守護天使①-1-1

「あなたの名は?」


眼を開くと、そこには私の顔を覗き込んでいる少女の姿があった。


目鼻立ちの整った凛々しい顔立ちには肉感がある。艶のあるだらんと垂れた黒髪も仮想現実映像でないのは一目瞭然だ。


――ん?


何者かが艦内に侵入したのかという疑問と背中に違和感を得たのは同時だった。


感じたのは冷たさ。それはカプセル型ECMLPODに横たわっていたはずの我が身が、何故かいつの間にか石のような何かの上に横たえられていたということ。なにより今我が体にかかっているこの負荷は――。


――重力? 


上体を起こしたところで視界に入ってきたのは、こちらを遠巻きにしている沢山の子供達の姿。石造りの空間。マイナー宗教の儀式などで目にした記憶のある装飾の数々。どれも合成映像ではなさそうだ。


――船から拉致された?


寝ている間に何かしらの不測な事態が起こったのか。だとしたら一体どうやって船から引きずり出されたのか。


――襲撃され拉致された、という話ではなさそうだが。


私の横たわっている台座はを見れば、まるで生贄の祭壇のような様相をしている。風変わりな状況に置かれている現実は、それがありきたりな動機によるありきたりな犯罪の結果ではないという事実を雄弁に語っている。


考えられる一番有力な仮説は、事故か何かで私が脱出ポッドによる強制緊急避難をさせられ、宇宙を漂流した末人の住める惑星に漂着し、挙句現地住民に拾われ神事に巻き込まれている最中、といったあたりか。


「あなたはどこから来たの?」


などと思案しているさなかに少女からの二つ目の問い。求められたのは個人情報。


それはつまり私の情報が伝わっていないということ。やはり犯罪組織による故意的な拉致という線は考えにくい。そもそも多数の子連れで軍艦に襲撃をかけるなどあり得まい。


「あなたは誰? あなたの事を私に教えて」


先ほどから再三質問を浴びせてくる透き通る白い肌が印象的な少女。凛々しげで可憐な少女の瞳はまるで黒曜石のようだ。


黒いマントの下は白いブラウス。臙脂色のスカートを履いた彼女は右手に木製の指し棒を持っている。そういえば周りの子供らも皆似たような服装をしているが。


「私は……ルベリウス=ヴェリサリウスだ」


この邂逅に犯罪性は無いように思える――正直に名乗ったのはそう考えたからだ。ここが銀河帝国の勢力圏内の惑星ならば、私の素性さえ知ればそれだけで私の身分は保証され、帝国要人専任の特別救助組織が速やかにやってくるはずという思惑もあった。


「位階は?」


「……いかい?」


だが返ってきたのは想定外の言葉だった。


少女は態度を変えるどころか神妙な顔での追加質問を実行。


――私の名前を知らない? もしや、ここは帝国圏外か?


彼女には私がどこの誰かすらわからないようだ。いや彼女だけではない。私を遠巻きにしている子供らにも全くリアクションがなかった。


すべてのギャラリーが同様のリアクションというのは流石におかしい。自分でいうのもなんだが、今告げたのはかつて全宇宙に轟いた帝国の大英雄の名だ。帝国の学童ならば絶対に教科書で見たことがあるはず。テストに出ることもしばしばな単語ではなかろうか。


――艦隊の進行ルートは帝国圏を外れてはいないが、漂流の仕方によってはそういうことも考えられなくはない、か?


しかしだとしたら、言葉が帝国圏のものというのはどういうことなのだろう。


「いかいとは何かね?」


現状を推測するには情報が全く足りない。なので少女の意図を理解するため私は逆に質問を投げてみた。だが。


「位階よ。あなたの序列は?」


「…………」


じょれつ。


いかい。


返ってきたのは全く要領を得ない言葉。


間違いなくコミュニケーションが取れてない。


名前を聞いての質問が位階と序列なのだ。そこから一体何を汲み取れというのか。元帥だったとでもいえばいいのか。宙軍の筆頭であるとか主席であるとか一番であるとか、そういう話を聞きたいのか。


だとしても、今の我が身は退役将校に過ぎない。ないしは地方領主に過ぎないのだ。軍における位階も序列も失っている。ありません、というのが正解だろうが、そういう答えでよさそうな雰囲気でもない。


どう答えればよいものか。と悩んでいると。


「守護天使じゃなくて、どっかの村人でも呼び出したんじゃね?」

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