回想と休息の部・1

ファレン編

10

 少女レーティアンヌ・サングリスは庭で蝶々が飛んでいるのをしばらく眺めていた。右手でちょっと空気を動かすと蝶々はバランスを崩し、慌てて体勢を整える。そのあまりに無力な様にレーティアンヌは首を傾げた。庭の椅子に父メーラン・サングリスと見知らぬおじさんが話していたのを見たレーティアンヌは駆け寄った。

 「お父さんお父さん」

 「なんだい、レーテ」くしゃくしゃの頭をしたメーランが愛娘に親しげに話しかける。

 「蝶々さんて、なんで羽ばたけるのに、わたしたちみたいに自由に空気をうごかせないの?」

 「それはね、蝶々には人間と違って魂がないからさ。」メーランは微笑みながら言った。

 「蝶々には魂がないの?」

 「わしはないとは思わんがね。」メーランのそばにいた見知らぬおじさんがそう言った。

 「まあ君はそう思うか。ファレン。」メーランは笑った。

 「ああ。」

 メーランはレーティアンヌの方を振り返って言った。「そういえば紹介忘れてたね。今日からこの家で使用人をする、ファレンさんだ。」

 「いきなりお声掛けしてしまった、ご無礼をお許しください、レーティアンヌ嬢。」ファレンがうやうやしくお礼をした。

 「いいのよ、おじさま。レーテって呼んで。」

 「レー・・・テ・・・」ファレンはしばらく考え込んだ。「・・・では、レーテ、これからもどうぞ宜しくお願いします。」

 レーティアンヌ嬢はにこりと笑って、「うん!」と返事する。彼女を眼差しをみてファレンは安心したようにうなづいた。その目は優しさに澄んでいた。




 戦士レーテの目は激しさで澄んでいた。肩には今は亡きマルカレンに取り憑いていたゲゲレゲの成り損ないの胎児を乗せて、側には今は亡きマルカレンの親友のヘルモを連れて、前を行く。

 「ゲゲレゲの所にいくのか?」ヘルモがレーテに訊ねる。

 「ああ最終的にはそのつもりだ。」レーテは答えた。「だがその前に寄るところがある。」

 「寄るところ・・・?」

 「こいつの引き取り先を、一応登録しておかないとな。」

 「ふむ・・・?」ヘルモははたして自分はどこに行くのかわからぬままレーテについていく。その腰の傘をちらりと一瞥して。




 「レーテ様、何でしょう。」庭で木を見上げながら魔術でハサミを操り枝葉を切っているファレンはレーティアンヌ嬢にそう尋ねた。なぜならばファレンの方を聞きたげに見つめていたからだ。

 「レーテ、でいいのよ。ファレン。」レーティアンヌ嬢はにこりと笑った。「ファレンは料理は得意なの?」

 「もちろんですとも。私は使用人の中でもピカイチ、衣食住ぐらい完璧であらねば。」ファレンは誇らしげにそう答えた。

 「お母さんよりも上手い?」

 ファレンの表情は固まった。「さすがに、お母様のあなたへの愛には負けます。しばしこのジジの料理で我慢してください。」

 「ファレン。」レーティアンヌ嬢は切実にファレンを見上げた。「あなたはお母様の代わりなんでしょう。」

 「・・・・」ファレンは俯いた。「気づかれていましたか。」

 「お母さんはもうこの家にはこない。」レーティアンヌは泣きそうな顔をしている。「知っているもん。お母さんは堕魔人に襲われて入院しているんだよ、って言ってた父さんの顔、あまりにも静かだった。」

 ファレンはレーティアンヌ嬢を思案気に眺めた。「レーテや、レーテ。」ファレンはやさしく語りかける。「お父様の言う通り、貴方は本当に魔術への感性がある。ちょっとばかり鍛えれば立派な魔術師にさえなれる。」

 「魔術師・・?」

 「そう。私が選ばれたのは、お母様の代わりだけではない。いつかお前を教える日のためだ。私は知る人ぞ知る魔術の戦士だからな。」

 そう言ってファレンは腰につけた何かをポンと叩く。

 「それはなあに?」

 「人や人の心をもつものは、魔術を扱えるが、しかし、脆い。だから魔術を発揮するための自分だけの偶像(idol)を選んで、そこに力を注ぐ。私は傘の部品に馴染みがあるのでな、いざというときは傘で戦うのだ。」

「へええ。」

レーティアンヌはその腰につけた傘らしきものをまじまじと眺める。

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