5月 五月病予防には飲み会と知恵の輪(1)

 妻とその実家に奉仕し尽くした黄金週間が終わった。

 田実にとっては途轍もなく長く感じられた結婚後初めての大型連休。

 懐かしささえ感じつつ出勤すると、デスクの傍らに事務担当の山木が立っていた。連休なんてまぼろしだったのかもしれない、と思ってしまうような、まったく変わりない無表情な面持ちで。

 田実が声を掛けるより早く、おはようございます、と一枚の紙を差し出してきた。

「今月行われる親睦会についてです。表は水道局や組合主催の公式親睦会、裏は内輪で行われる非公認の親睦会となっています」

 それは親睦会という名の飲み会。

 本庁でも四月から五月にかけて多数行われていた。

 水道局に異動してきてからこれまでまったくなく、訝しく思っていたのだが、どうやら水道局では五月に一括して行うらしい。

 ありがとうございます、と受け取った紙をひらり、ひらりと二度、三度、引っ繰り返して眉をひそめる。

「あの、山木さん」

「何でしょうか」

「これ、ちょっと多すぎやしませんか?」

 B5の紙面の裏表、上から下まできっちりと神経質までに細やかな手書きの文字で埋め尽くされていた。正直パッと見た限りではどちらが表か裏か分からないほどに。

 服装やその他注意事項まで書かれているからだとしても、

「……八、九……、十……十一、十二、十三? 十三もあるんですけど」

 多すぎる。

 公式が五回、非公認が八回。

 公式も本庁に比べると多いが、それ以上に非公認が妙に多い。

「これだと単純計算しても週三回は親睦会ということに……」

「文句あっか!」

 山木とは違いすぎるほど違う低く野太い声。

 何が起こったのか理解する前に、何か太いものでグッと首を絞められ、驚愕と恐怖と声にならない悲鳴を上げる。

 半ば反射的に山木の方に手を伸ばすと、山木は眼鏡のブリッジに左の中指を当て眉根を寄せて溜息をついた。

「宮本さん、まだ説明の途中です。田実君を放してください」

 あぁ宮本さんか、と気付いたのとほぼ同時に、田実は首を絞めていた太いものから開放された。

 咳き込みつつ呼吸を整え振り返ると、案の定、水道局一の巨漢にして名物男の宮本――異動してきたその日、絶対堅気の人間じゃないと思った三人組のうちの一人だ――がこちらを見下ろしていた。

 停水業務が好きらしく、何かにつけて「あそこはさっさと停めればいい」なんて繰り返すため、付いた渾名は「停めたがり」を略してガリー。

 その停水業務の時に最大限まで生かされるのは未確認生物にも負けない驚異の肉体。

 今だって作業着を着ていても随分厚いのだろうと容易に想像が付く胸、その前で組まれた腕など、鍛えられていると表現するにはあまりにも怪物染みていて、とにかく太い。きっと田実の首を絞めていた太いものの正体はこれだろう。

 文句ないです、すみません、と俯くと、背後から溜息混じりに山木が言った。

「田実君、謝らなくていいですよ。悪いのは宮本さんです――宮本さん、暴力は未確認生物だけにしておいてください」

「……親睦会を冒涜する奴を許せと言うのか?」

 唸るようにそう言って、宮本は田実から山木に視線を移す。

「田実君は別に冒涜しているわけではないでしょう。単に回数が多いと言っているだけです」

「ああ? それこそ冒涜だろう。大体何のために親睦会があると思ってんだ?」

 何のためにあるんだろう――田実は、山木の方に向き直る。

 これからその説明をするつもりだったのですが、と呟いたあと、

「五月病予防のためです」

 と山木は言った。

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