第1話 アーマーシステムの適合者

第1話 アーマーシステムの適合者 (1)

「かぁああ、いってえぇぇ……」


 右手に未だ地味に残る痛み、そしてガンガンと頭に響く痛みが容赦なく攻めてくる。泉亮人はそんな二重の痛みに耐えながらふらふらと道端に足を歩ませていた。

 ついさっきまで実験結果の代償としてベッドで気絶していた。目が覚めたら博士から「お前はバカだ。本当にバカだ。その結果はバカであるお前のせいで、バカだからこうなったんだ。さっさと解除するべきだったんだ、バカ」とまあ、バカバカと博士の言葉とは思えない言葉をひたすら並べて結果が報告された。というか、あれって実験の結果報告と言っていいのだろうか。


「くぅううう……」

 歩くたびに脳に刺激が走り、ズッキーンと容赦ない痛みが突き刺さる。

 亮人がこんな痛みをうけてヘロヘロになっていると言う訳だが、彼自身これが成り行き上、仕事だったりする。


 亮人は現在、十九歳。本当ならば大学に行くはずだった。ところが、センター試験の数日前に事あってある事故にあってしまう。そのおかげで亮人は入院どころか、完全に意識を失ってしまった。

 寝ている間にセンター試験は終わり、大学の前期試験、後期試験、仕舞いには何とか学生を入れたいと空いた席を埋めるお情け試験の期間さえ終わってしまい、目が覚めたころにはサクラさえ、散り始めていたというオチだ。

 だが、亮人の父親はある巨大な会社、ボーダーラック社の社長を務めていたと言うのがあった。それゆえ、その父親からは大学に行けないならば就職しろとか、ついさっきまで寝込んでいたっていうのにやたら情けのない厳しさでここにいたる。

 ちなみに、この会社、ボーダーラック社に就職していたのは父親が社長をしている会社であるため、つまり世間でいうところ、コネという奴で入社したと言う訳だった。亮人にとって気に食わない話なのだが。

 では、一体、ボーダーラック社ではどんな仕事しているのかと言うと……。


「え!?」

「あ?」

 亮人のふらつきが遂に頂点を達した時だった。意識が再び朦朧とする中、目の前にいたのは人。でも、気づいた所で何もできない。痛みがひたすら頭に走り続け、思考回路が極端に落ちていた。で、体の赴くままにその人に倒れ込んでしまった。

 はっきりと意識はないが、それでも亮人はほっとした。倒れるのは免れた。この人には迷惑をかけたが、もたれ込んだ胸は平ら。まな板の胸ならばまあ問題は低い。もし、マシュマロがそこにあったらきっとさらなるダメージを負ってい……

「なっ……、なっ……、なっ……」

「な?」


 何か声が聞こえてくるのに気が付き、少し意識が戻ってきたのもあって顔を上にあげてみた。そこには、黒髪ショートヘアでこじんまりとした顔。ごつごつしている訳では無く、綺麗で可愛い顔していて……、

「お……、男じゃな……い?」

「こ……、この……! デリカシーのない、ド変態が――――!!」

 と、次の瞬間に何故か世界がくるっと一回転した。ついでに足は地面を離れ、いつの間にか宙を舞っている。もしかして……、足払いされた?

「問答無用ッ!! メ―――――ン!!」

 更に、何処からか出てきた竹刀が見事亮人の脳天を直撃。本日二度目の気絶に入った。


「おい……、おい……、しっ……り……ろ、しっか……しろ」

 闇の奥で声が聞こえてくる。何故か体中が悲鳴を上げている気がするのだが、まて、さっきまで何をしていたっけ。たしか、ふらついてまな板に当たって。そう、ま……、まな……板……まな板……。

「まな板言うな――――!!」

「いってぇええ!?」


 何かを叩く乾いた音とともに突如、視界が明るくなった。と同時に頬辺りがすごいひりひりする。訳が分からない。本当に訳が分からない。訳が分からないが、取りあえず目の前に誰かの顔があるのに気が付いた。中々焦点が合わず、何度も目を凝らしているとそのこじんまりした顔が。

「あっ、そうか! あの子!」


 ぱっと亮人は起き上がると再びその子を見た。と、何故か、その子は後ろに下がり気味で警戒している。

「急に頭を上げるな。当たりかけただろ」

 その言葉の意味が理解できなかったが、辺りを見渡して気が付いた。今、亮人はベンチに座っている。つまり、さっきまでベンチで横たわる亮人の顔をその子が覗いていたと言う訳か。

「確か……、俺、竹刀で脳天をぶっ叩かれたような……、いや、待て。まず謝るべきか……。その……、すみません。ちょっとふらふらしてて」

 頭を掻きながらちょっとバツが悪くなり声が小さくなっていきながらでもなんとか声を選んで謝ってみる。てっきり、もう一発位お見舞いされるかと思ったのだが、意外にそうではなかった。


「いや……、あたしの方こそ……、すまない」

 と、少し目を逸らしながらそう言ってきたのだ。

「まさか……、手加減した竹刀一発で気絶してしまうとは思わなかったのだ。悪かった。その……、やっぱり体調が悪かったのか? ふらふらしてたっていうのは?」

 目を逸らし、ちょっと顔を赤くしながら淡々と話しているその子。亮人は確かに思った。


――何この可愛い生き物!?――


 隣に座るその子は高校生なのだろう。黒髪ショートヘアのその子は制服を身にまとって横に竹刀を掛けてある。多分、剣道部か何かで。でも、凄く小柄で顔も小さくてなんと可愛い小動物なのだろうかと思ってしまう。それとはまた対象的に、その子の逸らしている眼だけはきりっとしていて、戦士とでもいえる鋭さもある。

「いやあ、まあ、その色々とあって、頭は痛いわ。右手は痛いわ。体中がぼろぼろでして」


 この子にやられた部分もあるけどそれ以外にもあの実験テストの反動がこの結果の大半を占める。もちろん、実験テストのせいだとか口に出せる訳はないが。

「そ……、そうなのか。すまないな。てっきり痴漢なのかと思ったからな。んでもってあたしのその……胸を見てがっかりして……、って、何を言わすか――――!?」

「いや、流石にあなたが勝手に言いました!?」

「ん、そうか? いや、そうか。まあいい」


 まあいいのか……。なんか、凄く不思議なキャラクターをしているな。ふとそう思った。なんか堂々としているのか、していないのかよく分からない。と言うか、初対面でいきなり敬語使わず堂々とするのは何か凄い。一応亮人の方が年上のはずだが、まあ、それこそどうでもいいのか。


 などと考えているとその子はふと亮人の右手に目を向けると慌てて手に取った。

「おい、その手、どうした? まさか、あたしがやってしまったのか?」

 ああ、小さい手に自分の手が包まれている。なんかいい。とかじゃなくて、その腕を亮人も見た。するとさっきまで気づいていなかったが右手に軽い火傷をしていたのに気が付く。特に水ぶくれが出来てるわけでもないし、たいしたことはないのだろうけど、恐らく実験の時に受けた傷だろう。


「いやあ、別に関係ないよ。それは……、前からなんだ」

「そうか? 古い火傷には見えないが……」

 と言ってもそれぐらいいしか言い訳が見つからなかった。するとその子はふと思い出したかのようにベンチを立ち上がった。

「今日は本当にすまなかったな。体に気を付けてくれ。ああっと、あたしの名前は彩坂凜(あやさかりん)だ。気軽に凛でかまわないぞ」

 咄嗟の自己紹介で一瞬反応が遅れたが、慌てて立ち上がると亮人も名乗る。

「俺は泉亮人。その……、凛。よろしく」

「泉亮人!? そうか、泉か! ではまた縁があれば」

 ? 名前で何か反応した? いや、流石に気のせいか。自意識過剰か……。それよりも、


「あ、そうだ。どうせなら、送ってやろうか?」

「送ってもらう? 泉にか? ついさっきまで倒れていた人に心配されたくはない」

 ああ、そうかい。とでも言おうとしたが、凜は小さな笑顔でこう言った。

「それに安心しろ、あたしは最強だ」

 そう言うと竹刀とカバンを持って軽く手を振りながらこの場から離れていく。それを見送りながら亮人は思った。

「最強……か。そういえば泉って、向こうも呼び捨てか……、しかも苗字で。一応、年上だと思うんだけどな。にしても……、やっぱりかわいいな、あの凜って子」

 凛の眼を逸らして赤らめていたあの顔を思い出して顔がゆるみかけた。その時、急にポケットに入っているスマホが目立つ音と共にバイブが起動する。慌てて取り出すとスマホの画面に「緊急招集」とでかでかと表示され、その下に場所も示されていた。

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