第二十七章 千里眼の真髄

 再び人格が変わった錦野那菜は、穏やかな笑みを浮かべたまま、かすみ達を見ている。

(何?)

 かすみはその那菜に底知れない恐怖を感じていた。

(何を仕掛けようとしているの?)

 手塚治子は眉をひそめ、那菜の出方を探ったが、わからなかった。

(意識層を強力なシールドで覆ってしまっている。確かに只の人格変換ではなさそうね)

 治子は那菜の攻撃に備え、意識層を防御しながら更に那菜へと千里眼クレヤボヤンスを発動した。

「無駄よ、手塚さん。私の心の中は決して覗けないわ。それができるのは、全能なるガイアだけよ」

 那菜はクスッと笑って治子を見た。治子の苛立ちを感じたかすみは、

(治子さん、錦野那菜の挑発に乗せられないで!)

 意識層を守りつつ、治子に向けて注意を促した。治子はそれに気づいていたが、

(ここは敢えてこの女の挑発に乗り、どんな能力を使うのか、見極める)

 そう考え、力を針のように集約し、那菜の意識層のシールドに突き刺そうとした。

「考えたわね、手塚さん。なるほど、そうすれば、力はより強力になり、破壊力が増すわね」

 相変わらず、那菜は微笑んだままだ。全く動じた様子もなく、意識層のシールドもゆがみすらできない。

(え?)

 それどころか、突き刺そうとした力を那菜に掴まれたように動かせなくなった。那菜の笑みが狡猾なそれに変化した。

「おバカさん。私と精神能力で競おうとするなんて、身の程知らずね」

 那菜の右の口角がクイッと上がり、狡猾さが増していく。

「く……」

 治子は自分の力の中を浸蝕してくる那菜の力を感じた。まるで毛細管現象のように那菜の力がじわじわと治子に近づいているのがわかった。

「脳細胞を破壊してあげるわ。死なない程度にね。 貴女はこれから先ずっと、ほうけた人生を送るのよ」

 那菜は目を見開き、けたたましく笑った。

「治子さん!」

 かすみと片橋留美子がほぼ同時に叫んだ。

「これはね、全能なるガイアの指導で開花した能力なの。私は、精神測定サイコメトリーと瞬間移動しか力が発現していなかったのだけれど、ガイアのお陰で更に上へと行く事ができたのよ」

 言葉は穏やかだが、那菜の顔は険しくなっていた。治子はジッとその顔を見ていた。那菜はフッと笑い、

「哀れなものね。ついさっきは勝ち誇っていた貴女が、今は何もできずに私の力に浸蝕されるがままだなんて……」

 かすみが動こうとすると、那菜はキッとして彼女を睨み、

「おかしな真似はなしよ、道明寺さん。今はゆっくり手塚さんを浸蝕しているけど、その気になれば、一瞬にして彼女の脳細胞全てを破壊する事ができるのよ?」

 かすみはビクッとした。留美子もそれを聞き、念動力サイコキネシスを使えない。

「くう……」

 治子の鼻と目からじわじわと血がにじみ出して来た。那菜の力が治子に到達したのだ。那菜はまたクスッと笑い、

「道明寺さん、片橋さん、私に攻撃を仕掛けても、手塚さんに向かっている私の力は止める事はできないのよ。だから、どれほど知恵を絞ったところで、貴女達には何もできないの。残念ねえ」

 那菜がかすみを見やった時、治子の目から血の涙が流れ落ち始め、両方の鼻の穴から、おびただしい血がしたたり落ち始めた。

「何故、貴女達の攻撃が無駄なのか? それは、私の力が手塚さんのクレヤボヤンスの内部を通っているからなの。もし、貴女達が手塚さんに重傷を負わせても構わない覚悟があるのなら、私にも攻撃できるけど、仲良しクラブの貴女達には、決して手塚さんを傷つけるような真似はできないわよね?」

 那菜はもう一度けたたましく笑った。留美子は歯軋りしたが、かすみは那菜の言葉に引っかかっていた。

(どういうつもり? 何の意味があるの?)

 かすみは那菜の自信を奇異に感じた。

(そこまで教えてしまえば、方法がある。なのに、どうして教えたの?)

 留美子の能力はサイコキネシスなので、治子を傷つけずに那菜に攻撃を仕掛ける事はできない。だが、かすみの予知能力を応用すれば、治子のクレヤボヤンスの中に侵入し、那菜の力を遮断する事ができるはずなのだ。それを那菜が気づいていないとは思えない。

(罠なの?)

 かすみは出血が激しくなっている治子を見た。治子も視界の半分以上を赤く染めながらも、かすみを見た。そして、微かに頷いてみせた。

(治子さん? どういう意味ですか?)

 問いかけたかったが、那菜に気取られる可能性があるので、かすみはそうしなかった。

(治子さんはどうして頷いたの?)

 かすみは那菜に読まれないように意識を閉じ、考えた。すると那菜はかすみを見てニヤリとし、

「ふーん、何かを考えているようだけど、無駄よ、道明寺さん。貴女には私を攻撃するすべはないわ」

 更に挑発して来た。

(そうか!)

 かすみはようやく治子が頷いた理由に思い当たった。

(危険だけど、それしかないわね、治子さん)

 かすみは治子に頷き返した。那菜はそれに気づいたらしく、

「何を企んでいるのか知らないけど、無駄よ」

 そう言い放つと、上体を反らし、かすみと治子を哀れむように目を細めた。

「あらあら、抵抗するのね、手塚さん。無駄よ。能力の無駄遣いよ」

 治子は那菜の力が脳細胞に到達するのを押さえ込むために力を使った。それが何の意図があるのかも考えずに、那菜は更に力を強め、治子の意識層に押し入ろうとした。

「む?」

 その時、意識層の向こうからかすみの力が放出されて来た。かすみの力は那菜の力を押し返し始めた。

「待っていたわ、道明寺さん。貴女がそうするのをね」

 那菜の笑みがまたしても狡猾さを増した。那菜の力を押していたかすみの力もまた、那菜の力に浸蝕され、ジワジワと入り込まれてしまった。

「全能なるガイアに命令されているの。貴女の脳細胞の一部を破壊し、アルカナ・メディアナ様に従順な部下に作り上げるようにってね」

 那菜は勝ち誇ったように笑い、かすみの意識層の奥へと進んだ。その時だった。

「引っかかったわね、錦野那菜!」

 治子が叫んだ。

「何!?」

 那菜はギョッとして血だらけの顔をした治子を見た。

「貴女の負けよ」

 治子の言葉が聞こえた時、すでに那菜の意識層は、かすみの力の中を進んでいた治子の力によって貫かれていた。

「バカ、な……」

 那菜の目と鼻と口と耳から、血が流れ落ちた。事情がわかっていない留美子はびっくりして後退あとずさった。治子はフッと笑って、

「私も、あの天馬翔子というとんでもなく狡猾な人に力の使い方を教えられたの。だから、貴女如きに負けたりしないわ」

「ぐうう!」

 治子の力が那菜の意識層を完全に制圧したため、那菜は気絶し、床に崩れ落ちた。

「ふう……」

 気が抜けたのか、治子もガクッと倒れかけた。

「治子さん!」

 しかし、留美子が素早くサイコキネシスで椅子を移動させ、治子を受け止めた。

「ありがとう、留美子」

 治子は椅子の背もたれに寄りかかり、ハンカチを取り出して顔の血を拭いながら、留美子に礼を言った。

「治子さんが無事で良かった」

 留美子は泣きじゃくりながら、治子に抱きついた。

「ありがとう、かすみさん。私の意図を読み取ってくれて」

 治子は目の血を拭いて、かすみに微笑んだ。かすみも微笑み返し、

「いえ。治子さんなら、絶対に何とかしてくれると思って」

 三人は無事を喜び合った。そして、気を失っている那菜を捕縛するため、留美子がサイコキネシスでパイプ椅子を変形させて手錠を造り、それを手首に嵌めた。

「後は森石さん達の到着を待つだけね」

 かすみは治子と留美子を見て言った。

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