土地の記憶、気脈の作用

 話の中で気脈、という言葉を使った。記憶と気脈。両者はその土地の在り様と密接に結びついている大事な要因である。

「そう、例えるなら、リンパ管と血管のようなものだ。気脈は血管と似ている。流れが速くて浄と穢がある。ここの土地には気の大動脈が通っている。つまり」

「つまり、大動脈を押さえれば周囲の組織だけでなくより広範囲の組織に影響を与えることができる。そしてそのフィードバッグを得られれば、神様はより強くなれる。でも、それってまるで悪性腫瘍だね。際限なく増殖し周囲の気脈を貪り食うようなものだとしたら、それを防ぐために免疫反応が起こる。それが私たちの役ってこと?」

 雲の医者らしく例えた話は的を射ていて、電が嬉しそうに口をゆがめていた。

「そう。そして、その悪性腫瘍がまきちらした毒は、何によって無害になるかと言うと」

「さっきのたとえで言うなら肝臓、になるかな?それとも腎臓?」

 風が雲の発言にかぶせるように言って、少し言葉を切った。

「あ、もしかして、私たちの名前って水が関係するものだから腎臓?血液中の老廃物をこしとって水に溶かして出すからってこと?」

「そう、感覚は同じだ、最初に役回りの仕組みを作った奴は穢れを水で祓い、流し、清めるために水に関係する名前にしたと言っていた」

「ん?でも、私たちの役目はいわゆるリンパ管だよね?」

「・・・・・少し、話を整理しよう。役目がどのようなものかは説明したから、電が少し触れていた役の作用について、それからむこうの悪性腫瘍を広めようとする人たちのことを、今までの経緯と絡めて話す。それでいい?」

 めいめいに話し始めたので一息おいて、また話を仕切り直す。

「さっき霧が言いかけたように、この役は気脈とは違った働きをする。沢山の出来事を経てそれの記憶の堆積とともに役も増えていった。初めは、この状況を危惧した人ではない電と雨、そして両者の説得に応じたカミを持ちこんだ者の三者、電、雨、雲だけでよかった。雲が湧き、雷を下ろし、雨がふり、天から地へ、水が高きから低きへ流れるように気の流れを整え、穢れを払う為の取り決めをした。具体的には、持ち込んだカミの祭祀の中断と、発端となった一族にここの土地を山の主として気脈を管理してくれるような仕組みを作ることだった。土地の記憶を苗床にしないカミなら祭祀が途絶え、気脈も取り上げれば力は弱りいずれ消滅する。それを百年も千年もかけて待てばよいと思ったからだった」

「つまり、最初の禍は大過なく、持ち込んだ一族と当時の雨と君で対処したんだね?」

「そうだ。まあ、その前に持ちこんできた一族も、カミの暴威に触れ身内に犠牲者が大勢出て瓦解寸前だったからな」

 電も、覚醒時にはもう思い出せないであろう記憶であっても、ここでならしっかり思い出せるのだ。土地に満ちる死の予感を、止むことのなかった挽歌の嘆きを。

「それから三百年経って、その考えに狂いが生じた。完全に存在できる核を断ったカミがなにかを窓口にしてこの土地に再び染みだしてきた」

「それは、胎児の魂を媒介に?ってこと?」

 首を横にゆっくりふり、一拍置く。

「この土地の死者の魂すべてを、辿ってゆくべき道から遠ざけ自分のところへ招くよう扉を作っていた。そしてその蓄えた力でこの土地へ介入できるように雌伏していた」

 嘆息と、憤慨の混ざった吐息が聞こえた。

「それは、随分冒涜的なやり方だね。私は、死者に安らかな眠りを与え、再び何処かへ出立する旅路の門出を整えるのが生者の務めと思っているよ。それを捩じ曲げてまで、神様になりたかったのかい?」

 射抜くような瞳で雲は見返してきた。医者として、数多の死に立ち会っていた者としてのごく自然な怒りだと分かったが、それにたいする返答として、今は微笑みかけるだけしかできなかった。

「雲はお医者様だから、死者と生者のあり方にいろんな形があるのを知っているからね」

 やんわりと虹が諭すと、雲は話を中断させてしまったことを詫びた。

「そして、窓口となったのは記憶の堆積物として形を与えられた核を持たない白い子だった。それが死者と、生きている者の中でも、心のありようの弱い者たちから少しずつ魂を掠めて三百年待っていた」

「それは、今撒かれている飛天の毒に魅せられる素質がある人たちとも関係する?」

 霧の問いに頷首して千年前の続きを語る。

「山頂でカミを祀っていた一族たちは、封じたものが再び白い子を通じてこの土地に現れようとしているのを察知し手を講じた。その時に霧の役ができた。だが、むこうも馬鹿ではない。白い子とは別に火、金、土、木、玉の役にふさわしいものを探し一層効率よく力を蓄えさせていった。力を手にしたい術師、金と閨閥でのし上がりたい守(かみ:地方政務長官)、土地を手にいれたい寺院、そして、労苦から自由になりたい農民と、もう一度故郷へ帰りたいカミと同郷の異国の貴人」

 雨からため息が漏れて少し渋面になっていた。

「それが金、木、火、玉、土の由来に、地は土地を均し木はこれを植え火が収穫し、金がこれをばらまき玉が搾取したっていうことになるんだね」

「そう、白い子の出現と同時に飛天の毒も山に現れたので、山の主と相談して都の呪い師にも協力してもらった。それが霧だ。彼女は気脈の流れをよく見ることができたが、白い子の仕組みには気がつけなかった。だから正体をあぶり出すために少し細工することにした」

 言葉を重ねるごとに、往時の手触りや交わした言葉など記憶の断片がぽろぽろ零れ出てくる。今に過去を重ねて役を任じられてきた、記憶の中の彼らに語りかけることで記憶を再構築し、為すべきことを共有する。

「どうやって?癌細胞の話じゃないけれど・・・・・その、白い子が腫瘍だとしたら、それを見つけるために血中に造影剤でも入れるのかい?」

 雲が医者らしいことを言う。雨と電以外はふんふん頷いている。

「理屈は同じだね。彼女、当時の霧は電と雨の助けを借り気脈の通り道に陣を張って白い子を捕らえ、封じられているものに感付かれない様に捉えたソレを精査した。そして、土地の記憶の集積物で、封印されていたカミの傀儡となっていること、実際に作成したのは玉であることを突き止めた。それから霧は白い子に少し細工をした」

「だから、貴方はよく混じっていると言った。前々回は陽の気が勝ち過ぎていて、前回は陰陽綺麗に別れておったが双子でどうなるかと思った。しかし、今回は良く混ざっている」

 事の次第すべてを見守ってきた男に微笑みかけ、ゆっくり息を吸う。

「そう、記憶の集積物はカミの気脈を与えられ不安定で歪な形で存在していた。だからカミの気脈を剥がして、代わりに霧の魂を入れた。カミの強力な陽の気を中和するのに女性の陰の気が必要だったから」

「それって、人身御供みたいなものにならないの」

「そう、今の感覚だととても残酷なことだけど、当時の霧に躊躇は無かった。命の価値が現在とは全く違うから、身体は滅んでも傀儡に霧の魂を与えることで霧にも神様みたいな永遠の命が得られると考えた」

「当時の霧はじゃあ、自分の死に納得していたのね」

「そう、彼女は消えてしまう時に、自分の記憶もこの土地の記憶に溶けて一緒になってしまうけど、またこういうことが起こったら電や雨を助けてあげると言って身体が蒸発した。朝日が射すと消滅する霧みたいにね」

 雨と電以外はぎょっとしてこちらを凝視した。

「私たちのような存在は、消滅するときは霧散するか忽然と消えるかして死体は残らない。そういうものなんだ」

 雨も頷いて、だから代わりに長い年月を生きることができると付け加えた。

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