異世界が平和で暇すぎるので辻ヒールをやってみた

酔生夢死

異世界が平和で暇すぎるので辻ヒールをやってみた

 ――冒険者、それは冒険を通して富や名声を得る為に。命の危険のある依頼や廃坑や廃墟の探索、兇暴なモンスターの討伐などを熟す戦闘集団。

 彼らの行動は冒険者協会によって保障され、その戦力を保持しながらも自由に国家間を行き来できる権利を持つ。

 だが自由が故に、彼らには常に義務も発生する。

 緊急時には冒険者協会を通じて、時には人里を荒らすモンスターを討伐する為に出向き、時には市民を守る為に先頭に立って戦わなければならない。

 無論、無法者の集団である冒険者の中にはそういう義務を放棄する輩もいる。

 そういう輩にはすべからく冒険者協会より罰が与えられる。


 冒険者協会は冒険者への支援を、主に依頼の受理や採取素材の買い取り、場合によってはギルドの口座にお金を預けている者もいる。

 協会に逆らうという事は、それらの支援を一切受けられない事を意味する。

 つまり、冒険者としての活動一切が出来なくなってしまうのだ。

 だがそれを理解している方が少数である所が、冒険者が冒険者である由縁と言える。



「おい、しっかりしろ! 頑張って逃げるんだよ!」


「痛ぇ……俺はもう無理だ……お前だけでも、逃げろ……」


「バカ言うな! お前を置いて行けるかよ!」


 街より少し離れた森の中。

 ボロボロの冒険者二人組は必死になって森の出口を目指していた。

 一人は明らかに手遅れ、背中から獣の爪痕が肩から脇に掛けて横切り、傷口からは絶え間なく血が流れ出して、通った後に道標の様に滴っている。

 そして、2人の背後にはそれを行った犯人が、その血を辿ってジワジワと追い詰めるように近づいている。


「チクショウ! こんな所でグリードグリズリーに出くわすなんてツイてねぇ!」


 2人の後を追っているのは、全長が10mはあろうかという巨大な熊だった。

 冒険者協会指定Cランクモンスター『グリードグリズリー』。

 本来ならば同クラスのパーティが万全の準備を整えて、有利な地形に追い込み罠に嵌めるなどしてようやく討伐できるようになるモンスターだ。


 2人は簡単な採取依頼で森に来たのだが、探し回って偶々奥まった所に群生地を見つけてしまい、採取に夢中になっていた所為でモンスターの接近に気が付かなかった。

 気付いたのは相棒が薙ぎ払われて吹き飛ばされた時だった。

 そして、手に持っていた採取品の入った籠を投げつけ、それが偶然目に当たり怯んだ隙に相棒を担いで逃げだし現在に至る。


 ハッキリ言って状況は最悪だった、当り所が悪かったらしく片目から血を流していて、それがグリードグリズリーをさらに激昂させる要因になっていた。

 何とか逃げられているのも、グリードグリズリーの片目が開かない所為で上手く追掛けて来られないからで、2人……というより相棒を抱えて必死に逃げている冒険者の体力が尽きればあっという間に熊の腹の中だろう。


「も、もうダメだ……」


 2人はとうとう力尽きて倒れ込んでしまった。

 元々低ランク任務を専門に細々とやっていただけのならず者である。

 そんな人間が人一人を抱えたまま、モンスターから逃げ切るなど土台無理な話である。


「お前だけ……でも逃げろ……俺に……引き付けられている……間なら……」


「そんな事できっかよ! お前も一緒に逃げんだよ!」


「ハハハ……最後に……またエールを飲みたかった……ぜ……」


「ああ! また飲みに行こうぜ! だから死ぬなよ……!」


「ああ……なんだか眠たくなって……」


「【上回復エクスヒール】!」


「「……え?」」


 どこからともなく放たれた回復魔法が2人を包み、ボロボロだった2人の怪我を一瞬で消し去ってしまった。

 いきなり上級回復魔法を掛けられて呆然としている2人の前に、真っ白なローブを纏った若い男が現われた。


「スーさん、懲らしめてあげなさい!」


「調子に乗るな、あとでぶん殴る」


「怖い!?」


 男の奇声と共に、男の背後から黒い影が飛び出して、グリードグリズリーを一閃した。

 影が通り去った後、グリードグリズリーは力なく倒れた。


「キャー、スーさんかっこウィー!」


「あとでブッ千切る」


「怖ひ!?」


 スーさんと呼ばれていたのはエルフの女剣士だった。

 エルフの特徴である長い耳と切れ長の目、薄ら緑がかった金色の肩まで掛かる長い髪に、銀色のプレートとロングソードを身に付けた、まさに剣士という出で立ちの美女であった。

 彼女は斬り捨てたグリードグリズリーに見向きもせず、剣の柄を握ったままローブの男の元へ近づいた。

 そんな彼女の様子に気が付いた様子もなく、男はニコニコと女性に駆け寄った。


「いやー、スーさんは強いっすね! マジ感動っす!」


「……フン!」


 掛け声と共に、女剣士は剣の柄でローブ男の腹を殴りつけた。

 無防備な所への不意打ちに、男は声もなく膝から崩れ落ちる。


「さっさと行くぞノロマ」


「おぅ……、スーさんマジクール」


「ま、待ってくれ!」


 助けられた冒険者が立ち去ろうとする2人を呼び止める。

 しかし、振り向いたのは男だけで、その場で立ち止まって振り向きざまに親指を立てて一言。


「あばよ!」


 そう言ってどこかへ行ってしまった。

 その後、何とか街へ戻った2人は冒険者協会でどこからともなく現れて回復魔法掛けて回る変な2人組の噂を聞いたのだった。




 いやー、良い事をした後は気分がいいね!

 目の前で人が死ぬのを黙って見ているなんて、ご飯が美味しくならないからね!


「という訳でスーさん、スーさん。街に戻ったらお昼にしませう?」


 俺は相棒のスーさんに話しかけた。

 ちなみにスーさんというのは俺がこの世界で最初に遭遇したエルフで、滅茶苦茶強いエルフの剣士さんなのである。

 ちなみに俺はタカシ、元々は地球の日本に居たんだけど神様に出会ってチート能力を異世界へ送られたのだ!


「意味が分からない、昼食は同意」


 普段口数が少ないスーさんだが、こういう時はすぐに反応してくれるスーさんマジキュート!

 そんな風に愛でていた視線に気付いたのか、スーさんがこっちを振り向いた。

 俺はニッコリと笑い掛けると思いっきり顔を顰められた。


「キモい」


 おぅ……その三文字はズシリと来るぜ……


 俺がこの世界に来たのは今から1ヶ月ほど前、理由は偶々神様に選ばれたかららしい。

 中二心でワクワクしていた俺はどんな冒険があるのかと物凄く期待が、告げられた内容はそんな俺を落胆させるものだった。


 イメージとしてはドラゴンが空を飛び、妖精が歌い、冒険者がモンスター退治に駆け回り、魔法使いが魔法という超常現象を起こすのが普通の、良くある所謂ファンタジーの世界。

 魔物などのモンスターはいるが魔王なんて物は居らず、亜人を含む人間同士でいざこざはあるがそれは俺の世界でも普通にある事、人類の危機とかそういう物は一切ないという。


 別に破滅願望とかは無いけど、もう少しこう勇者的な物を期待していた俺は一気にやる気が無くなった。

 と同時に、チート能力が貰えると聞いた時に、それまで考えていた戦闘系チートが殆ど使わないかもしれないと感じて、それなら戦わないチートを貰おうと考えた。

 そして貰ったのが回復系チート能力だった。


 簡単に言えば『生きている物なら何でも治せる能力』だ。

 不治の病だろうが、既に閉じた古傷だろうが、手足が千切れていようが健康状態まで治す事が出来る。

 だがそれと引き換えに俺には戦闘能力が皆無である。

 というか日本にいた時の、運動と言えば精々出かける時に歩く程度、寧ろパソコンの前に座っている時間の方が多く位で体は鈍りっぱなしで、ちょっと歩いただけで息切れするほど運動不足である身体のままなのだ。

 こんな俺がモンスターと戦うのなんてカタツムリが象に挑むような物である。

 なので戦闘は専ら剣士であるスーさんにお任せ状態です。


「スーさんって強いよね。マジ素敵!」


 返事は虫けらを見る目でした。

 スーさんマジクール!


「でも感謝しているのはホントだよ。俺みたいな奴の趣味に付き合って、相棒をやってくれているんだからさダンケ!」


「私が見ていないと、貴方すぐ死にそうだから」


 おぅ……ストレートな言葉が胸に突き刺さって痛い。

 その所為で何度、他の冒険者とトラブルになった事か……

 ちなみに全部スーさんがやってくれました! 素敵!


「スーさんマジ強ぇ、マジ頼りになる、マジ可愛い! キャー素敵ー!」


「殺す」


 お願い、守る相手を殺さないで!

 死に掛けでも回復魔法あるから死なないけど、痛いのには変わりないから!

 クーさんの背筋が凍るような目を受け、胃が締め付けられる痛みに耐えつつ街へと向かった。


 ちなみに戦えない俺が森の中にいたのには理由がある。

 それは俺の趣味が辻ヒールなのだ。

 俺が初めてこの世界に来た時に見た物は、モンスターに襲われて壊滅した冒険者パーティだった。


 その時、俺は思った。

 この力があれば、彼らはもっと戦えたのではないか?

 モンスターを倒す事は出来なくても、逃げ切る事は出来たのではないか?

 そして俺はその時から、出会った冒険者に所構わずヒールを掛けまくる奇行をするようになったのだ! 褒めて!


「そして相棒のスーさんはそんな俺の趣味に付き合ってくれる変人なのです」


「失礼、変人は貴方だけ」


「いやいや、俺に付き合ってる時点でスーさんも結構なもんですよ?」


 こらそこ、心底嫌そうな顔をしない。

 そんな風にバカ話をしながら森の中を歩いていると、遠くの方で悲鳴が聞こえた。


「!! スーさん!」


「了解!」


 すぐにスーさんに声を掛け、悲鳴が聞えた方向へ走り出した。



 悲鳴が聞こえた先には、数体のゴブリンの死骸と傷だらけの冒険者が4名いた。

 どうやらゴブリンに襲われて撃退は出来たようだが、4人ともダメージが大きく今にでも治療院に連れて行っても間に合うかどうかという大怪我を負っていた。

 まあ俺が治すんですけどね。


「ゴメンな……俺がこんな依頼……受けようって言ったばっかりに……」


「ヘッ……気にすんじゃねぇよ……それを言ったら俺だって……」


「クソッ……最後に食堂のクソ不味い飯……腹いっぱい食いたかったぜ……」


「私も……またみんなでお酒が飲みたかった……な……」


「【範囲回復エリアヒール】!」


「「「「へ?」」」」


 今回は複数いるので範囲系の回復魔法を唱える。

 お陰で見る見るうちに4人の怪我が治っていくが、まだ顔色が悪い。

 恐らく毒も負っているのだろう。


「状態異常にはこっちだ。【治癒キュア】!」


 体内の毒を浄化する魔法を掛ける。

 うん、顔色も良くなった。

 あとは休んでいれば動けるようになるでしょ。

 突然の出来事に呆然としている冒険者たちに、俺はいつもの様にこういうのだ。


「あばよ!」


 あとでドヤ顔がウザいという理由でスーさんに向う脛を蹴られた。

 痛いよ!

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