8月 ニート、デモに参加しない

 家に帰ると電子レンジのレン子さんが俺のための夕食を用意して待っていてくれている。いや、電子レンジじゃなくてIHコンロのアイさんができたてほやほやの夕食を――。

 俺が久し振りに執筆作業をしているというのに、電話がかかってきた。今は夕方の六時過ぎ。飲み会の誘いなら、俺は行かないぞ。

「もしもし?」

「佐久間先輩、今、空いてますか?」

 電話の相手はまだ大学生の後輩の谷村だった。

「今は忙しいっていうか……、何の用だよ?」

「国会前に人が欲しいんですよ。佐久間先輩どうせ暇だろうから、来てくれるかなと思って」

「は? 何言ってるんだよ」

 俺は谷村の「どうせ暇」発言に引っ掛かるところがあったが、いちいち文句を言うのも面倒なのでスルーする。

「先輩、テレビとか見ないんですか? すごいっすね。今、日本が戦争始めるのを止めるっていうすごいデモやってるんですよ。国会前、すごい人いっぱいいてすごい熱気ですよ」

 すごいすごいうるさい谷村の話を半分聞き流しながら俺は晶子ちゃんの部屋にある小さいテレビの電源を入れた。ニュースでは確かに何百だか何千だかわからない人だかりができているのが映されている。

「ああ、なんか盛り上がってんのね」

「パナいっすよね? 佐久間先輩もどうですか?」

「えー、やだよ。俺、興味ないし」

「興味の問題じゃないですよ。もし、日本が戦争することになったら、俺達も徴兵されるかもしれないらしいんすよ?」

「徴兵?」

 そりゃあまた「勇者」の次くらいに現実味のない言葉だな。

「徴兵制が復活したら、俺達も戦争に行かされるかもしれないですよ」

「あー、ないない。俺、体力ないし。キャプテンアメリカだって最初は志願しても採用されなかったんだから、俺みたいなクズニー……、ラノベ作家志望は戦争行かなくて済むよ」

「いやいや、先輩それは楽観的すぎですよ」

「マジありえないから。もう切るぞ? じゃあな」

「ちょ、せんぱ――」

 さて、どこまで書いたっけ。そうだ。家に帰ってきた時に夕食を用意してくれている家電が擬人化した女の子を誰にするか、だった。レンジでもコンロでもいいけど、冷蔵庫のレイさんが昨日の残りものを保存してレン子さんと連携プレーで夕食を準備していてくれてもいいな……。

 徴兵か。それってどれくらいあり得る話なんだろうか。噂では自衛隊は訓練が厳しいって言うし、そう簡単に入れるところじゃない、入れても続けられるかわからないところじゃないらしいとは聞いている。もし、日本の現代技術の粋が集まって、どんなやつでも屈強な兵士になれる薬が開発されたら、俺も対象に入るのだろうか。いやいや、それは想像力が豊かすぎるって。いやいやいや、ラノベに想像力は必要だろ。

 あ、そうだ。書かなきゃ。

 ていうか、何で俺は家電が女の子になるなんつーフワフワした話を書いてるんだよ!

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