電(いなずま)という男

 虹の店に身を寄せてから何日か経った頃、お店の駐車場に黒いセダンから男が二人降りてきた。店の掃除をしていた時に背の低いほうの男と目が合ってしまい、こんにちはと挨拶をした。

「こんにちは。私は命婦という医者です。雲とお呼びください」

 「私は電。雨と似たようなものだ」

 電は長身の美丈夫で瞳の色が深い緑だった。雨も整った顔立ちをしているが、やはりそういうところも同属故なのだろうか。

「まだお店を開けるのに時間がありますが、どうぞ」

 雨と虹に話を通して彼らを奥の個室へ招いた。電はフルーツの盛られた籠からブドウの一房をとると、皮ごと食べ始めた。

「それで、あなたは既に霧からある程度説明を聞いているのですね?」

 その問いに是と返して、電がぶどうをばくばく口入れるのを眺めていた。

「面白いですか?」

 はいと答えると入り口の扉が開き、雨が唐揚げと飲み物を持って入ってきた。雨が電に溶いた卵黄を差し出すと、にやりと笑って電は唐揚げをそれにつけて食べた。しゃくしゃくと衣を食む音が聞こえてきて、隣から、久しぶりだなぁ雨子さんの唐揚げを食べるのはと雲がぼそっと言った。先日と同様に何かの儀式のようにその場にいる全員が黙って唐揚げを平らげた。雨の作る唐揚げは相変らずとても美味しかったし、それを肴に酒を飲む雲や電も口々に美味しいと漏らしていた。

「それで、二人は?」

「霧は仕事で欠席。風はもう来るんじゃないかなあ」

 ソーダ割りを作りながら雨は時計に目を向けた。お店は開いたばかりでまだ客も少ない。

「雨子さん、唐揚げ作らなくていいの?」

「あぁ、大丈夫、今日の分は作ってしまっているから」

 他にも天気や病院のことなどを話していると、風が遅れてすまないと言いながら入ってきた。先生お久しぶりですと雲にあいさつしながら着席する。

「・・・・・それで、どうだい?電」

「よく混ざっている。見るのはこれで五回目になる。最後に見たのは」

「二百年前、だよね」

「うん、こっちも霧の資料を読んだよ。それで、一番古いのはいつになるの?」

 雲が尋ねると電は腕を組み顔を天井に向けてうーん、と唸った。

「・・・・・千、五六百年前になるな」

「その時のことは覚えている?」

「あぁ、ぼんやりとだが。確かアレは異国より持ち込まれたモノだ。この国が国の自覚を持つ以前にやってきた。この国にない知識や技術とともにやってきたからか、この地に深く根を張り周りのものたちへ容易に入りこんだ。ただ、それを支配できるものも一緒だったから禍は起こらなかった」

 電は唐揚げを頬張りながら話を続けた。

「だが、その一族は衰退し、おぞましいものが解き放たれた。後に起きた禍など大人しい方で、兎に角この一帯の生物、と言うか気脈が死に穢れた。それで、大地の気脈だけでも何とか取り返して、元からいた神様に浄化してもらった。それが神社の縁起になる」

「気脈っていうのは、いわゆる風水とかそういう占いの分野の気の流れとか龍脈のこと、だよね?」

「そうだ」

「そして神社の神様にそのよくないモノが封印されたけど、ときたま禍が起きてしまう。江戸期に一回、室町時代に一回と、今回。後は?」

「封ぜられて四百年経ったくらいだったか」

「じゃあ平安時代だ。そのときはどうやって?」

「よく覚えとらんが、今のようにお前らみたいなのを集めた。私はその時からずっと電を務めている。それで、役を担ってもらう時にも告げたが、この伝承が秘事である理由の一つが、記憶の膨大な欠落だ」

「暗闇の同床同夢と薄ぼんやりした記憶しか残らなくなるということ?」

「そうだ。故に菰方家の日記に記してあるが、むやみに覗くと記憶を喰われる。誰かがそういう仕掛けを作った。その時も立ち会ったはずなんだが記憶がない」

「そうなんだ。でも、電ってすごい長生だね」

 空になったジョッキをテーブルに置きながら風が補足した。

「まあ、家も戦争をはさんだり戦死者が結構いたりで、肝心な部分は残っていないらしいけどね」

それでと電に唐揚げを進めながら雲が口を開く。

「この草を知っているかい?最近フライハイという名で出回っているドラッグだ。でも私が持っている試薬で成分を調べてみたけど何も出なかった」

 透明の袋に入っていたのは青白く透明の羊歯か珊瑚のようなひょろりとした草だった。

「あぁ、これは・・・・・」

 雨は明らかな渋面を作りそれを見た。

「非常によくない。これは黄泉の植物だ。どうしてここにこれがあるのだ?」

「向こうにも私たちによく似た者がいるからだ。初めて禍に見舞われた時、アレがこれを持ちこみ気脈を奪い、地は土地を均し木はこれを植え火が収穫した。そして金がこれをばらまき玉が搾取した。我等も何らかの手を講じ気脈を取り戻したが、禍の起こるたびに向こうも気脈を取り戻したがっている」

 これは電が採ってきたやつなんだけどと雲は彼の言葉につけ足すように話をきり出して

「生えているのは山のほんの一部だ。だからそれとなく森林組合や町内会にも警告してはいるんだけど、向こうはその情報網に属していない人達に与えている。近頃の不穏な街の様子はこれが原因みたいなのだけど、どうやったら駆除できるか知っている?」

 そっとその繊細な茎を持ってみる。質量という概念がないような物体で、灯にかざすと内部で複雑な屈折をして乱れたプリズムが非常に美しかった。雨の言うこの世のものではない物体であることは間違いなかったが、禍々しさは微塵もなく、ただただその美しさに見とれていた。

「ごめん、憶えていない」

 視界の端で電が肩を落とすのが分かった。雲に草を返して、唐揚げを一つ口に入れすりつぶすように咀嚼した。

 それにつられるように皆が唐揚げに手を伸ばし黙って飲み込む。重々しい雰囲気の中、静かに風が口を開いた。

「・・・・・これは、また事情が違うみたいだし霧も呼んで全員で集まってみてはどうかな?情報収集するにしろ対策をとるにしろ。それと、霧からの伝言だけど、ショッピングセンターの事件、早々に心神耗弱で容疑者は全員不起訴で決着らしい」

 風からの報告を聞き、ふぅんとあごをさすりながら雲は少し考え込むような仕草をした。

「それで、次はいつ、どこで集まるんだ?」

「うちにおいでよ。この子も見つかったことだし。全員集まるならうちが良いんじゃないかな?」

 雰囲気を変えるように柔らかい声で風が提案した。

「守護がなく、密室であるからここがよいと風が提案したのでは?」

 枝豆を口に放り込みながら電が問う。

「そうだね。でも、電の話を聞くとこっちもそれなりに対処すべき時期じゃないかなって思ってね」

 風は、それにいつ襲われるかも分からないしねと付け加えた。

「風の家ってそんなに広いの?というか風は何の仕事をしているの?雨は犬だし電も龍?で、雲は医者で霧は弁護士。虹は、バーの店長だよね」

「あれ?言ってなかったっけ、私は土木建設会社の社長だよ」

 そうか、だから社長って呼ばれていたのか、と納得した。

「じゃあ、私は朝が早いからこれまでにしておこうかな。風も仕事なんじゃない?」

「そうだね。帰ってから都合のいい日を私に連絡して。雲と霧が一番予定が合わないみたいだし。調整しておくよ」

 じゃあ雨、唐揚げ美味しかったよまたねと言って二人は退室した。

「・・・・・あの、電はどこに住んでいるの?」

「雲の家だよ」

「そうなんだ」

「どうして?」

「いや、来た時も帰る時も一緒だったから」

 風は早々に店を後にし、どこかへ連絡をしていた。雨はカウンターに出て虹の手伝いを始めた。

 これで協力者全員と顔を合わせたことになる。また集まって会議をするのだろうか。身の回りの事以外何もかもわからないので、会議に参加しても何も言えないだろうが、それでもいいと皆は言うだろう。それで、なにか安心できるものが得られればいい、この件で何か前進があればいいと思うことにした。

 嬌声が聞こえる。緩やかな音楽に混じる香水、揚げ物の匂いとアルコールに紫煙。そして窓越しに聞こえる柔らかな雨音。ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐きだし、何度か呼吸を繰り返している。手先は火照っていて泥のように重く、身体は休息を求めていた。

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