第2話 波 2

 会社に戻り席に着けば、仕事という名の雑務が待っていた。

 やれやれ。

 さっき閉じた画面を呼び出し、木山さんのランチを想像して自分を鼓舞する。

 頑張れ私! あと少しでランチタイムだ。カフェで美味しいガーリックチキンとフレンチトーストが待っている。

 張り切って仕事の続きに取り掛かっていたら、不穏な気配を直ぐそばで感じた。

 ……いやな予感。

「西崎。この書類とこれ、照らし合わせておいてくんない?」

 出たっ。瀬戸君の雑務攻撃。ポストだけじゃ飽き足らず、また仕事を振ってきたよ。自分でやればいいのに。もう、こうなったら”瀬戸ハラ”を社内に広めちゃうぞ。

 書類の束をとんとんと整えながら、不満に口を尖らせそうになっていると、再び篠田先輩が現れた。

「西崎さん。悪いんだけど、来客なんだ。会議室にコーヒー六つ頼むよ」

 おお、天の助けっ。瀬戸君の雑務よりも、篠田先輩のコーヒーの方がうん千倍いい仕事だよ。

 思わず表情がぱーっと明るくなる。

「了解です」

 迷いなく元気に立ち上がると、「俺の頼んだ仕事は?」と面目なさそうな顔をした瀬戸君が私を見ている。けれど、篠田先輩を差し置いて自分の雑務を優先させることも出来ずに、渋い顔をしながらも引き下がった。

「じゃあ、この仕事は他の子に頼むよ……」

 不満げに言って瀬戸君が踵を返すと、先輩がニッと私へ笑いかけた。

 どうやら先輩は、私が瀬戸君の召使になりそうなところを助けてくれたみたいだ。嬉しいな。

 それから、改めて先輩からお願いをされる。

「コーヒーも雑務だけど、いいかな?」

 遠慮がちに訊かれたけれど、二つ返事というもの。

 篠田先輩なら、召使にでも小間使いにでもなります。


 コーヒーを淹れて会議室に入れば、真剣な表情で商談をしている先輩が一番に目に入る。その横顔は凛々しくて、ずっと眺めていたいくらい。かと言って、お茶くみがいつまでもいられるわけもなく、粛々と退出。

「やっぱり素敵」

 会議室から出てお盆を胸に抱えながら幸せ気分に浸っていたら、時刻はランチタイムになっていた。

 先輩は、お昼どうするんだろ?

 たった今出てきた会議室を振り返るも、訊けるわけもない。

 来客の人たちと出かけるのだろうか? 食事をしながら会議の続きなんていうのも、よくあることだよね。

 一度くらい先輩と一緒にランチしたいなぁ。

 憧れの先輩とランチしている図を想像しただけで、また頬が緩む。

 先輩は何が好きなんだろう?

 ガッツリ系?

 和食?

 イタリアン?

 それとも、わ・た・し? きゃーーっ。

 アホな妄想に駆られていたら、いつの間にか瀬戸君が目の前にいた。

「そんなにそのお盆が大事か?」

 胸元にぎゅっと抱きしめたままのお盆を見た瀬戸君が、真顔で訊いてくる。

「そっ。大事なのっ」

 妄想を邪魔されて、ぷいっと横を通り過ぎると、何怒ってんだよ。と言いながら横に並んできた。

「篠田先輩にばっかに気を取られてないで、仕事しろよな」

 なによそれ。自分が仕事を振ってくるから、私の仕事が捗らないんじゃない。

 ムッとした顔を向けて立ち止まると、持っていたお盆をひょいっと奪われた。

「何だよその顔」

 逆切れのように言ってきたと思ったら、お盆を持っていない方の手がこっちに向かって伸びてきた。

 そうして、頬がぎゅうっと摘み上げられる。

「痛いれす……」

「やわらけ」

 人のほっぺを摘み上げた瀬戸君は、おかしそうにクツクツと笑う。

「お盆はオレが戻しておいてやるよ」

 摘み上げていた手を放してそう言うと、笑いを堪えることなく踵を返して行ってしまった。

「もおっ、痛いじゃないのさっ」

 既にいなくなった背中に向けて文句を言ってみても、負け犬の遠吠えでしかない。

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