第27話 難関



「よし、この調子なら余裕を持って行けるな」


 美玲の声が明るい。

 他の者達もだ。


「ふん。当然の事だ。この世界の存亡をかけた戦いなのだからな。ぼやぼやせずにとっとと上へ進まんか」

「はぁ、分かっている」


 そんな空気に水を差す五十嵐の言葉。

 そういえば、いたなと思い出す。

 このフロアに来るときには真っ先にたどり着いたというのに、戦闘中は佐座目達のずっと背後にいた。邪魔にならなくて助かっているが、できれば通常時ももう少し存在をひかえめにしてほしいと思う。さすがに少しうっとおしくなってきた。


 美玲はそんな都合のいい隊長の様子にため息をつきつつも、仲間達と共に希望に満ちた表情で、上階へと向かうために歩き出す。


 そこに、重々しい物音が響くなど誰が予想しただろう。


 佐座目も、他の者達も油断していた。


 鎖の音が鳴りひびき、数多くのエージェントの心を折ってきた攻撃が放たれた。


「な……っ」

「あ……っ」


 美玲の舌打ち、理沙の呆然とした声。


 床に接地したモーニングスターから電流がほとばしり、エージェント達の体めがて走ってくる。


「――っ!!」


 部屋に響く悲鳴。

 床に倒れ伏す仲間達。


 ソウルブレイカーは悠々と身を起こし、こちらへと歩み寄って来る。


 エージェント達は異能を使おうとするが、スキルキャンセラーの効果によって発動させられない。


 前に出て一番近くに倒れていた美玲の体にソウルブレイカーの影が落ちる。


「あ……」


 かろうじて首を巡らせ、己の前に立つ機会を見上げる美玲。

 勝利を目前にして、希望を奪われた少女はどんな絶望を表情に刻んでいるのだろうか。


 佐座目は、己のうちに焦燥が生まれるのを感じた。


「く……くそっ……」


 らしくもない、と思いながらももがく。

 ままならない腕を動かし、右手にあるミスティックセブンを持ち上げ、標準を定めようとする。


「……っ!」


 振るえる指先を動かし引き金を引くが、だが、狙った場所には当たらない。


「美玲……さん」


 このままでは、彼女が殺されてしまう。

 こんな絶望しかない世界でも、希望をともそうと必死に頑張って来た一人の女性が。




 そんな一人の男性の姿を止芽久理沙は見ていた。

 あきらめても良い状況で諦めない、その姿を。


 何に対しても冷めた様子で、人と距離を保っていた佐座目。

 その彼があんなにも必死に、現実に抗おうとしている。

 その姿は、理沙の良くしる人物と重なって見えた。


 今も昔もアイツとは全然似てないし、似る所なんてそんなにないけど……。

 でも、水菜や仲間の為に一生懸命だった、船頭牙という人間の姿に、今の佐座目はよく似ていた。


 ……やっぱり兄弟なんじゃない。


「く……」


 鞭を持つ右手に力を入れる。

 ソウルブレイカーに不敵そうな笑みを作って。


「ふ、アンタは……知らないで、しょうね……っ」


 腕を動かし、ままなら状況に抗ってゆくりと持ち上げて……。


「私の鞭、何でできてるか……」


 知ってる? これ、全部がナイトメアウイルスでできてるのよ?


「――やああっ!」


 気合を入れて鞭を振るう。

 頭上で鞭が弾け、銀の雨が理沙の体に降り注いだ。




 当然、能力が無効化された状態という事は抗体も同じということだ。

 理沙の体はすぐさまナイトメア化し始めた。



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