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 ここは人に知られぬレーテの拠点の一つ。金属などの残骸の束を集め、レーテは右腕だけで金槌を振るい、その残骸達を左腕の部品へと加工する。もうこの作業を幾多もしているからか、とても手早く2時間ほどで完成する。レーテはその左腕を肩に装着する。魔術で神経伝達させるのだから、慎重な作業である。ゆっくりゆっくり角度を調整しながら、繋がった、と感じた瞬間にはめ込む。今回もうまくいった。レーテは金属製の掌を広げたり握ったりした。次に足を修復しようと思って道具箱を見回した時に、鏡が目に入った。右目だけが露わになっているレーテの仮面。レーテは仮面を新しい腕で掴み、それをゆっくりと引き出すように外す。見えない部分の右側の顔は、ねじられていた。口も目の穴鼻の穴も右回りに歪んでいる。その捻られた顔の微妙な隙間に青い光がある。レーテは残った綺麗な右目から一滴の涙を流す。死んでしまったあの男の苦しみはよくわかる。あれは本当に痛いんだよなあ。1秒でも経つとあのような不気味な小型爆弾になってしまうのか。つまりこの青い光には魔術を込めているのであろう。

 本当に幸いな事に私は洗脳される前に引き剥がせたようだ、とレーテは嘆息する。時々、この顔のゆがみがなければ、まだ人としての生活ができたにちがいないと思って涙する事もある。今がその時だ。愚かだったとはいえ、村人一人守れなかった悲しみもあり、レーテはみっともないと思いつつぐすぐすと泣いてしまう。泣きながらレーテは過去を思い出すのだ。屈辱の歴史の、断片を。

「畜生・・・畜生・・・・・。」

 




 

「お前は私をそれでも裏切り続けるというのか。」


 魔王カラはレーテに言う。黒くひょろ長い姿で、ぐりぐりとした左目でレーテを見下ろしている。

「私は・・・・もう、嫌だ!」全身が鎧ではないレーテが手足を縛られながら叫ぶ。

「そうか、君には拒否の意思がある、そして、私はどうしても続けて欲しい気持ちがある。この二つを両立するためには・・・」魔王カラはレーテのまだ美しく整った顔をまじまじと眺める。その理解ありそうな態度は決まって最悪な案を思いつくであろうことはレーテは知っていた。なぜならば彼は人の心をハナから失っていたので、生産的解決というのを根本から誤解しているからである。カラは言い放った。「・・・君の意思を殺して体だけ頂戴しよう。ネジネジに君を感染させ、私の配下にする。奴に "洗脳"させると、多少動きが鈍くなってしまうが、しかたない。」

 「嫌だ!それだけは、絶対に嫌だ!」レーテは叫んだ。「奴に犯されるぐらいなら、死を、選ぶ!」

 魔王カラはため息をつく。「君が言う事聞かないから譲歩してあげているというのに、それでも勝手な事を言うんだね。」そして後ろをむいた。「やはり君の意思を殺しておくのが最適解だ。」

 「やめてくれ!絶対にそれだけは、やめてくれ!」

 扉がバタンと閉まる。この個室はレーテ一人だ。手足は縛られて動けない。もがいても全く無駄だ。

 (いや、落ち着け、レーテ、落ち着くんだ。)

 レーテは自分に言い聞かせた。

 (今この焦った状態では力を出せない。精神を集中させるんだ。もっとも力を溜め込んだ瞬間が来たら右腕を振るえ。そして、ネジネジを、殺すんだ。)

 足音が聞こえてきた。

 (まだだ、まだ時ではない。)

 その足音は近づいてきた。

 (くそ、まだだ。間に合うのか。)

 ドアが開いた。

 (修行が足りていない・・・畜生・・・)

 カラ魔王と帽子を被った堕魔人ネジネジが現れる。

 (もうすぐだ・・・)

 ネジネジはその渦の巻いた目も鼻も口も見えない顔でレーテを舐め回すように眺め、そして大きな手を開く。

 (まだだめだ・・・)

 そしてレーテの顔を覆う。

 (今だ!)

 一瞬顔が回転し激しい激痛がしたがすかさずレーテは右手に力を込め縄を引きちぎり、ネジネジの頭に強烈な一撃を与えた。(殺せていない・・・!)左目が見えないが右目の光景から、ネジネジの頭が凹んでいるのが見えた。カラ魔王は呆気に取られている。縄が砕けて自由の身となったレーテはそのままネジネジに突進し、カラのすぐそばを通り一撃を与えようとしたがすかさずカラは見えない壁で防御した。そしてその場を去ろうとしたレーテは突然先に進めなくなって前のめりになったが倒れなかった。カラがレーテの体をしっかりと掴んでいたからだ。レーテは心臓の止まる思いであった。

 「この裏切り者め。」カラが初めて怒りの声を露わにした。「私が君にしてくれた恩義を忘れて、味方まで殺めかけるとは。計画変更だ。君を徹底的に破壊する。」

 レーテは無思考であった。

 「君の残留思念の一つも残らないように、精神と身体を完全に破壊した上で金属のゴミとして処理してやる。哀れレーテよ。論理的に考えればお前には死の道しか残されていないといういことだ。それがわからないのなら、君は愚かな思考に囚われているということだ。おとなしく認めるのだ。お前は、死ぬ。」

 

 

 

 そこまで回想して、レーテは足を修復し終えた。

 『復讐なんだね。』『え?』 『正義のためではなく復讐なんだね。』

 ・・・ネジネジの村人と戦う前に行っていた地下小人とのやりとり。確かに本当に復讐なのかもしれない。しかし、よくあの拷問のような状況から生き延びることができたなあ、と思いながら立ち上がる。あの時何が起きたのかレーテ自身ももはや記憶が曖昧である。この足も、左腕も、ほとんどの体が、魔王カラの暴虐で失われたものである。あの頃の自分は愚かであったが、今は意思がみなぎっている。魔王を殺し、堕魔人で苦しむ人々から救済しよう、と。  

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