第三話 凛の過去

第3話 凛の過去 (1)

 小学一年生ぐらいのころ。あの日は小学校が休みだった。凄く小さい時だったが、あたしは今でも鮮明にあの時の事を覚えている。

 学校がないと言う事以外、いつもと普通。あえて言うとしたらいつもの休日と何ら変わらない日だった。……はずだった。


 あたしは朝起きたら目をこすりながら起きたのを覚えている。本当だったらもう少し寝ていたかったのにお母さんに起こされたのだ。寝ぼけたままパジャマのボタンを外していた。でも、確かお父さんが近づいてきたっけ。


「ほらぁ、寝ぼけないでちゃんと手を動かす。全然取れてないぞ」

 優しい声だ。あたしの手に添えるようにして一緒にボタンを取ってくれたあの手のぬくもりってどんなんだったっけ。ああ、そうだ、すっごく幸せな温かさ。あの時は気づいてなかったけど今だったら分かるあの温かさ。


「ほら、早く着替えて。朝ごはんが覚めちゃう」

 そういえばあの時、隣からお母さんの声が聞こえてきたっけ。確か慌てて着替えようとしてズボンに引っかかってこけちゃったのだ。あの時は顔から床にぶつけちゃって泣いちゃったのだったな。

 めそめそしながらもあの日食べた朝食はすごく美味しかった。母親の味だった。家族のために、あたしのために作ってくれる本当に暖かい味。これもあの時は気付かなかったけど今ならば心の底からそう思う。


 で、ご飯が終わった後、テレビを見たんだ。子供向けの教育テレビを見ていたな。ああ、凄く懐かしい……。凄く……、すごく、なつかしい。あたたかくて、たのしくて、うれしくて……。げんきいっぱいにきょうもあそぶんだ。


「さあ、テレビの前の皆も一緒に踊ってね」

 あたしはソファに座って頑張ってテレビの中にいる犬さんと同じことをする。こうやって、こうやって。ちょっと犬さん速いよ。

 頑張って犬さんの真似をしているといきなりソファがへっこんじゃった。うまく座ったままにできずにへこんじゃった方に体が転がっちゃう。そしたらあたしの頭がお父さんの膝の上にのっちゃった。

「おっとごめんよ。お父さんが座ったからソファがへこんじゃったな」

「へへ~、でもこのままでいいや」


 お父さんの膝がすごく居心地よくて甘えた。でも、向こうにいるお母さんは一人ぼっち。ソファでお父さんとあたしはいるのにお母さんはキッチンにいる。

「おかあさん、おいで! こっちこっち!」

 ソファを一杯叩いてお母さんを読んでみる。するとお母さんもにっこりしてくれてこっちまで来てくれた。

 お母さんとお父さんの間に座って一緒にテレビのお兄さんとお姉さんと同じことをする。三人一緒に笑った。いっしょにわらった。


 でも……、急にテレビからすごくうるさい音が鳴りだした。あたしは耳をふさいで「うるさぁああい」って大きな声を出した。けれども音はなくならなかった。今までも何回か聞いたことがある音だった。この音がなったら、お外を出て暗い中に入らなくちゃいけない。


 なにかテレビでもお兄さんの声でもお姉さんの声でもない声が聞こえてきた。難しい事ばかりで分かんないけど。

「これは危ないな。出現地域にかなり近い。すぐにシェルターに行くぞ」

「ええ、いきましょう。さあ、立って」


 あたしの体がひょいっとお母さんに持ち上げられた。そしてあたしはお父さんに預けられるとなぜかテレビも付けて、電気も付けたまますごく慌てて部屋を出ていく。

 あたしは怖くなった。何か分からず怖くなった。でもどうしたらいいかわからないから取りあえず泣いてみる。あたし、泣いているよ? あたし泣いてるよ? お父さん、よしよししてよ。笑顔であたしの顔を見てよ。でも、お父さんは怖い顔をしたままはあたしを抱えて走るだけ。


 いきなり、大きな音が鳴りひびいた。ガッシャーーンっていうすっごく大きな音。その後、バキバキって音。で、その後、キャーーーーって声が聞こえた。お母さんの声だった。

「なんだ!? どうした!?」

 お父さんも大声で叫び始めた。あたしが必死に泣いてるのにずっとほったらかし。ただ、お父さんの腕にうずくまるだけ。


 気が付いたらお母さんの目の前に青いどうぶつがいた。犬さん? でもテレビに出ている犬さんとも違うし、友だちが飼っている犬さんとも違う。そう言えば、お絵本で見た事ある気がする。豚さんの家をふぅぅふぅうって吹き飛ばしちゃう怖い……、おおかみさんだ!


 おおかみさんだ! おおかみさんだ! 怖いよ、怖いよお父さん!

 必死にお父さんの服をつかみ続ける。でも、お父さんはあたしを下ろし始めた。なんで、下ろすの? 抱っこしてよ。おおかみさんから逃げようよ!

「いいからここにいなさい。絶対にお父さんに近づいたらダメ。お母さんを助けるからお母さんと一緒に逃げろ」


 何言っているの? 分からないよ。

 どんなに訴えてもお父さんには届かない。あれ? あたしってこれ泣いているだけなの? 言葉になってないの? お父さんは近くにあったほうきでおおかみさんに向かっていっぱい振っている。早く逃げようよ。

 あたしはひたすら泣いた。こんどはお母さんが近づいてきたあたしに手を伸ばしてくれている。お母さんが抱っこしてくれるんだ。そう思ってあたしも手を伸ばす。


 でも、直ぐにお母さんはたおれちゃった。お母さんの背中から赤いのが出てきている。その後ろで同じ赤い物を口から垂らしたおおかみさんがいる。そう言えばいつのまにか向こうにいるお父さんもお母さんと同じように倒れていた。

 なんで、なんで!? 何が起きたの!? なんでおおかみさんはあたしのお母さんやお父さんの背中に乗っかっているの?

「早く……、行きな……さ……」

「そう……だ……、お前……だけで……も……行け……」

 何なの? 何の事? 早く立ってよ。早く行こうよ。早くいつもの場所に行こうよ。


「避難に逃げ遅れた者を発見。生存者……、三名。正し、二名は……」

 いつの間にかに後ろには白い服と鉄砲を持った人たちが何人も立っていた。するとそのうちの一人にあたしを後ろに無理やり引っぱられた。

「少女一人を確保!」

「目標、ブルータル、三体! 親と思われる二人は既にやられており出血多量で瀕死状態と思われます!」

 白い服を着た人が何かを言っている。むずかしい言葉ばっかりで分からない。

「さあ、早くこっちに来て」


 あたしは連れていかれようとしている。それだけは分かった。お母さん、お父さんとはなれたくない。まだ、そこにいるのに!? あたしは必死に泣きさけんだ。訳も分からずジタバタした。するとあたしの足が白い服の人に当たって手がはなされる。その隙にあたしはお母さんの下へと走り寄った。


「おい! 待て! 戻って来い!」

 お母さんの腕に飛びついた。ぎゅってした。でも……、いつもと違った。すごくすごく冷たかった。でも、がんばって抱き着いた。これ以外にやる事が分からなかった。

「ガルルルゥゥ」

 その時、おおかみさんの声が聞こえてきた。上を見ると青いおおかみさんがこっちを見ている。すごく怖い目で見ている。怖い……、お母さん起きてよ! 起きてよ! いくらお母さんをゆすっても起きてくれないよ! おおかみさんのお口がすごく大きい。食べられちゃう。


「止むを得ん! 発砲開始!」

「この角度では少女に当たりかねません! 大人二名には確実に流れ弾が当たります!」

 なんで、なんで? なんでなんでなんで!? どうしてどうしてどうして!?

「ガッァアアアア!!」


 ッ!? 今……!? 今……あたし……、おおかみさんに食べられた!? で、後ろにあたし、飛んでる。痛い! 痛いよ! 右の肩が痛いよ! 肩から赤いのが出てる!? 痛い!? 今度は背中が痛くなった!? おおかみさんに背中に乗られた。引っかかれた!? 痛いよ! 痛いよ! 痛いよ!? お母さん、お父さん!? 助けて! 助けて!

「いいから早く殲滅だ! 撃て!」

 あたしの耳にすごい音が鳴りひびいた。ダダダダダダダッってものすごい音。いくら耳をふさいでも聞こえてくる、すっごくうるさい音。でも、上に乗っていたおおかみさんはいつの間にかいなくなっていた。


 その後すぐ、あたしはまた白い服の人に引きずられた。で、抱っこされた。でもお父さんやお母さんの抱っことは全然違う。全然あったかくない。泣いても泣いても何もしてくれない。やっぱりお母さんじゃなきゃ嫌だ! やっぱりお父さんじゃなきゃ嫌だ!


「攻撃を続けろ! 親二名は構うな! ブルータルの駆除を優先しろ!」

 あたしがいくらお母さんの方向を見ようとしても白い服の人がじゃまをしてくる。あたしの目を手でかくしてじゃまをしてくる。だからあたしのその指を口でかんだ。


 やっとお母さんが見えた。狼さんが鉄砲にうたれて苦しんでいる。待って! お母さん、お父さん! 動いている! 動いている。床の上ではねているよ! なんで、なんでこの人たちはお母さんとお父さんを助けてくれないの? なんで鉄砲をうっているの? 

 なんで、お母さんとお父さんに向かって鉄砲をうっているの!? ねえ、なんで!?

 お父さん!!

 お母さん!!

 お父さん!!

 お母さん!!


―――――――― 凛! ――――――――


 凛……凛……凛……凛……

 ……、お父さん? お母さん? どこ、どこにいるの? どこ? どこ?

 凛……、凛……。

 あたしはここだよ。ここにいるよ!

 凛……、凜ってば!


「リ・ン! 戻ってこーい!!」

 ハッ!?

 

 あたしの目に光が届いてきた。ぼんやりと視界が晴れていきやがて、二人の人が浮かんでくる。

 お父さん……と……お母さん?

 いや、違う。辺りを見渡すとロッカーがいっぱいな並んでいて、あたしは……、立っている? 下着の状態で? ここは……? 背も高くなってるし……、そうか……、これは、

 現実だ。

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