第14話 緊急クエスト トレント大量発生

時は流れて、約一ヶ月。


少し雨が降りそうな灰色の空の下、アズベルは魔法の訓練に励んでいた。

目の前にはアズベルの身長の三倍はある大きな岩が一つ。とても普通の人では動かすことすらできやしないだろう。


「□□◆◆◆《救済をもたらし精霊よ、暴れる龍と成りて敵をうち砕け。》」

魔導書を手に持ち、片手を天に掲げた。


「バチィン!」

手の上に現れた魔方陣が禍禍しく光る。弾けるような音の後に、龍の姿をした光精霊、雷龍が飛び出した。


「キュオォォォォォ!!」

耳をつんざくような甲高い咆哮をあげる雷龍。その身体は常に放電状態を保っているため、空気は震え爆音をならす。

荒れ狂う龍は長き身体をくねらせながら、岩を玉砕した後に消滅した。

    

アズベルは無詠唱での魔法の行使が可能だ。だがそれはアズベルが想像できる範囲の魔法である。

いくらアズベルといえども前世ではただの高校生。想像できる範囲はたかが知れていた。


新しい魔法を知るには詠唱を使って、実際にその魔法を見ないことには始まらない。そのためにアズベルは、詠唱を魔導書で学んでいるのだ。





「はふぅ…これは結構魔力を使うなぁ。」

殺戮のつぶてと化した砕け散る岩の残骸にまみれながら、アズベルは一息つく。魔力障壁を張っているので、怪我をする心配はない。


「…まだイメージが的確には出来ないから、この魔法の無詠唱は難しいな。あと魔力が4割くらい残ってるから…この魔法とかだと訓練に使えそうだ。」


アズベルは魔力の研究によって、様々な魔法行使に必要な魔力量をある程度の数値に表すことができるようになっていた。無論、アズベル自身の感覚をもとにしているため、アズベルだけにしか通用しない数値データでもあった。


「□□◆◆《灼熱の精霊よ、舞い踊る炎と共に我の下に集いたまえ》」

アズベルが唱えた詠唱により、そこら中の地面から火柱が飛び出した。空を貫くかのごとく、空気を焦がし熱風を発しながら舞い上がる。


火柱はニ本を残して分裂し、その回りをまるで火の精霊が宿っているかのように踊り狂っている。火柱も回転が加わり、火の竜巻と化した。


「良し…はぁぁぁ!」

アズベルの手から魔力が放出され、二つの竜巻を覆う。その後、直径1m程にまで縮められた魔力牢のなかで、炎の竜巻は炎玉となった。


「ぐっ…」

魔力量を増やし、必死に炎玉を押さえ込む。しばらくすると炎玉は魔力牢の形に落ち着いた。


右手の上に炎玉を浮かしてじっと見つめた。

「やった!前よりも小さな炎玉になってる!このまま…」

アズベルは風精霊に魔力を分け与えて飛行魔法を発動、空高く舞い上がった。


「えっと、依頼されているベリア村は…あそこか。」

アズベルは音一つ立てず宙をけり、滑るかの様に駆け出した。




       ◆◆◆




アランによる訓練はまだ続いている。だが少し前に、10歳での旅立ちの件は隠した上でそれとなくアランに冒険者について尋ねたところ、冒険者としての訓練も兼ねることになった。


冒険者として目立つのは避けたいと言ったアズベルを考慮して、訓練の方法は特殊なモノとなった。内容としては、アズベルは名を明かさない非公式の冒険者として、依頼を勝手に解決するというものだ。

いわば、「突如現れて、一瞬で解決していく正義のヒーロー!その素性は誰も知らない!」といった様な感じだ。


2週間ほど前から、王都から離れた辺境の村、ベリア村の近くの森で木の姿をした魔物、トレントが大量発生しているらしい。


その村では木材加工が盛んに行われている。王都でもベリア村の木材、と聞くと皆が高級品だと理解する。特に王家もご用達の話は有名だ。

ベリア村では木材加工が生命線。森に行けないとなると、木材が手に入らず、村そのものの機能が停止してしまう。今は村の外から木材を仕入れて加工しているが、いつもの高品質にはほど遠いらしい。


その話を聞いた国王は、それは困ったものだと冒険者に依頼を出した。元々国から直接の依頼は戦争の徴兵、魔族襲撃等、重大なものしかされなかった。しかし、今回は王家ご用達と言うのもあり、特別に依頼が出されたのだ。



      ◆◆◆



王都の中心に位置する、白を基調とした美しき城、マルトス城。またの名をレインリリー《純白の愛》。その美しい城を一目見に他国からも旅人が訪れる。レインリリーは国の一大観光名所となっていた。


「まったく、まだベリア村の依頼は達成されんのか!」

レインリリーの城内にある書斎で、一人の男が怒っていた。


「しかし国王様。冒険者達は皆こぞって向かっているのですが、どうも数が多すぎて対処仕切れていないようなのです。」

「数が多過ぎるだと?あんな木の化け物、いくらいても変わらぬだろう!ゴブリンと同じ程度の強さの魔物ぞ?」

マルトス王国の王、ダーシャ・マルトスは、長年自分の直近を務める執事、ネフティ・ティミンに詰め寄った。


「確かにそうですが、弱きものも集まれば国を落とします。国民全てが反逆を起こせば、王家はすぐに滅びてしまうでしょう。トレントも民衆と同じ様なものです。」

ネフティはなだめるように言った。


「う…そうだな。だがそれはそれだ。誰が、ベリア村のトレントを倒せるものはおらんのか?あの村の木材は品質が高い。わしも気に入っているのに、無くなってしまうとのぅ。」

「ご安心下さい、国王様。冒険者ランクAの猛者を既に数人用意しています。明日頃には村へ到着する予定です。」

「ほっほう!さすがネフティだ。行動が早いな。」

「お褒め頂きありがとうございます。」

ネフティは一礼する。


ドンッドンッ!

ドアを荒々しく叩く音がした。


「誰だ!全くもう少し丁寧にノックせんか!」

国王は声を乱した。

「申し訳ございません!しかし、重用な報告がございます!」

戸の外から、若い男の声がした。


「何?!入ってよいぞ!」

「はっ!失礼します!ベリア村の依頼なのですが、たった今達成されたとの報告が入りました!」

「ほう!ネフティよ!お前の依頼した冒険者達はもう達成したようじゃ!」

マルトス王国の王、ダーシャは嬉しそうに笑っている。しかし、褒められているネフティはというと、難しそうな顔をしていた。


「…国王様、これは私の派遣した冒険者達の仕業ではないように思います。どう考えましても、行動が早すぎます。」

「そうなのか?途中で転移魔法でも使用したんじゃなかろうかの?」

「それも考えられますが、少し確認を取っても?」

ネフティは通信用魔導具を取り出して、冒険者へと発信した。


この世界では既に、電話と同じ様な物が魔導具によって作られている。携帯電話のように小型化も可能だが、高価なため余り普及はしていない。しかし、その性能は電話を遥かに凌駕していて、話し声を外に一切漏らさないようにしたり、逆にスピーカーのように使用したり、音声加工、録音、大抵の事は全てこれ一台で可能になる。


「ブゥーンブゥーン…ボフンッ。」

「誰だ?」

「私だ。ネフティだ。」

ネフティは通話隠蔽をしていないようだ。若い声の男が魔導具から聞こえる。


「なんだ。ネフティさんか。どうかしましたか?」

「どうしたもなにも、お前達は今どこにいる?村にいるのか?依頼はどうなった?」

「依頼はと言われましても、まだ村にさえ着いていませんよ。」

男は少し困った様な声で返事をした。


「やはりそうか。」

「何かあったのですか?」

「…依頼が何者かによって達成された。たった今連絡が来たよ。」

「そ、それは本当ですか?!名のある冒険者達が全員不可能だった依頼ですよ?!一体誰が?!」

「それはまだ分からない。報酬はしっかりと出すから、取りあえず引き返せ。」

「了解しました。」

ネフティは通信を切ったようだ。


「しかし、誰が達成したのだろうかの。」

「おい、若僧。他に情報はないのか?」

ネフティは若い兵を問い詰める。


「は、はい!情報によると、何でもたった一人で空から現れ、一発の魔法だけでトレントを退治したようです。」

「はぁ?!一人で空からだと?!」

ネフティは信じられないといった表情をしている。


「それは誠かの?」

「本当でございます。地元住民の証言もあります。その後、その人物はすぐに消えたとのことです。」

「転移魔法を使用したのかもしれんな。」

国王は、自信満々に言った。


「そんなことが可能な奴がいるのか?…」


時は少し戻る…




       ◆◆◆




「ケヒャヒャヒャ…」

恐ろしい笑い声をあげながら、トレント達は殺している。家畜を殺し、鳥を殺し、人をも殺す。

 森から出ることはなかったが、一度侵入してきた者には容赦なく襲いかかった。獲物に群がり、鋭い枝で貫き、臓物をグチャグチャにする。腕のある冒険者は死ぬことはなかったが、永遠に続くかの様な戦闘で負傷し撤退した。


そんなトレント達を上から見下ろしているアズベル。右手の上には、内部には荒れ狂う炎を収めた、美しき炎玉があった。地獄絵図の様なトレントを見て、アズベルは少し悲しそうな表情をしていた。


「集団は恐ろしい。常識を作り、正義を語り、平和を謳う。自分達に都合の良いことを常識、正義とし、自分達に都合の悪いことを悪とする。ましてや平和なんてもの、自分達だけが満足すればそれでいい。」

昔の記憶を思い出し、空を見上げた。


「集団での強さは確かに凄いけど…圧倒的強さには敵わない。」

アズベルは大きく息を吸い、炎玉をトレントへ投げつける。炎玉は爆発と同時に竜巻となりて、トレント達を飲み込んだ。


上空ではアズベルが風魔法を発動して、森のトレントを竜巻へと集めていた。森の木々はしっかりと保護している。


「グォォォォアァァァァ…」

くぐもった叫び声をあげながら、焼け死んでいくトレント達。


「弱者は弱者なりに努力が必要なんだ。集団なんていう楽に飛びつくからすぐにやられるんだ。」

アズベルは降り始めた雨に濡れながら、吐き捨てる様に言った。


「…あーあ、濡れちゃった。帰ってマリーとお風呂入ろっと。」

転移魔法を発動して、アズベルはフッと消えた。

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