36

 「何の用だ。」クリシェに襲われていた頃とそう変わりない老いたケーリーが言う。

 「頼みがある。」そしてもう右目だけの顔となったカラが言った。「兄のクィラの遺灰がほしい。」

 「・・・どうしてだ?」

 「念のためだ。」

 「念のため?目的をはっきり言って欲しいのだが。」

 「クィラは私のかけがえのない兄だ。私は彼を愛していた。」

 「・・・まあ、そうだろうな。」ケーリーはもうその事について深く問わない事にしていた。

 「わたしはこの通り体一貫で活動をしていたが、そろそろ王になるためにも、礎が欲しい。魔術のエネルギーを集めてくれる道具が欲しい。愛する兄の遺灰こそ私を強める。」

 「お前はどこまでも人を、その、物としか見れないのか。」

 「・・・・?」カラは訝しげにケーリーを見た。「よくそう言ってくる人いるが、人として見るってどういう意味なのだ?」

 「・・・・。」もうそこまで腐ってしまったか、とケーリーはため息をついた。「お前には兄の遺灰はやれない。これは村が襲われ、妻をも失った悲しみの記念として取っておくものだ。お前が自分の礎にしようとする前から、これは村の礎だったのだ。」

 「よくわからない。今はこのハリス村も平和だし、私の家族の事と村人たちは直接関係がないじゃないか。一体、今、村人にとって兄の遺灰の何が重要だというのか?」

 「私が嫌だと言ってるのがわからんのか!」ケーリーは怒った。「この際だからはっきり言おう。カラよ、お前は我がヒンベルク家の最大の恥だ。なぜこれほどまで人に忌むべき扱いをされているのか、分からないばかりか、自分の意思を押し通そうとするその全てを私は憎んでいる。」

 突然のケーリーの叱責にカラは困惑していた。

 「お前が真面目で真剣なのは父である私はよく知っている。だが、それ以前の問題なのだ。お前は私の教えた事を、こう、とてつもなくズラして認識している。お前は病気だ!間違いなく病気なのだ!そんなお前を、息子だとは思いたくない!」

 「つまり勘当と。」

 「ああ!」

 「わかった。」そう言うとカラは手を振るった。ケーリーの右足が切れた。

 「ぐああああああああああ!」ケーリーは椅子から落ちて足の断面を抑えながら叫んだ。

 「親じゃないならあなたは他人。だから力づくで奪い取る。」カラの瞳はあまりに黒い。

 「ぐぐぐ・・・しまった・・・。」

 カラがケーリーの額に指をちょいと当てると、ケーリーはめまいがして体が動かなくなった。

 「これか。」いつのまにか取り出したクィラの骨壷。その蓋を開けて人差し指をちょいとつけると、灰がするすると集まって舞い散って、胎児のような肉体が現れた。「ぶぁあ」とその胎児は呻いた。

 「喜んでください、あなたの息子がよみがえりましたよ。」カラの目は笑う。クィラの胎児はあたりを探し求めるようにくねくねと動き、可愛らしく鳴く。ケーリーは動かない体を悔しく思い、震えて涙を流しながら「クィラ・・・」と涙を流す。



 

 「胎児・・・?」戦士レーテは訝しげに尋ねる。

 「そう、あなたの肩に乗っているその胎児と似ています。」義足のケーリーは言った。「それはちなみに何ですか。」 

 「堕魔人退治をするとき、死んでしまうやつもいるが、その中で奇跡的に生き残った時に現れるものだ。」レーテは言った。「彼らは記憶力を全く失っているにもかかわらず、なぜか意識がある。それが何なのかわからない。」

 「なるほど。」

 「ケーリー村長さん、礼を言う。」レーテは頷いた。「カラにとっての偶像(idol)がクィラの胎児、という事だとしたら、それが弱点という事か。」

 「偶像(idol)・・・ふむ・・・まあそう言う事だ。」

 「ありがとう。」

 「だが、」アラスタが口を挟んだ。「どうやって城に侵入するつもりだ?」

 「いい方法があります。」ケーリーは言った。「カラは城ができた時、私に地図を渡した話しましたよね。」

 「ほう、それで。」

 「この地図によれば、」ケーリーは古びた封筒を見せた。「門番の堕魔人は見知らぬ人間だと問答無用で殺戮を行うため、回り道してきて安全に来れる道を示しているのです。」

 「なんと・・・・!」

 「もしかしたら、今は塞がれているかもしれませんが、一応、お役に立てれば・・・」そう言ってケーリーは封筒を渡す。

 「勿論、非常にありがたい。」レーテは封筒を受け取る。「本当に色々感謝する。」

 「いえ、こちらこそ。」

 レーテとアラスタが出て行く時、ケーリーがふと声を漏らした。

 「今話してわかりました・・・、長い間この村が平和だった理由、そして、クリシェが来た理由・・・。」

 レーテは振り返った。

 「私を親だと思ってた時は、カラは、私の村を守っていたんですね・・・。」

 ケーリーはそのままぐす、ぐす、と鼻をすすり肩を震わせた。





 「正直、カラを殺すヒントはもらえたものの」レーテは空を見上げてのんびりと歩きながらアラスタに言った。「まだ、カラを殺す気にはなれぬ。」

 「あの話を聞いて同情したのか?」アラスタは言った。

 「そう、ではない。」レーテは首を降った。「カラは確かに哀れな奴だ。だが、カラが堕魔人を支配する事で守られる平和もある。」

 「・・・その平和も長く続くんですかね。」

 「そこだ。そして、だから、私の使命も大きく関わる。堕魔人になった者が救われるためにはどうすればいいのかと。これがわかればカラの支配は必要無い。」

 「あなたも堕魔人になりかけていますしねえ。」

 「そう、この経験は一つの答えを得た。」レーテは左肩を見ながら言った。「要は我々は皆スニングスと同じだったのだ。強化した知能に魂が追いつかず、無能な殺戮者に果てたスニングス。科学が魔術に還り、業が進化し、普及し、その適応が追いつかないまま、怪物になった者が溢れかえった。」

 「それを規制しようとするカラ魔王、か。」

 「いや、必要なのは進化だ。」レーテは言った。「堕魔人から人間に戻す事は不可能。だが、狂気に至ったまま人々に喜ばれ、生き残せる道も存在するはず。」

 「ほほう・・・。」アラスタはニタニタと笑った。「それは面白いですねえ。」

 

 二人は城への遠い道をまっすぐ歩いていった。

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