第四十四章 その壮絶なる力

 手塚治子の指示で、一緒にかすみの邸に入った森石章太郎と慈照寺香苗は、二階にあるかすみの部屋に案内された。

「ここが、道明寺の部屋か……」

 森石が感慨深そうに呟いたので、治子と香苗は呆れ顔で彼を見た。森石は彼女達の視線に気づき、

「いや、その何だ……」

 頭を掻き、オタオタした。そして、ベッドの上で眠っているように見えるかすみを見た。治子は森石と香苗を見て、

「かすみさんは今無防備な状態です。アルカナ・メディアナが精神攻撃を仕掛けて来たら、ひとたまりもありません。それを防いで欲しいのです」

「なるほど」

 森石と香苗は自分達が呼ばれた理由に合点がいった。

「道明寺を俺達の力で覆うって事だな?」

 森石はかすみを見たままで治子に言った。治子はそれには敢えて突っ込みを入れずに、

「そういう事です。お願いします」

 森石と香苗は黙って頷き、目配せし合うとかすみを見た。そして、同時に自分達の能力である反異能アンチサイキックの力をかすみに向けて放った。

「かすみさんの周囲に保護幕を作るイメージで力を使ってみてください」

 治子のアドバイスを受け、森石と香苗はアンチサイキックの力を操作しようと念じた。最初はうまくいかず、かすみの周りに渦を巻くような状態になったり、かすみの顔だけを覆ったりしてしまった。

「落ち着いて行ってください。今すぐメディアナが襲撃して来る訳ではないですから」

 治子は、ロイドとジェームズ・オニールがメディアナに抵抗しているのを感じながら、森石と香苗に告げた。

(今のうちに)

 治子は自身の千里眼クレヤボヤンスの能力を応用し、かすみの意識層を覆うようにし、彼女の覚醒を促すように刺激を与えてみた。

(かすみさん、無理を言うようだけど、できるだけ急いで。ロイドさんとジェームズはどこまで戦えるかわからないわ)

 治子は自分でも気づかないうちに泣いていた。ロイドとジェームズの思いに気づいてしまったからだ。二人共、生き延びようとは考えていない。かすみの覚醒を信じて、命を賭している。

「は……」

 香苗が泣いている治子に気づいた。何故治子が泣いているのかはわからなかったが、その姿を見て、何としてもかすみを守ろうと決意した。

(アルカナ・メディアナは友人の仇。そして、世界の平和に暮らす人々の敵。道明寺さんは必ず守るわ)

 香苗の集中力が増した。そのせいで、彼女の身体が淡く輝き始めた。

「え?」

 治子と片橋留美子がそれに気づいた。香苗の輝きは、サイキックでなければ見えないものなので、アンチサイキックである森石にはわからないものである。

(凄いわ、慈照寺理事長の力……。森石さんより上かも)

 治子は香苗を見て感じた。そして、

(友人とテロに巻き込まれて、自分だけ助かったのは、この力のお陰なのね?)

 香苗はその力故、治子の千里眼でもその心の中は覗けないが、そんな気がしたのだ。

「治子さん」

 留美子にハンカチを差し出されて、治子は自分が泣いている事に思い至った。

「ああ!」

 香苗の能力の増強により、かすみの周囲に完璧なアンチサイキックの保護幕シールドができた。

「森石さん、慈照寺理事長、ありがとうございました。かすみさんを守る保護幕ができました」

 治子はハンカチで涙を拭いながら言った。

「そ、そうか?」

 森石は嬉しそうだが、実のところ、保護幕の大半を形成したのは香苗なのだ。しかし、言わぬが花と思った治子は微笑んで応じるだけにした。

「よかった、間に合って」

 香苗も治子の涙を見た影響なのか、泣いていた。

(皆さん、ありがとうございます)

 かすみも皆の力を感じているので、心の中で感謝した。


 一方、首相官邸の屋上では、メディアナとロイド・ジェームズの攻防戦がまた続いていた。

「ぐう……」

 ジェームズは限界に近かった。顔は汗塗れになり、主だった血管がほとんど浮き上がっている。

「ガイア、もう堪え切れなくなっているな? 無駄な抵抗はやめろ。楽になれ。今なら、まだ命だけは助けてやるぞ」

 メディアナは余裕の表情でニヤリとした。ロイドはガラス玉のような目でチラッとジェームズを見た。

「黙れ、悪魔め。命乞いをするくらいなら、このまま力尽きて死んだ方がずっとましだ!」

 ジェームズは気力を振り絞ってメディアナを睨み、言い返した。メディアナはフッと笑い、

「愚かな男だ。では、力尽きて死ね」

 そう言うと、自身の念動力サイコキネシスの力を強めた。

「ぐああ!」

 その途端、ジェームズの顔の血管が切れ、血が噴き出した。

「くそ!」

 ロイドはそれを見て、自分の力を広げ、ジェームズを援護した。

「ハロルド、お前らしくないな。人を助けるなど、お前の人生にはなかった事だぞ?」

 メディアナはさげすんだ目でロイドを見た。しかし、ロイドはそれには反応せず、更に自分の力を広げ、強めていった。

(カスミはハルコ達が何とかしてくれる。俺達は時間稼ぎができればそれでいい)

 ロイドはメディアナを睨んだ。

「無駄な足搔きだ。悲しいよ、ハロルド」

 メディアナが更に「ギアチェンジ」をしてきた。ロイドの力が遂に押され始め、ジェームズを庇っていた箇所がじりじりと下がって来た。

(化け物め!)

 ロイドは歯軋りして、自分の持てる力の全てを解放し、メディアナに対抗しようとした。だが、全く歯が立たなかった。

「短い時間だったが、よく堪えたよ、ハロルド、ガイア。だが、もうお遊びは終わりだ」

 次の瞬間、ジェームズが弾き飛ばされ、屋上のコンクリートの床に叩きつけられた。ジェームズの抵抗が途絶えたため、ロイド自身も限界になり、同じくコンクリートの床に叩きつけられてしまった。

(何がどうなったんだ?)

 一部始終を見ていた首相だが、メディアナのサイコキネシスが見えないので、全く理解不能だった。

「さて、この劇場にはアンコールはない。お疲れ様、ハロルド、ガイア!」

 メディアナが狡猾な笑みを浮かべて言い放ち、もう一度サイコキネシスの波動を二人に向けて放出した。床に亀裂が走り、倒れている二人を目がけて進む。


「かすみさん!?」

 治子はさっきまで全く無反応だったかすみから突如として強烈な力を感じた。

「何?」

 それを感じられない留美子と香苗と森石が呟いた。その時、かすみが目を見開き、フッと瞬間移動してしまった。

「かすみ、さん?」

 治子にも何が起こっているのかわからなかったが、ロイドとジェームズの命が危険にさらされているはわかった。

(もしかして……)

 それを感知したかすみが一気に覚醒したのかも知れない。そう考えた。


 メディアナは信じられないという表情で目を見開いていた。突然光り輝くかすみが瞬間移動して来て、メディアナの渾身の一撃をまるで霧のようにかき消してしまったのだ。

「カスミ……」

 ロイドが顔を上げて呟いた。

「かすみさん?」

 顔中から血を流しているジェームズは仰向けのまま呟いた。

「バカな……」

 メディアナはやっとそれだけ言葉を吐けた。まだ彼は目の前で起こった事が現実だと思えないのだ。よく見ると、かすみは意識がないようだった。メディアナは作り笑いをし、

「はは、まだ覚醒した訳ではないようだな、道明寺かすみ? ならば、今度こそ三人まとめて跡形もなく吹き飛ばしてやろう」

 もう一度力を溜め、放出した。それは先程のものより強力で、床を抉りながら突進した。

「カスミ!」

 ロイドが叫んだ。しかし、かすみは微動だにしない。波動が彼女にぶち当たった。

「ははは!」

 メディアナは勝利を確信して高笑いしたのだが、コンクリートの破片が巻き起こした土煙が次第に収まっていくと、全く無傷のままのかすみが姿を現したので、顔を引きつらせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る