒット。元町三塁回ってホームに突っ込む。センター上杉バックホーム。コリジョンルールがあるからキャッチャー真田はブロックできない。ボールがダイレクトに真田の元へ来る。タッチだ。クロスプレー。主審笹原のコールは!

「アウト!」

 猛然と抗議に走る風花。

「ビデオ判定! コリジョンルールだ!」

 と喚き散らす。審判団が協議してビデオ判定となった。少々お待ちください。

「セーフだ、セーフ」

 一人騒ぐ風花。元町は、

「多分アウトだな」

と言って、風花にメガフォンで頭を叩かれている。審判団が出てきた。

「球審の笹原です。ビデオ判定の結果。真田捕手は走路を妨害しておらず、判定通りアウトとします」

 大歓声が起きる。

 風花は、なおも審判団に詰め寄ろうとして、宗谷コーチに抱きかかえられてベンチに強制送還させられた。でもまだ2アウトながらアンカーが二塁にいる。チャンスは続く。バッターは四番、トラファルガー。チャンスに弱いと評判のホームラン王だが、カウント2−1からのバッティングチャンスに、猛烈なレフト前ヒット! ランナーアンカー三塁を蹴る。レフト、サーベル好送球。またも微妙なプレー。笹原は、

「アウト、アウト!」

と連呼した。激怒した風花は、

「ちくしょう。ウチに何の恨みがあっての仕打ちだ。ビデオ判定、ビデオ判定!」

と猛烈抗議をした。その勢いに押されて再び、ビデオ判定となった。その結果は!

「球審の笹原です。ビデオ判定の結果。真田捕手は走路を妨害しておらず、判定通りアウトとします」

 またも大歓声。喜ぶキングファン。風花はホームベース上に座り込んでしまった。それを抱きかかえて運ぶ宗谷コーチ。お疲れ様です。

 これで3アウトチェンジ。マリンズは三安打したのに無得点に終わった。


 五回の表、バッターは四番、浦田だ。またもブーイングが起きる。こうなるとブーイングも応援歌と変わらないなと風花は思った。いくらブーたれても、キングファンの声援でかき消されてしまう。

 相変わらず、サインは日向に出させていた。完全試合の可能性も出てきている。日向には悔いのない投球をさせてやろう。風花は考えていた。初球、ストレート。相変わらず伸びがある。浦田空振り。1ストライク。二球目チェンジアップ。浦田引っ張った。レフト線、ファール。危なかった。そして三球目、伝家の宝刀、釜茹でシュート! 浦田、思いっきり重心を低くして超アッパースイングで打ち返す。

「ああー」

 風花はため息をついた。ボールは高々と夜空に舞い上がる。レフト、台場が追う、追う、追う。フェンスに張り付いた。ジャーンプ。

 しかしボールはレフトスタンド最前列に落ちた。パーフェクトの野望を打ち砕いて余りある、ホームラン。東京キング0−1。先制!

 風花は慌てて、日向の元へ走った。

「キレてるでしょ」

 尋ねる風花。

「キレてないですよってなに言わせるんですか」

「案外、冷静だな。それなら大丈夫。菅生は前の回、打ち込んだから、次の回で逆転する」

「申し訳ないです。点を取られちまって」

「一点ぐらい、大したことないさ。この後しまっていこう」

「はい」

「この試合、君に任せた」

「ありがとうございます」

 風花は安心して、ベンチに帰った。

「ああ良かった。あいつにキレられたらキンタマ蹴り潰されちゃうもんな。そう考えたらマウンドに行ったのは危険な行為だったな。横須賀くんに行ってもらうべきだった」

「冗談よしてくださいよ。僕だってキンタマは大事ですからね」

 横須賀が反論した。

「二人とも、なに、下ネタ言ってんだがや。神聖なグランドだど」

 宗谷が二人に注意をした。

 日向は続く、サーベル、畠山を簡単に打ち取り、最少失点に抑えた。


 五回の裏、マリンズは円陣を組んだ。

「いいかあ、菅生は球数以上に疲れているだ。投手戦で神経すり減らしたからだな。この回が反撃のチャンスだ」

 宗谷が話していると、日本橋監督が選手の交代を主審の笹原に告げていた。

「誰を変えるんだ?」

 風花が思っていると、

「東京キング選手の交代をおしらせします。ピッチャー菅生に代わりまして案山子。ピッチャーは案山子かかし背番号36」

とアナウンスがあった。

「くそう、やるな日本橋。五回で菅生を交代させるとは」

 風花はうなった。新人監督のできることじゃない。ベテラン監督並みの手腕だ。

 結果、台場からの打者は、変則投手の案山子にあっさり三者凡退に終わった。

 

 この投手交代がキーポイントだった。日向は九回まで完投し、六回以降零封したが、マリンズもキングの細かい継投にやられ九回2アウトまで、一点も取れなかった。次のバッターは日向だ。風花はあえて代打を送らなかった。

「日向、自分のバットで同点にしろ」

 風花が叫ぶ。マウンドにはキングのクローザー和田達也わだ・たつや。カウントは早くも0−2。和田、第三球を投げた。

『カキーン』

 鋭い音がして、ボールはレフトスタンドのポールに一直線。内側に入ったと見えたが、塁審小林は「ファール」と宣告した。

「この野郎、キング贔屓も大概にせい。ビデオ判定だあ!」

 風花火山大爆発。スタンドにいた小学生の四割が泣いてしまった。審判団もいつ暴れ出すか分からぬ、風花にビビってしまって、ビデオ判定に入った。本日三回目である。

 判定にはかなりの時間がかかった。それだけ微妙だったのであろう。今、審判団が出てきた。

「球審の笹原です。ただいまのボール、塁審小林はファールと判定しましたが風花監督からホームランではと物言いが付き、ビデオ判定の結果。判定通り、ファールとして試合を再開します」

 ドカーン、大噴火。風花怒って球審に詰め寄ろうとするが足がもつれて転倒。そこを宗谷コーチに足からひきづられて、ベンチに強制送還された。(本日三回目)


 試合再開。和田、第四球。日向また打った。大きい、大きい。入るか? いやサーベル掴んでゲームセット。東京キングが0−1で横浜マリンズを下した。勝ち投手は案山子。敗戦投手は日向。セーブが和田につく。


 試合後の一塁ベンチ。風花と宗谷、そして日向が、どっから持ってきたのか酒とつまみを持って、話をしていた。

「日向、すまない。だけどこれでクサるなよ」

「はい」

「今日は監督采配の差で負けた。あそこで菅生を代えられるとはな」

「監督の采配は間違ってなかったずらよ」

「そうかい。でも日向に申し訳なくて」

「監督、野球に勝ち負けはつきものです。それをいちいちクヨクヨすることないですよ。それよりも……」

「それよりなに?」

「俺より短気な人がいると分かって、おかしかったです」

「誰のこと?」

「いえ、なんでもありません」

 ベイサイドスタジアムの春の夜は、こうして深くなっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る