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 「いよいよネジネジ本人と会うのですな。」トラックの中でアラスタは言った。「しかしなぜ魔城にいると確信しているのでしょう?」

 「ネジネジ本人の顔は私の魔術によってひどく歪められている。私がうろちょろしている限り嗅ぎ付けられるから、常に幽閉しておく必要があるだろう。」レーテは言った。

 「それでカラはお前を熱心に殺したがってるのか。」

 「あやつの事は全くわからぬ。」レーテは首を振った。「私が死んで欲しいのか、"理解して欲しい"のか・・・どっちもだな。理解するということはカラを正しいと思わねばならぬ。ならば、死ね、ということだろう。」

 「ふむ。」

 「たしかにおっしゃる通りです。」ヘルモが口を開いた。「あの城に入った時、顔の凹んだネジネジがいました。」

 「ほらな。」

 「そいつは見た感じ・・・他のネジネジとは違う。」

 「そうなのか?」レーテは驚いた。「私が魔術学校にいた頃は今のネジネジと同じぐらいだったが。」

 「顔の凹んだネジネジはかなり太ってて、そして、発している魔術が大きいんだ。」ヘルモは答えた。

 「なるほど。」アラスタはうなづいた。「洗脳した人が多くなりすぎたから、かれらを統率できるエネルギーを確保するために、自ら改造した、というわけですね。」

 「あのネジネジは歩くのもやっとで運動能力は弱い。」

 「ではあとは魔術の方を気にしなきゃいけない、というわけか。」

 「ああ。」

 アラスタはふと、地面を見て、「あれ?」と言った。

 「どうした?」レーテは聞いた。

 「なんか妙な魔術の予感がします。」

 「魔城に近いからな。」

 「それは分かっているんですが・・・」アラスタはコンテナの運転席に続く窓から外を見た。そして息を飲んだ。

 「アラスタ?」

 「門からまっすぐ向かっていますよ。」

 「何?」

 「レーテさん!」アラスタはレーテを振り返って叫んだ。「はやくそれを・・・!」

 しかし時すでに遅く、レーテは「うわぁあ!」と叫んで頭を抱えた。

 「!?」ヘルモはレーテを見た。アラスタは走るトラックのコンテナの扉に寄り、レバーを持った。

 「ヘルモ、はやく逃げましょう!」

 扉が開いた。それと同時にトラックも止まった。逃げきれなかったか、と思いながらアラスタはヘルモと共にコンテナから外に飛び出した。目の前は多くのネジネジたちが並んでおり、左側にも同様、そして右側の奥に二人の凸凹コンビがいた。一人は太って顔の凹んだタキシード姿のネジネジが車椅子に座っている、そしてもう一人はひょろ長い・・・カラ魔王だ。

 「愚か者が。まことに愚か者どもが。」カラ魔王は笑った。「ネジネジの意識の中で、レーテがネジネジになったという情報を私は感知していたのだ。そのとき私は嬉しさよりも失望を感じた。あの才能の塊のレーテが下等兵と同等の知能に成り下がるとはな。だが、しかし、そんな事はありえない、と私の直感が囁いた。だから試してみた。」

 トラックのコンテナから、右顔が触手で覆われたレーテが呻きながら現れた。「なるほど・・・それであいつらを誘導して、ここにくるよう命令を下したというわけだな。」

 「ネジネジになりすまして偽の情報を作って操り返すとは考えたな、レーテ。」カラ魔王は言った。「だが、生兵法は大怪我のもとというだろう。君はもっと学んだ方がいい。」

 「く・・・」

 「抵抗しているな。いうことを聞いていない。」カラ魔王は左目でいやらしい笑みを浮かべるが、ヘルモを見て丸くする「おや?お前は・・・」

 「カラ魔王様、この通り戻りました。」ヘルモはうやうやしく礼をし、隣のアラスタは驚く。だがカラは何か見たことのない恐ろしい物を見たかのように目を開き、「こいつを殺せ!」と叫んだ。ああ、やはり、とアラスタは思う。レーテを殺そう、と同じく、言動不一致なのだ。

 そして周りに並んでいたネジネジたちがヘルモに一歩ずつにじりよる。レーテが「ああ!」と叫び、ヘルモの方に振り返り、手が飛びかかるか飛びかからないかを断続的に反復するように前後に動いている。

 「レーテ!その触手を外すのです!」アラスタは叫ぶ。「その触手でネジネジを操る限りお前は冒される!」

 「外れない、外れないのだ!」レーテも叫ぶ。

 「ほう・・・貴様は・・・」カラは今度はアラスタを見る。ネジネジたちはヘルモに一歩一歩にじりよってくる。「随分優れた魔術感性の持ち主だな。」

 「プロですからな。」アラスタは吐き捨てるように言う。

 「さては古い人格再定義士か。」

 「勝手に古くしないでください。あなたのは異端です。」

 「ふふ、ふふふふふふ」カラは笑う。「じゃあお前の信じる人格再定義士と仲良くしな。ネジネジ、こいつは洗脳しろ。」

 「ぐあっ!」レーテは頭を抑え、今度はアラスタも見る。そして、手が大きくなり始めた事にも気づく。その手には穴が開き始めていた。ネジネジの手と同じである。顔を覆ってネジをまき魔力液を注入するための穴だ。

 「いやだ!そんなのは、いやだ!」レーテは右手を見ながら叫んだ。穴からどろりと青い液体がこぼれ、レーテはひ、と息を飲む。そして車椅子に乗った太ったネジネジ親玉を見つめ、「殺す!」と叫んで走りだす。

 しかしレーテのその歩みも、まるで強風が吹きつけられたかのように弱められる。どうやら親玉ネジネジから何か発せられているようだ。ところがその状況にカラは珍しく焦りをみせていた。

 「よせ、ネジネジ!それはやめろ!」

 レーテは負けるものかと一歩一歩歩む。他のネジネジたちはもう塀の隅までヘルモを追い詰め、アラスタの方はじりじりとにじり寄っている。

 「おい、やりすぎだ!」カラは叫んだ。「また全員分やり直す事になるぞ!」

 そうでもしないと勝てないのです。そのような言葉がアラスタの脳内に聞こえた。そして、目の前のネジネジたちが次々と倒れ始めた。ヘルモの方も同様で、昏睡したネジネジたちに覆い被さられていた。

 「全員操っていた分のエネルギーをレーテに注いでいますな。」アラスタはレーテと親玉ネジネジを見つめる。

 「カラ王はなぜ私たちに手出ししないのでしょう。」ヘルモがアラスタの方に近づいて言った。

 「汚れ仕事は全部ネジネジに任せているからだろう・・・それよりも気をつけろ。」


 レーテの歩みが止まっていた。

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