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 しばらくひとりで飲んでいると、バイトの女の子や客も数組入ってきた。

「何か食べる?」

 一段落ついたところでマスターが聞いてきた。

「んじゃ適当に」

「かしこまり」

 以前この店はマスターの親父さんとおかみさんが経営する『わたべ』という和食小料理屋だったが、二人が引退し、好き勝手やっていいという条件のもとマスターが店を継いだ。

 はじめは小料理屋路線だったのだが、これじゃないという思いがマスターのなかで募っていったらしく、二度の改装を経て、いまでは店名も英語に、バーのような雰囲気の店になった。

 だが料理は、新メニューもいくつか加わったものの、もつ煮や揚げ出し豆腐、鶏のからあげなど、先代からの名物は変わらず残っている。そのため経営者がオカマになろうが、見た目がバー風になろうが、地元民はさして気にもせずやってくる。

「どうせならオカマバーを前面に謳えばいいんじゃない? 珍しがって来る人もいるかもしれないし。ついでにマスターはオカマスターと名乗ればいい」

 あるとき、おれは軽い気持ちでそう提案したのだが、

「それはダメ。ここはオカマバーじゃないの」と、にべもなく却下された。

 オカマバーとオカマがやっているバーなんて、中十条と十条仲原くらいの違いしかないと思うのだが、マスターのなかでその二つは浮間と舟渡くらい違うらしい。

「あ、そうそう、健ちゃんに頼まれていたの忘れてた」

 京風だし巻き玉子をつまんでいるところでマスターがいった。

「健ちゃんって酒屋の健さんのこと? いま警察にいるんだっけ?」

「そう、その健ちゃん。いま神谷署で刑事さんやってるのよ」

「刑事? あの健さんが? 全然イメージ湧かないなあ。頼まれたって何を?」

「俊くんがきたら教えてほしいって」

 マスターは急に声をひそめた。

「……本村くんのこと、聞きたいそうよ」

「本村? 本村剛(つよし)のこと?」

「そう、その本村くん」

 本村というのは、おれの小中高の同級生だ。家も近所で、幼なじみといってもいい。

「本村のことって、本村がどうしたん?」

「えっ、ひょっとして――知らないの?」

「何を? 知らない」

「本村くんね……殺されたのよ」

「え……」

 おれは言葉を失った。

 本村が――殺された?

「本村が……なんで?」

「先々月かな、強盗に襲われたの。スマホで調べてみて。あたしは健ちゃんに電話してくるから」

 マスターが奥へ下がると、おれは息を呑んだ。

スマートフォンを取り出し、ニュースサイトで『本村 殺人 北区』と検索した。手は震えていた。結果はすぐに出た。

『〈東京・北区の住宅街で男性が刺され死亡。強盗殺人か〉 十五日夜、東京都北区の住宅で、無職の本村剛(つよし)さん(二九)が倒れているのを帰宅した家族が発見。搬送先の病院で死亡が確認された。本村さんの遺体には多数の刺し傷があり、住宅の金庫にあった現金五百万円もなくなっていることから、警視庁では強盗殺人事件の可能性が高いと見て捜査を開始した』

 これが事件の第一報だった。その後いくつか続報はあったが、容疑者が逮捕されたという記事はなかった。

 何が起こったのかはわかったが、事態をうまく呑みこめなかった。

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