第十九章 頂上決戦開始

 かすみ達は、妻子を国際テロリストのアルカナ・メディアナによって殺害されたジェームズ・オニールと夜の公園で会った。ジェームズはかすみが想像していた以上に敵に関する知識を持っていた。

「そして、つい先程得た情報ですが、天翔学園高等部に現れた雑誌記者の錦野那菜は、光明子と名乗るサイキックです」

 ジェームズのその話は、かすみには衝撃だった。国語と英語の教師である新堂みずほの元に雑誌記者が訪れたのは聞き及んでいるが、それがよもや異能者だとは夢にも思わなかったのだ。

「どうして、それに気づけなかったのですか?」

 かすみは兼ねてからの疑問をジェームズにぶつけた。ジェームズは微笑んでかすみを見た。すると、手塚治子がほんの一瞬、嫉妬の目をかすみに向けたのがわかった。千里眼クレヤボヤンスの能力を持つ治子は、かすみに気づかれたのを悟り、すぐに意識を閉じてしまった。

「それは敵のリーダーであるガイアのせいですね。奴は、以前高等部の理事長をしていた小藤弘より遥かに強大な操縦マニピュレーション能力を持っています。高等部の敷地内では、一切の力を封ずる事ができるのです。いや、その気になれば、街一角を全て思いのままに操れるかも知れませんよ」

 ジェームズの説明にかすみは思わず治子や片橋留美子と顔を見合わせてしまった。

「光明子という名前、私と留美子さんを攻撃して来た人です。精神測定サイコメトリー能力を持っているのですね?」

 かすみは治子を気にしながら、ジェームズに尋ねた。ジェームズはかすみと治子の心の内を感じたのか、苦笑いをして、

「そうです。彼女は、前に高等部の数学の教師をしていた蒲生千紘よりその能力は高いと思われます」

 するとずっと黙って聞いていたロイドが、

「そんな連中を相手に勝算はあるのか?」

 唐突に質問した。ジェームズは真顔になってロイドを見た。

「勝算はゼロではないでしょう。しかし、半分を超える事もないでしょう」

 留美子がビクッとして治子を見た。治子は留美子の手を握りしめ、

「大丈夫。ここに揃っている人達も、決して連中に引けを取らないサイキックよ」

 かすみは治子の言葉を信じたかったが、ガイアの圧倒的な力を見せつけられているので、不安だった。

「連中の居場所はわからないのか?」

 森石が退屈そうな顔で口を挟んだ。視線が一斉に彼に集中した。ジェームズは首を横に振り、

「いえ。恐らくですが、ガイアがその力で結界を作り、外部から覗けないようにしているのでしょう。高等部の校舎からそれほど離れていないところにいるらしい事は把握していますが、詳細は今のところ不明です」

「そいつは残念だな」

 反異能者アンチサイキックである森石は不満そうに呟いた。かすみは森石の心の中が覗けないのが悔しかったが、

「貴方も油断されないように。貴方の恋人が錦野那菜に取り込まれそうになっていますよ」

 ジェームズのその言葉にギョッとした顔になった森石を見て、

(何だ、森石さん、結構本気で新堂先生と付き合っているんだ)

 かすみは妙なところでホッとした。そうなると、まだ森石を諦め切れていない保健教師の中里満智子の事が気にかかった。

「この会話も、ガイアに聞かれているのではないか?」

 ロイドは辺りを見渡しながら言った。かすみもそれは気ががりだったが、

「それは大丈夫です。治子と私で、結界を張りましたから、ガイアにも聞き取りは難しいと思います。それに加えて、あなた方個人個人の能力もありますから、普通の人間の会話を盗み聞くような訳にはいかないでしょう」

 ジェームズの言葉にかすみは全幅の信頼を置けると思った。公園に来てからランダムに彼の心の内を覗こうとしたが、誰と話している時も、何をしている時も、全くチラッという程度にも覗く事ができなかった。そこまでガードを張れるサイキックであれば、その結界はほぼ完璧であろうと思えたのだ。ガイア自身の能力がどれ程のものかはわからないとしても。

「ここでの会話は聞かれていないだろうが、ここに来るまでの過程を覗かれていた可能性はあるだろ?」

 森石が否定的な意見を述べたので、治子がキッとして彼を睨んだ。しかし、森石はおかまいなしだ。

「それから、ガイアって奴の手下の正体は掴めても、奴自身の事は何もわかっていないって事か?」

 ジェームズは真顔のままで、

「そうですね。ガイアに関しては、奴が男だという事以外は何もわかっていません」

「そうなのか? 俺はまた、そのコードネームから考えて、女だとばかり思っていたよ」

 森石は肩を竦めて言い添えた。ギリシア神話に登場する「ガイア」は女神だからだ。ジェームズは頷いて、

「私も最初はそう思いました。しかし、何度か奴と言葉を交わし合った結果、男であるとわかりました」

 するとロイドが、

「それから、奴は英国出身か、英国で長く生活していた男のはずだ。奴自身が英国生まれだと語った。その言葉を鵜呑みはできないがな」

 ジェームズはロイドの言葉に目を見開いた。

「そうですか。それはわかりませんでした。私自身が英国人ですから、気づきにくいのかも知れませんね」

「そうかも知れんな」

 ロイドはそのガラス玉のような目をジェームズに向けて応じた。その時だった。

『見つけたぞ』

 声が聞こえた。その声に聞き覚えがあったロイドの表情が険しくなった。かすみと治子はその圧倒的な力を感じ、ガイアだと認識した。

『やはり、追跡トレースしていたのか、ガイア?』

 ジェームズがテレパシーで返した。

「おいおい、何が起こっているんだ?」

 森石がかすみに尋ねた。

「ガイアに見つかったみたいよ」

「ええ?」

 森石はハッとして周囲を見渡したが、

「奴が目視できるところにいるはずがない。いつも自分は高みの見物しかしない卑怯者だからな」

 ロイドが挑発めいた事を言い出したので、かすみと治子はギクッとしてしまった。

『ハロルド、そんな挑発には乗らないと何度言えばわかってくれるんだ? 愚かだな』

 しかし、ガイアはごく冷静だった。悔しいくらいに。

『場所を変えるぞ』

 ジェームズはそう返すと、念動力サイコキネシスの応用で、飛翔した。

「な、な……」

 それを見た森石が仰天して口をぱくぱくさせている。ジェームズに続いて、ロイドも飛翔した。

「すごい……。ついていけないくいらい……」

 サイコキネシスを持つ留美子は呆気に取られていた。

「あんた達の相手は私がするよ」

 そこへ錦野那菜が姿を見せた。その途端、かすみと治子と留美子の脳を得体の知れない力が圧迫し始めた。

「俺を忘れないでくれよな!」

 森石はスーツの内側から拳銃を取り出して那菜に狙いを定めた。

「想定内だよ、おバカさん」

 那菜は嘲笑した。その背後から、目の焦点が定まっていないみずほが姿を見せた。

「何だと!?」

 森石はあまりの展開に色を失った。

(森石さんを封じるために新堂先生に接近したのね……)

 かすみは頭を駆け抜ける激痛に堪えながら、那菜とみずほを見た。

「あんたの射撃の腕がどれ程のものか知らないけど、撃てるものなら、撃ってごらんよ」

 那菜はゲラゲラ笑って、みずほと肩を組み、顔を寄せ合った。みずほは相変わらず目の焦点は合わないままだ。かすみは瞬間移動で一気に那菜に近づき、みずほを助け出そうと思った。

「え?」

 ところが、かすみが移動したのは全く別の場所だった。彼女は全身から冷たい汗を噴き出した。

(瞬間移動に干渉された?)

 かすみは一人のサイキックの存在を思い出す。

「忘れたのか、道明寺かすみ? 俺もいるんだぜ」

 そう言って嫌らしい笑みを浮かべたマイク・ワトソンがかすみの目の前に瞬間移動して来た。

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