守護天使①-1-3
――それはそうか。少女の言い分が言葉のままの宗教などで用いられる天使を指していたとすれば、それでは何を言っているのか意味がわからない。私が召喚された天使ということになるものな。
私は内心で苦笑する。歯車が噛み合っていないのに一見成立しているように見えた二人の会話の偶然には笑うしかない。少女が何の不満を持っているのかは知らないが、さっさと話題を終わらせ私に会話のタイミングをもらいたいものだ、と私が男に視線を向けた時。
――ん? 今、あの中年男性……あの視線はなんだ?
こちらを一瞥した中年男性に私は違和感を覚えた。それはまるで、人間を見るというよりは物を見るような眼であった気がしたからだ。
「それにだリモージュ君。彼は見た目こそ……確かに村人のようだ。だが召喚に応え現れたのだ。ただの村人と言い切れないのではないかな? 君の術式がめちゃくちゃではなく、きちんとしたものであったならば、人型の守護天使は最低でも第七位階以上と思われるよ。まぁ、私はそんな実例を知らないが」
「そんな……」
「判ったら、儀式を完了させなさい」
「え、彼と……ですか?」
「彼か。そうだな、まぁこの見た目ならそう思わなくはない。だがもう一度言うが、それは守護天使だ。村人ではない、そうだろう? 華族の娘が村人を相手にしたのでは問題もあるだろうがそうではない。そうだね? ならば早く契約したまえ」
その言葉にがっくりと肩を落とす少女。
途端、外野から下卑た歓声が湧き上がる。中年男性の顔から視線を落とした少女は困惑し、恐る恐る、チラチラと何度もこちらに視線を投げた。
――なんだ、この流れは。
空気が変わった、というべきか。少女がこちらに視線を向けたのと同時に、漠然とした嫌な予感が我が身に走る。明らかに周りの雰囲気は変わっていた。
「ねえ」
困惑する私の前に少女がおもむろに立つ。彼女は嘲笑する外野の子供ら――流れから級友なのだろうと察する――をきつい目で一度睨みつけ黙らせると、何かを決意するように息を吐き、再び視線を私へと戻した。
――何をする気だ?
彼女の瞳には先ほどまでとは違う、強い意思が宿っていた。
私はとっさに身構えようとしたが、遅かった。
変化は既に始まっていた。
「あなた、本当に守護天使よね? 違ったら、許さないから」
彼女のまとう空気が変わる。
気がつくと、私は息を飲んでいた。
この私が。宇宙最強のこの私が。こんな小さく華奢な少女一人に気圧されているとでもいうのか。だが信じられないことに、我が体は確かに金縛りにあっていて、即座に動くことができなかった。少女とは思えない雰囲気を身にまとった目の前に立つ何かに私の思考は飛ばされた。
肌が泡立つ。
声が出せない。
息ができない。
指一本動かせない。久しく感じたことのない生物としての生存本能が、私に動くなと告げていた。
身の自由を縛られている私に向けて――少女は手に持った小さな木の棒を振るい、厳かに告げた。
『〈――天の六芒に奉る。
我が祖霊は我が四囲に炎あげたり。
我が宿星は我が身に宿りて光を
原初の五芒より来たれ大いなる王神よ。
我、アンジェリカ=リモージュは、御名の元に守護天使との契約をここに結ばん。
どういう仕掛けか。歪に反響するその言葉は明らかに帝国語ではなかったにも関わらず、私にはその意味が理解できた。
謎の言霊は得体のしれない力を伴って辺りに不可視の波を作る。
スラスラと読み上げられた口上は、木の棒の動きとあいまってよく出来た如何にもな儀式感を演出していた。
どうすることも出来ずその情景を眺めることを強いられることしばし。やがて私の体と少女の体の周りにうっすらとした淡い青い光が現れ――そこでようやく、私は自身の体に起こった異変に気がついた。
――ッ?! 体が、【
何の前触れもなく、常時私の体を保護しているナノマシンによる力場が消失する。
――なんだ! 何をしたっ?!
ジュダスの騎士の種族特性の一端を打ち消すなど驚天動地の大事件だ。あまりの事態に私の思考は混乱を極め硬直した。
そんな中。激しく狼狽する私をよそに少女は淡々と詠唱し、それを終える。
木のさし棒を左手に持ち替えて、彼女はそっとその右手を私の両目にかかるように置き――
次の瞬間――私の唇に柔らかい何かが触れた。
――? ……――ッ!?
どうやら私は、
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