招かれざる客

「二人の傍へ」

 雨が引っこ抜いた心臓を襲いかかってきたやつの顔に叩きつけながらそう言ってきたので素直に彼女の言葉に従った。息を切らせて二階へ戻ると虹が奥さんに水を飲ませていた。

「お庭の様子は?」

「優勢。風は二階から弾撒いているし、人外二人が滅茶苦茶強い」

「そう」

 三人が無事なのを確認し、腰を浮かせた時、畳に何かが走った。奥でヒュウと風が口笛を鳴らし、ずりずり匍匐しながら障子まで来た。

「へへへ、狙撃されてるね。弾は中ってない?」

「うん。移動した方がいい?」

「皆を連れてさらに奥へ、とうこさん、押し入れの部屋に行って。鍵はその子が持ってる」

 ぴすっ、ぱすっと音速の弾が降る音を聞きながら奥さんは気丈に頷いた。

「こちらへ」

 雲が彼女の肩に手を貸し静かに移動を始める。風は下に降りて行った。薬莢の跳ねる音が断続的に聞こえてきたので二人の援護に向かったようだった。

 二階の廊下を進んださらに奥、漆喰の壁と年代物の鉄の扉がある一角へ案内された。鍵穴は蔦の文様、それを軽くなぞるとカチャっと軽い音がして扉が開く。虹と奥さんを先に詰め、周囲を警戒しながら雲と扉を閉める。ばちんと弾が扉にあたる音がして奥の二人はびくっと肩を震わせた。

 扉を閉め、明かりを灯すとカビ臭く窓のない板張りの納屋が照らされる。

「お、電波はいるね。霧と繋がるかな?」

 ばちん、びゅっと相変わらず弾が降ってくる音が聞こえるが、ここだと射線が通らないのか部屋が頑丈なのかその音は間遠になっていた。

 雲は電波が悪いのか途切れ途切れに霧と話している。

うす暗く、埃に満ちたこの部屋は土蔵だ。知っている。古い和綴じの本が壁際の棚に置かれている。先代の風と雲の日記だ。何が書かれてあるか、知っている。ここの部屋に古い真鍮の薬莢が保管されている事も知っている。一番奥の埃をかぶった木のつづらの中に昔の着物と一緒に入れたから。

保管した時は桐の木目が美しいつづらだったのが積もった埃で真っ黒になっていた。埃を払い、蓋を開けると、着物が二着と薬莢が五つ入っていた。

「雲」

 電話をかけ終わり、こちらを見ていたので声をかけた。

「それで、霧は?」

「まだ用事が終わらなくて待ち時間に射線の計算をしてみるって言われた。私もやってみるからとうこさん、ちょっと教えてくれないかな?」

 ポケットからメモ用紙とペンを取り出し風の家の間取りを書き出した。合点のいかない二人を尻目に間取りの詳細や二階から見える景色などを事細かに聞いていた。そこに数本直線を引き、しばし考え込む。また直線を引き、何かを探している。

「消防署の訓練用のやぐらは?」

「ああ、なるほど」

 地図上の直線を伸ばしてゆくと一点に収斂された場所が示された。

「確かに、近くだね。射線も収束するしここかも」

 雲は携帯を取り出しまた霧に連絡をした。うん、うん、はいはい、そこそこと短いやり取りが交わされた直後、雲の携帯が点滅した。

「え?電?どうしたの?あ、うん。そうなんだ、ふんふんふん、分かった。気をつけてね。霧が何とかするって言ったから大丈夫だと思うよ。うん、はい、じゃあ、うん、またね」

 携帯を懐にしまい、不安げな奥さんに微笑んで雲は口を開いた。

「三人とも無事で、一階の敵はみんな倒したそうだ。今は狙撃を避けて各々遮蔽物に隠れているんだって。それから、たぶん狙撃手は消防署のやぐらにいる。霧もおんなじこと考えていたみたいだしあと二十分くらいで出られるんじゃないかな?」

 二人の顔が少しほころび放念したのが窺えた。

「ねぇ、雲、玄関にいた人って警察官よね?」

「そうだね。えっと、多分火が県警直轄の組織を動かしたっぽいね。だましたのか飛天の毒で籠絡したのか知らないけれど、数は多くなかった。それと、後詰めのやくざ者たちは・・・何なんだろうね。木の組織の規模じゃあ昨日今日とあんな大人数は集められないから、きっと他所に相談して人数集めたのかも」

「そ、そう・・・」

 奥さんが上ずった声で頷くのでまだ言外に聞きたいことがあるのだろうと察した。

「この件に関わったという事は最悪命を落とすこともあります。末端の動かされている人たちはともかく、役の人はそのことを重々承知している。それにきっと、今の世の中じゃあこの土地で今現実に起こっていることをそのまま話してもみんな信じてくれないでしょう?だから、網が必要なんです。悪意に対抗するための網であり、事態を拡散させない為の網。でも、こうやって現在の、内に収束していく流れがどんどん外に広がる流れになると必ず反動が来てしまう。それが何かはよく分からないけれど」

 少し言葉を重ねるのが辛い。網とは何のことだろうと、つぶやいた言葉の真意も分からなかった。すこし、まずい兆候なのかもしれない。

「とりあえず、大事になるまえになんとかするから。ショッキングなことが起こるだろうけど奥さんは気を確かに持って自分の身の安全を一番に考えてほしい」

 背後で雲が微笑み、虹もそうねと頷いている。

「それで、朝も話していたけれど網っていうのは?」

「たぶん、電が言ってた白い魚を捉えるわなだ。気脈の流れに沿って設置するから、土地の要所に配置してこっちに有利になるように働きかける。まぁ、妨害が予想されるけど」

「じゃあ、もう一つ、あなたが仮に襲われて倒される、若しくは攫われる事態になったらどうすればいい?」

「攫われる、のはあり得ない。一回失敗したから、きっと殺される。そうなったらみんなでお宮へ行ってそれからまた手段を考えなければならない」

「・・・・・分かった」

 雲、と心配そうに虹が声をかける。

「私は医者だから常に最悪に展開を想定しておく癖があるんだ。それだけだよ」

 そう、とか細くうなずいてちらりと目配せした。話を続ける。

「それと、わなを仕掛けるときは三組に分かれよう。霧と風、雲と電、残りの三人で。場所は、地図出せる?」

 雲は携帯をいじると地図を示した。縮尺を変えながら場所を指示する。

「場所は分かったしやり方は電が知っているんでしょ?市内を回ればいいんだしお昼過ぎくらいには終わると思うけど。まあ、邪魔されるよねえ。私は下にいる人たちのように戦えないけど大丈夫なの?電がいるからそんなに怖くは無いけど」

「うん、大丈夫。それに霧が言っていたけどお医者さんや弁護士さんを傷つけるのは重罪だって。それに、たぶんこっちに人数は集中する。この災いの特異点と言うか、ねじ曲がった事象の収斂された一点のような存在がいるから」

「・・・・・ねえ、その、じゃあまた銃で命を狙われたりするのかしら?」

「そうなるかもしれないね。でも、雨もいるしなにより」

 ・・・・・なにより?

そこには異質の冷気と言霊の力で振動する空気があった。ぞっとしてその場にいた全員が振り返ると異形のモノがそこにいた。人面に子牛の姿をしたモノ。

「く・・・」

 雲のポケットから呼び出し音が空疎に響く。異形のモノのおとないにただただ目を見開いている。凍りついたように身体が動かせない。視線が釘付けになる。

 異形の者は男でも女でもないざらざらとした耳触りの声で言葉を発した。それの不快で邪悪な言葉は力を持ち、波のさざめきのように拡散し周囲を鳴動させ事象を変質させていく。

最後によかったなぁとにたぁと嗤った。不自然な大きさの人面パーツが雑然と張り付けられ、涎を垂らし黄ばんだ乱杭歯をのぞかせるその口で、もう一度よかったなぁと言った。

 立ちのぼるおぞけにみな、一様に支配されていた。

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