カラ編

34

 村は平和になったが、村人たちは移住の準備を始めていた。ゲゲレゲたちの巨大な亡骸の処理に困り、燃やす以外に方法がないと知って、とうとう皆うんざりして抗議の声をあげたのである。ただでさえカラの故郷という汚名を着せられ、その上クリシェが住み着き、ゲゲレゲの墓場となったなんて、忌まわしくてこれ以上住んでられない。みんなで別のところに住もう、と意見が集まったのだ。その上、あの建物の外で放浪していたクリシェの被害者達もどうやら巨大クリシェに取りこまれていたらしく、あちらこちらに白骨が散らばっていた。

 「すまない、こんなことになって。」レーテは言った。ここは村長室である。

 「いや、初めからこういう運命だったのはわかっているので」ケーリー村長は言った。「あなたが悪いわけではありません。感情のことはどうにもならんのです。」

 「ううむ・・・。」

 「私の息子のカラの情報が欲しい、といってましたね?」

 「そうだ。」

 「洗いざらい、話してしまいましょう。カラがどうして堕魔人になったのか。」

 「時間は大丈夫か?」

 「移住は明日です。私はもう済みました。むしろ暇なので。」

 「そうか・・・。」

 ケーリー・ヒンベルグはそれまでの過去を話し出す・・・。




 ヒンベルグは代々村長を担う家系であった。その村長夫婦、ケーリーとマルデナの間に、クィラとカラの2兄弟が産まれる。クィラとカラは7歳差で、クィラは筋骨隆々の真面目な男であったが、カラは今のひょろ長い姿とは想像もつかぬ、やや丸々とした可愛らしい男の子であった。

 カラが異常な行動を見せたのはその幼い時からである。マルデナとカラが庭を散歩していた時に、花からちょうちょうが飛んでマルデナは「あっ」と悲鳴を上げて大層驚いた。彼女はちょうちょうの不安定な飛び方が苦手だったのである。それを見てカラは、右手で蝶々を握りしめ、そしてそれを広げてぐちゃぐちゃになった蝶々を見せ、その蝶々を魔術で燃やし煙を上げながら「お母さん、ちょうちょう、やっつけたよ。」と言いながら満面の笑みを見せた。マルデナはその時大層青ざめたが、何といっていいのかわからず、「ええ、ええ、えらいわね。カラ。」と一応褒めたという。ちょうちょうはカラの手の中で灰となって散った。

 

 そのような子供の戯れで済んだならば問題はなかった。だが、ある日、大事件が起きるのである。


 

 「貴様ら、覚悟しろ!」

 数年後に村に突如、暴漢が現れた。彼らは単純に荒くれどもであり、堕魔人というほどでもない。

 「今日からここは俺の村だ!」

 そして人質にされているクィラとカラ。もう大人に近いクィラは縛られ、少年カラは手下に羽交い締めにされている。泣き出すマルデナと慰めつつ二人を見つめるケーリー。

 「これからいい見世物を見せてやる。何をするかっちゅうと、」暴漢は巨大なサーベルを取り出す。「このサーベルで兄を弟に殺させる。わかるか?」サーベルをカラの前に投げすてる。「なんと酷い・・・。」とケーリーが呻き、「いやだー!いやだー!死ぬのはいやだー!」とクィラが喚く。名もなき暴漢は幼きカラに詰め寄る。「言う事を訊けよ坊主?さもなければ村人の命はないと思え。」そして一歩二歩下がる。「他の貴様らも邪魔したらすぐに殺してやる。さあ、坊主やってみろ。」羽交い締めを解かれたカラはサーベルを前に震えている。「おうおう、この善悪の葛藤がまことにたまらぬたまらぬ。」汚らしい笑みを浮かべる暴漢。クィラは「どうすればいいんだ・・・」と泣きじゃくる。

 そしてカラはサーベルを拾い、何のためらいもなくクィラの脳天を貫いた。

 「え・・・・・?」

 さすがの暴漢も予想外の事態に青ざめた。カラはすでに死んだクィラの前でぶるぶる震え、そして暴漢に振り向き、「兄さんが死んだのは、あんたのせいだー!!!」と叫んで暴漢に襲いかかった。暴漢はうろたえ、たちまち若きカラに首を切り落とされてしまった。

 「こ、このやろう!」暴漢の手下3人がカラの前に立ちはだかるが、カラはサーベルを持っていない左の掌を見せてたちまち手下たちは火で燃え盛り、悲鳴を上げる暇もなくどろどろに溶けて黒い影を残してしまう。

 呆然としたケーリーとマルデナに、カラは満面の笑みを浮かべた。

 「悪い奴はやっつけたよ!父さん!母さん!」



 村を助けたはずのこの出来事だが、カラの人生の凋落はここから始まった。村人たちは感謝するどころか、カラを問い詰めたのである。

 「なぜ、兄を殺した。」

 「なぜって、当たり前だろう!」カラは言った。「悪いやつが、僕が兄を殺さないと村人がみんな死ぬって言ってたじゃないか!」

 「いや、そうなんだが・・・」村人の一人が頭を抱えた。「そこでなぜ、殺す選択を真っ先に選んだのだ?兄になんか恨みでもあったのか?」

 「いや、え、うん、恨み?」カラは当惑している。「恨みとか関係ないでしょう?」

 「まあそうなんだけど・・・」質問した村人も当惑している。「君は、君にとってクィラはその、何だったんだい?」

 「大切な兄だ。」

 「それをその、ためらいもなく・・・」

 「だから、当然の事じゃないか。悪い奴は兄を殺さなきゃいけないよう命令した。そんなひどいことを命令したやつなんか許せるわけないじゃないか。」

 ケーリー村長が手を挙げた。「カラ。私は、当たり前の事だと思って今まで言わなかったが、簡単に人を殺す方法なんか選んじゃだめなんだ。特に実の兄をな。母さんを見ろ。」村長の近くのマルデナはカラを激しく憎むような哀れむような泣きはらした目で睨んでおり、あまりの凄みにその周りに人がいない。「お前は母さんに忘れられない傷を残した。その事をよく理解してほしい。」

 「だって、ああしないと村人が死ぬから、そのために誰が傷つこうが、仕方ないじゃないか。」

 「カラ、そんな頭が回るのなら、兄を殺す以外に方法があるかもしれない、と一度も考えたことはなかったのかね?あんなすぐに暴漢を倒せたのに、兄を救うことを最初に考えなかったのかね?」

 「・・・・・。」カラは黙ってしまった。

 「そこなんだよ、我々が問題にしているのは。」

 「・・・・・。」カラは怒りで顔を歪ませていた。

 「なんだその顔は。カラ。」

 「だってあの時はそれしかないと思ったんだ!!!」カラは叫んだ。「今更どうしようというのだ!!」

 「・・・・・。」今度はケーリー村長が黙った。

 「村長。」村人の別の一人が言った。彼は村の中でも人気者で有力者である。「村長は次の村長を彼に任せるつもりですか?」

 「・・・・・。」ケーリーは悲しそうに顔を抑えた。

 「こんな狂ったやつ、とてもじゃないけど任せておけません。」村人は言った。「こんなやつが村長になったら、私は村を出て行きます。」

 「あの人が出て行くなら、私も。」別の村人。「じゃあ俺も。」「私も。」「僕も。」

 「それに、今日はよかったが次いつ奴の判断で殺されるか、怖くてしょうがない。」人気者の村人は怯えるどころかカラを侮蔑したような眼差しで言った。

 「・・・・・。」ケーリーは顔を抑えた手を話した。「仕方ない。こうするしかないのか・・・・・。」

 「当然よ!!」マルデナが叫んだ。あまりの剣幕に村人たちは恐れおののく。

 「ならば仕方ない。」ケーリーはカラをまっすぐ見た。「カラ。お前は、村から追放だ。」

 カラはショックのあまりうなだれてしまった。

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