第5話 対コンプレックス (3)

 シラトラを装着している凜は大通りをひたすら突っ走った。魔物が進行してきた先に向かえば多分、残りの魔物がいるはず。その推測をもとに走り続けるとちょうど魔物の群れを発見した。魔物はこちらの方を見てじっと動かず、まるでここは退かない、通させないと言っているような雰囲気を醸し出している。そう、まるで何かを守るように。


 とにかく今はこの魔物を片端からは倒す以外の道はない。ショットガンを握り締め前方に突き出す。前方の魔物の群れにロックオン、五十メートルほど手前から発砲をしながら前進を掛ける。それに伴い、一部の魔物が消滅していく。

 それでも頑固として魔物は通させないと空いた部分を別の群れで抑え込んでくるので、そのままデバイスをタッチした。

『ソードモード』

 剣に形を変えた武器で一心に魔物を切り裂いていく。それをまるで逃げ道を意図的に奪うかのように囲んでくる魔物。そして、魔物の勢いに負けて後ろに後退すらさせてしまう。断固としてこの先に進ませないとするこの魔物の群れ。周りにいる魔物を殲滅していくことで今のところ精一杯か。


「リ――――――――ン!!」

 北の方向から男の声が聞こえてきた。それと同時にマシンガンの発砲音が鳴り響く。すると後ろから囲まれていた魔物が数体倒れていった。その男は泉、泉亮人。

「泉!? 撤退命令が下ったはずだろ!?」

「俺は違う命令になった。俺は凜の援護をする」

「そんなの必要ない。あたしだけで十分だ。変に巻き込む気はない」

「むしろ、巻き込みたくなかったのはこっちなんだけどな」

 と、言いながら亮人は再び発砲。迫ってくる魔物を少し退ける。


 元々大勢で行動する部隊のたった一人来てもらった所で不安なだけ。特に亮人だと、魔物に殺されやしないだろうか……、あの日、あの時みたいに。でも、必死に打ち続ける亮人を見てそうはそんなこと言えるはずも無かった。

 ならば、こっちはあのころとは違う強い自分になってやられる前に魔物を倒す。

『ブレイクファンクション・スタンバイ』

 凜が前方に行き剣で押さえる中、亮人は後方から銃で支援してくれる。その間にエナジーチャージが終了する。横払いの構えを取りトリガーを引きながら一気に切り裂く。

『タイガーストライク』

 周りにいる魔物を一気に吹き飛ばした。

「さすが! よし、一気に進むぞ」

「泉に言われなくても!」


 片付いた魔物が消えていく中、前進していく。そして、大きな体育館にたどり着いた。まるで人間のように入り口を魔物が警備している。出現してからここを乗っ取られたような状態だ。一般市民はシェルターに全員避難している事を願って徘徊する魔物を切り倒しながら進む。

「凛、どうする?」

「あたしに聞くな。まあ、でも取りあえずはあのドアの前にいる魔物を切り倒し強行突破が素直で妥当だろう」

「よし!」

 亮人はすぐさまマガジンを交換、ドアの魔物に向かって発砲。一体は倒れたが他は近づいてくる。

『ショットガンモード』

 それを散弾銃で返り討ちにするとドアを蹴り破り一気に突入した。

「あんまり建物壊すなよ……、一応、武器所持許可証の中に極力人工物、地形、生物の破壊は認められていないからな」

「……、あたしはボーダーラックでも対魔物組織でもないからな」


 建物の中は意外に静かだった。魔物は一切いない。いや、あちこちに斬撃の跡がある。戦闘があったと言う事なのだろうか。

 亮人と凜、背中合わせになり警戒しながら進んでいると、突如とてつもない衝撃音と共に建物全体が大きく揺れた。

「地震か!?」

「違う、シッ!!」

 驚く亮人を制し音の下方向を見る。体育館の本体、競技場の中からだ。ひときわ大きく目立つドアが向こうに見えた。無言で合図を亮人に送るとドアの前に向かう。亮人と凜、同時に銃口をドアの中に向けた、とたん、驚愕の姿が目に移った。


 あの魔物だ。紫の毛並みを持ち、狼だかゴリラだか分からない体型。光る角と炎を纏う口。でも、それだけでは驚愕しない。驚愕したのはその上に騎乗している奴がいたからだ。まるで馬にでも乗っているかのように平然と座るそれはまるで人のような形だった。

 青色の毛並みを持ち、角がありそこから電気を発している。更に腕には炎を纏い、何よりその腕の先に長い槍、つまり武器を持っている。


「シャァヒャァアアアアアア!!」

 その人型が叫ぶと同時に新型の方が大きく体を起こす。そして亮人たちの居るのと別方向に足を叩きつけた。その衝撃の中から飛び出してきたのは、黒いアーマーを付けた男だった。確か、前に佐久間魁とか言っていた。先に戦闘していたのか!?


『クラッシュパワー・解放』

 佐久間は体中に血を流しながら構えを取る。相当なダメージを負っている。システムですらこの魔物に勝てないと言うのだろうか?

『スラッシュ・十字裂斬』

 佐久間は飛び込み二本の刀を上にいる人型に向ける。人型は乗っている魔物に何らかの支持のような行動を起こすと魔物は後ろに跳躍。佐久間の攻撃は空振りに終わる。そこを人型は槍を使って突き攻撃。

 それによって吹き飛ばされる佐久間。その追い打ちを掛けるように魔物は口から炎を吐き出した。轟音が体育館中に響き、佐久間を包み込んでいく。そして壁に大穴を開けて吹っ飛んでいった。


「上に乗っている、あれ……、魔物を操っているな」

「確かに……、しかも特徴的にはあの上に乗っているのも魔物と見ていい。凛、倒せそうか?」

「倒せそうかではないだろ、倒すしかない」


 紫の魔物とその上に乗る魔物。それに向けて一歩を歩みだす。

『ソードモード』

 その音声を聞きつけたのか、土台の魔物ごとこっちを向いてきた。攻撃が来るか? とにかく、相手に合わせて剣を下段に構える。と、魔物はジャンプをしてこちらに向かって飛び出してきた。ラッキーだな。


 ちょっと剣の先を微調整すると一気に前に向かって踏み込んだ。そのまま宙を飛ぶ土台の魔物に斬撃。魔物が着地すると同時に剣をぴたりと抜ききり、停止。魔物も着地と同時に停止し、一瞬の沈黙が入る。と、音もなく新型の輪郭がずれたと思うと空気に拡散していくように消滅していった。


 下の魔物は消え、上にいた魔物はそのまま床に着地。その着地が妙に器用だった。膝をばねにして衝撃を吸収しながら両手でバランスとって着地。さらに獣のような顔を凜にギロリと向けてくるとゆっくり立ち上がった、完全な直立姿勢で。

「……、どうやら、こいつは別格らしい。司令塔と見て間違いないな……」

「ああ、そいつを潰せば魔物の統率はなくなるかもしれない」

 それを聞いて凜は中段に剣を構えた。取りあえず亮人には離れて貰う、ここで何としてでも仕留める。それが、あの時の自分、弱い自分に打ち勝つ糧となるにちがいない。いや、絶対にそうだ。


 こちらの構えに人型も槍を前に突き出し構えた。こいつ、人間並みの知能があるのではないだろうか。と、ふと考えた時、槍の先に炎と電気が一気に纏い始めた。と、同時に突きの一閃。

 右に体を返し紙一重に交わす。だが、その槍はさらに振り払いで襲ってきた。剣を斜めにかけ、槍の攻撃を受け流す。が、その槍から伝ってくる炎と電気のエナジーに咄嗟に危険と判断し後ろに跳躍、距離を取った。


 一定の距離を取った後、着地。と、その瞬間、目の前に電撃が走るのを悟った。ほとんど直感の反応で右に跳躍、前転をしながらも態勢を建て直し構えに戻る。すると、さっきまでいた場所に電撃と炎の弾がはじけ飛んだ。

 流石に本当に他の魔物とは一味違うと言った雰囲気をビンビン感じ取れる。でも、別に勝てない相手ではないのは確か。そう思い、デバイスのタッチパネルをスライド操作。新たに出てきた画面に触れる。


『バーサークシステム・スタンバイ』

「な!? 凛! それはやめろ! 二回連続は負担が大きすぎる!!」

 急に向こうから亮人の声が聞こえてきた。負担が大きいか……。確かにこのシステムは流石の凜ですら精神を削り取られる感覚があった。理性すら危ういと言った感覚もあったし確かに何の負担じゃない。でも、凜には幼く弱い自分に負けたくないと言う強い意思がある。それを凜は信じた。


 亮人の声に反応して攻撃対象を変えた魔物にナイフピストルでエナジー弾を数発放って気をこっちに引き戻す。

「安心しろ、あたしは最強だ」

 正しくは最強になる。強い自分になる。

『メンタル・リンキング・ノーマル・エナジーアマウント・クリア・アーマー・ノープログレム・システム・オールグリーン』

 相手の槍を交わし、威嚇射撃をしながらシステム発動を待つ。

『テンパチャー・ノーマル・パルス・ノーマル・メンタルコンディション・オールグリーン・システム・レディ』

 その合図と共に魔物を足払い、剣で切り付けて向こうに切り飛ばすとデバイスに触れた。

『バーサークシステム・スタートアップ』

 体中が一気に覚醒していく感じ。意識が一瞬遠くなりかけるが目に力を入れ気合を込めた。

『ベルセルクモード』


 アーマーが青白く光り、力が湧き出てくる。それを抑えるように深呼吸し中段に構えた。

 魔物は槍を前に突き出し、突きの突進。それを右に受け流すように弾く。そしてがら空きになった後ろに斬撃を叩きこむ。通常とははるかに高いエナジーが剣から放出されダメージへと繋がる。さらに蹴りを入れて魔物を前のめりに倒す。

『ショットガンモード』

 そこに散弾銃による無数のエナジー弾を叩きこんだ。

「す……、すげえ……」

 亮人の賞賛と驚愕に笑みで答えると魔物に集中した。


 しばらく反応はなかったのだが、腕がピクリと動くのに気が付き、咄嗟に後ろに跳ね飛ぶ。そのすぐ後に槍が走った。想像以上にタフだ。再びショットガンを構えぶっ放す。とてつもない量、威力を叩きこんでいるはずだが、まるでゾンビのように打っても打っても倒れない。さらに槍を構えるその姿が脳にやたらと焼き付き、思考がおかしくなり始めた。

「ラァァアアア」


 一気に近づき魔物の頭に銃口をゼロ距離で付けると一気に発砲。とてつもない衝撃が腕にも伝わり魔物の頭を吹っ飛ばす。くそ、原型は残っている。すぐさまソードモードにしとにかく切りつけた。

 向こうも負けじと反撃、槍が飛んでい来るがすぐさま見極めてカウンター。いつもの自分にしたらかなり乱暴で切羽詰った連続攻撃だったが今はそれ以外の選択肢はなぜか浮かばなかった。


 いくら切りつけてもキリがない。決定的な一打に掛ける。やっぱり、ここは機能を使ってとどめを刺すしかないか。

『ブレイクファンクション・スタンバイ』

 そこまでだった。自分の意識がまだまともな方だったのは。

 その直後、腕にとてつもない衝撃が走りだしのだ。同時に脳が、頭にガンガン痛みが響く。意識がもうろうとし始めた。視界端に移る赤い文字CAUTION 、警告。さらに、《DANGEROUS CONDTION》、つまり危険状態。流石にシステムについていけないのか。

 なおも容赦なく続く力の代償。遂に頭に何かが流れ出す感覚まで起きて来た。


「ウァァァアァアアア!?」

 何かが理性をどんどん奪っている感覚。誰か、自分ではない誰かが自分の体を乗っ取った。剣をやたら振り回し、魔物に向かっていく。警告音と絶え間なく点滅する《CAUTION》の文字。けれど、体は一向に止まろうとせずに攻撃をし続ける。ただ、威力は増しており魔物にしっかり効いているのは確かだが……。

「ラァァア!!」


 自分と思えない叫び声で切り付ける自分。魔物も対抗してきた。魔物の槍と凜の剣が接触し合い、擦過音と共に火花が散る。そこから鍔迫り合いに発展。でも、次の一手を考えようともせず力づくで押し切ろうとしてしまっている自分。


 こんなのじゃ駄目だ。こんなままじゃ勝てるわけがない。鍔迫り合いでいかにして次の一手が重要なのかは分かっているはずなのに。闘いは力じゃない、テクニックだ。いくら理性を失って力を手に入れてもそれを使いこなす理性が無かったら意味が無い。こんなシステムに精神を奪われていくのか?

 自分の決意は所詮システムの前では無力と言う事なのだろうか。自分は結局弱い自分のまま、何一つ変わっていない。

 既に自分の意識は暗い闇の中だった。遠くで凜の姿をした人間が魔物と力ずくの鍔迫り合いと続けている。なんて血走った眼。こんなに自分の精神力は弱かったのだろうか。


 遠のいていく意識の中、思い出したのはあの日の記憶。目の前で泣き叫び親が倒れていくのを見過ごすしかなかったあの弱気幼き自分。ひたすら泣き叫んで何もできなかった。今回も全く同じだ。泣きはしない物の理性の失った、いわゆる人間の本能、トラのような闘志を持って赴くままに戦闘を続ける自分をただ、別の場所から眺めるだけ。

 それだけじゃない。こんな無茶苦茶な戦いをしていたらいずれ魔物に倒される。殺されてしまう。じゃあ、次に狙われるのは誰だ? 泉亮人だ。これじゃあ、親の二の舞みたいな物だろう。何もできず見過ごして……、なぜ、今の自分は亮人に「逃げろ」の単語すら離すことが出来ないのだろう。

 こんなことにならないために、こんな事、二度と起こさないために強くなるって決めたのに。この強い自分になる気持ちだけは絶対に誰にも負けないつもりだったのに。これが自分の精神力の糧となるはずだったのに。


 警告音がどんどん強くなっていくのが分かる。音の間隔がどんどん狭まっていく。まるで凜と言う意識の居る場所が狭まっていくように。どんどん、エナジー出力が落ちていっている。無理だ、システムを長時間使いすぎた。思えば、この魔物と戦おうとしたとき、既にシステムはかなり来ていたのだろう。じゃなければ、こんな結果になど。


 遂に《ERROR》という冷たい文字が現われた。途端に文字が表示される透明ディスプレイが視界からプツンと消え、急に音が静かになり全てが閉ざされていく。グンッと魔物の力に押され始めた。無理だ、もう無理だ。魔物のおぞましい顔が近づいてくる。


 だが、その時、魔物の体に弾丸が叩きこまれ始めた。リズムよく流れるそれはマシンガンの弾。その直後亮人の声。

「凛! お前、最強なんだろ、決めろー!!」

 “最強”! そう言えば、いつから自分の事を最強だなんて言い出したのだっけ。そうだ、かなり早い時期からだった。自分を自ら最強っていう事で自分にプレッシャー、自信、覚悟、様々な物をぶつけて自分を追い込んだのだ。そして、本当に最強になるために。


 最強だなんて言い張っても負ける時は負けた。その時、いつもバカにされた。だからこそ、それを糧にもっと強くなった。そんな事でくじけていたら弱いままだから。昔のままだから。昔の自分は嫌だ。強い自分になる。じゃあ……、無理で終わらせてはらいけない……、くじけたらだめではないか!!


『エナジーチャージ・OK』


 意識が凜の体の中に戻った。同時にアーマーが再び青白い光を灯し始める。視界が再び透明ディスプレイに包まれ始め、剣先にエナジーの光が集まり、充電完了。そう、システムが再起動したのだ。


 鍔迫り合いになっている剣を再び押し上げる。そのまま一気に相手の槍を上に引き上げた。一気に右から下がりながらの一撃。見事相手の横腹あたりに決まる。その攻撃で相手は確かに怯んだ。今しかない。素早く剣の位置を次の一手に持って行く。

 この一撃を当てる事でまた一歩自分に強くなる。少しでもあのころの自分を超える。自分の幼き弱さと言うコンプレックスをここで魔物と共に断ち切ってやる!!


『タイガーストライク』

 トリガーを引くと同時に一気に踏み込む。相手の横腹目がけて右から抜ける一撃。剣が左に向かって伸び、斜めから一点を狙って素早く切り落とす。

「胴っ――――――――!!」

 剣先を前にしながら抜ききった。魔物の後ろ数歩先でぴたりと止まり全てがおさまる。一本、打ち取った。

『システムダウン・システムダウン』

 それと同時に再び警告音とこの音声。《CAUTION 》やら《DANGEROUS CONDTION》の文字が点滅した後、気が抜けていくような機械音が鳴る。

『アーマー・フォースドディサーヴァメント』

 武装強制解除。視界を覆う透明ディスプレイが消え、アーマーが全て消えていった。手元で握っていたはずの剣も消えていき、やがて元の制服だけが凜を包み込んでいた。

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