洞窟の中、深淵の内(なか)
すべては、なにもかも突然に起こったのだった。すさまじい力でとろりとした質感の触腕にからめとられ洞窟の中へ引きずり込まれた。およそ千年と少し前に離れた魂たちが再びまじりゆく。
もともと、この身体の中に宿った自我などというものは幻想に過ぎない。土地の記憶の集積を最適化して人形に籠めただけ。漆黒の中にあって意識は途切れない。視界は全てを呑み込む暗黒に塗り潰された。
意識が揺らぎ始め記憶の混濁が起こる。固有記憶の削除、自我の崩壊、そして何も無くなる。本来の姿への回帰。
おかえりなさい、なにをもっているの?あたたかいなぁ、うらやましいなぁ、ほしいなぁ、ちょうだい、ひとりじめしないで。
雨との思い出へと手が伸ばされる。べたべた、ぶちぶちと記憶は拡散され掠れていく。
触れてくる闇の中からは悪意は感じられなかった。記憶に有ったような、命ある全ての者に対する圧倒的なまでの害意執着怨念それらは感じられず、絶対的な何かによる安寧を、逸楽を希求し渇望する声に満ちていた。人理を越えた御し難いナニカはより御しやすいモノへと変質し上書きされていた。
「これもあげる、だいじなものだったけれど、すこしだけど、足りないかもしれないけれどもっていて」
誰何するまでもなく声の主は玉だと知れた。
「あなたのことを待っていたよ。お母さんのにおいを届けてくれてありがとう」
玉の役の者・・・・・この時を幾星霜、待ち焦がれたか。
まだ脈を刻み続けていた心臓から言葉が溢れる。
「あなたは、初代の霧?」
「玉、母を渇望し異形に変えられたモノ。母親との記憶があなたをあなたたらしめるよすがとなってこの揺籃のなかでも存在していられる」
決着をつけなければ。幕引きを。胸に去来した言葉は強い決意の炎をともした。
「玉のかわりにここに留まります。だから貴方は向こうでやり残してきたことを」
「けれど、ここに連れてこられたときに宿るべき血肉を置いてきてしまった」
「傀儡の身体でよければ、まだ使えるだろう。こちらとあちらを行き来できる」
「戻ってきてそれから、どうなりますか?」
認識は言葉にするよりも早く共有された。
解き放たれるのだ。時間の重みから、記憶の圧力から。魂たちの熱量から。そして無窮の渇望から。
「・・・・・迎えが来た、さぁ」
だれが?との疑問に、答えるかのように闇の中から異物が手を伸ばしてきた。
「見つけた・・・・・見つけた、こんなところにいた」
懐かしい言葉だった。一番初めに耳にした言葉だったような気もする。やわらかく、温かい腕に、千切れたからだが掻き抱かれる。おかしい。何かが変だ。
「もう大丈夫だから。大丈夫、大丈夫」
誰かの言葉がそっとふれる。氷のように冷たく、蜜のように甘いそれは終焉とは別のものを与えた。
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