第16話 憧れ

ここはマルトス王国辺境の地、セテル村。工業が盛んであり、辺境という名にそぐわず、栄える村であった。村であるためその規模は小さかったが、他国との貿易も行われ、ギルドも建設されていた。


「ねえねえ、お父さん!僕、大きくなったら英雄になる為に冒険者を目指すよ!」


10歳を迎えたばかりの可愛らしい子供が目の前の髭面の男に笑ってそう言った。ふざけて言っているようには見えない。子供特有の無駄に純粋な眼差しであった。

行動に移しもせずに、周りに口先だけの夢をばらまいているだけの子供の発言だった。


髭面の男、即ち子供の父親はいきなりの子供の発言に一瞬驚いた後、穏やかな目をして子の頭を撫でながら笑って言った。


「そうか。ネフティ、お前は英雄になりたいんだな。」

「そうだよ!僕は強い英雄ヒーローになるんだ。」


ネフティは、英雄をヒーローと呼んだ。父親はその様子に少し懐かしさを感じていた。この男も昔は英雄に憧れていた一人であった。しかし、父親は少し表情を曇らせる。


それもそのはずだ。職業としての冒険者は、ランキング上位に食い込めれば安泰だが、下位となると些か厳しいものがある。

昔は冒険者など、騎士試験に落ちた者や戦闘狂等がなる職業というイメージが強く、不人気であったらしい。

しかし、魔王再来の兆候が強く出始めた100年ほど前から本格的に国が動き始めたため、冒険者が急増した。それに伴い、地方ギルドの増設、冒険者制度の改定等が行われ、聖魔伝記の英雄譚も加わった結果、少し前から子供がなりたい職業1位の座を保持し続けている。


(憧れは確かに素晴らしいものだ。自らに夢を与え、行く末を照らし、進む道を示してくれる。)

父親は子の笑顔を見ていた。その笑顔はただ純粋に美しい未来だけを描き出していた。


(だが、それと同時に極端に視界を狭くしてしまうのだ。光の差す明るい部分ばかり目について、肝心な、物事の裏に潜む暗い部分を見えなくしてしまう。)


今まで数多くの者が憧れを抱き、時を経て挫折した。男もその内の一人であった。


男も小さいときには英雄を目指していた。修行し、それなりの強さを手に入れた。だが、それだけでは不可能だった。冒険者制度の闇の部分に耐えられなかったのだ。


(幸い、勉学が良くできた私は管理局への転職が出来たが、この子がどうなるかは分からない。せっかくの憧れを否定するのは勿体ないからな。せめて、勉学はしっかりとさせておかないと。)

男は決意を固め、しゃがんでネフティと目線を合わせる。ネフティは突然の父親の行動に少しびっくりしていた。


「それは良い夢だ。じゃあ、夢を叶えるためには何をするべきだと思う?」

「んーと、魔法の訓練かな。」

ネフティは少し考えた後、自信を持って言った。


「確かにそれは大切だ。だけど勉強も大切だと思うよ。例えば、魔方陣を描くときとかにね。」

「そっかーぁ!じゃあ僕、勉強も頑張るよ!」

ネフティは新しい事を学べて嬉しそうだ。


「良い笑顔だ。だがな、ネフティ。具体的にはどんな訓練をするつもりなんだ?」

「え、え…と…」

ネフティは予想外の質問に目を泳がせながら慌てている。しばらくすると涙目になった。


「ははっ、そうなると思ったよ!…ネフティ。憧れを抱く時は本気で挑みなさい。難しい事もあるだろう。面倒な事もあるだろう。でもね、憧れを実現させるためには逃げては駄目だ。それらも全て乗り越えてこその憧れなんだよ。」

父親は泣きかけの子供の顔をしっかりと見つめて言った。子供はそれを大切な事と理解したようだった。


「分かった。僕、努力するよ。憧れのままで終わらせてたまるものか!」

子供は確かな決意を胸に置き、口に出した。もう子供特有の憧れなどでは無かった。この瞬間、生涯を左右する憧れへと化したのだ。


「よし、その意気込みだぞネフティ!そうだな、私がネフティの訓練に付き合ってあげるよ。」

「本当に?!」

ネフティは顔を輝かせる。キラキラとした目を父親に向けた。


「ああ、本当だ。これでも昔は、名の知れた冒険者だったんだぞ。」

「それは凄いね!父さん、ありがとう!」


クロスガル学園歴代に名を残す男は、このようにして進み始めた。

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